第四章その7
ナユタがドロシーの私室に軟禁されるようになって、数日が過ぎた。
ドロシーの私室は地下牢に比べればはるかに快適だが、さすがに何日も籠もっているのは辛い。
お礼も兼ねて部屋の掃除をしてはみたけど、元々きちんと掃除された部屋である。
半日と経たずに塵ひとつなく汚れを撲滅してしまった。
気を使ったドロシーが本を持ってきてくれたけど、字を読むのがやっとのナユタは数ページ読んだだけで脳が悲鳴を上げてしまった。
結局のところ、日がな一日、ゴロゴロして過ごすしかなかったのだが、身体をろくに動かせない生活は苦痛以外の何物でもない。
「ナユタさん、ただいま戻りました」
「ドロシーさん、お帰りなさい!」
そんなナユタにとって、唯一と言っていい楽しみが食事の時間だった。
帰ってきたドロシーと食事をする時間だけがナユタが人と接する事ができる時間だったし、地下牢では望めない普通の食事が有り難かった。
小さなテーブルに二人分の食事を並べて、両手を握り合わせて神に祈りを捧げてから食事を始める。
「ドロシーさん、私、昼間ずっと考えてたんですけど……」
「何ですか?」
「何日か前、大広間での会議の時、私をスパイだと疑って、牢屋に入れろって言ってた人達がいたじゃないですか」
「ええ」
「あの時はすごく恐かったけど……本当はあの人達もこの街を守りたくて、ただ必死だっただけで、あんな事を言っちゃっただけなんじゃないかって、ふと思ったんです」
「………」
「ダルトンさんもきっとそう。会議の時に庇ってくれなかったのは辛かったけど、領主様自らスパイを庇ったりしたら、それこそ喧嘩になっちゃいますもの」
「………」
「ダルトンさんも本当は……いいえ、きっとダルトンさんの方がずっと辛かったんじゃないかと思うんです」
「………」
「疑惑が晴れてまた会えたら、その時は笑って会えるかな? 会えると良いなって思ったんです。そんな日が来るといいなって……」
遠い目をするナユタに、ドロシーは眩しそうに目を細める。
「あなたは……強い人ですね」
「え?」
「ダルトン様があなたを気に入った理由が解った気がします。どうかその真っ直ぐな強さをなくさないで下さい。そして、ダルトン様や私達を嫌いにならないで下さい」
「え? ええ?」
褒められるような事を言ったつもりではなかったので、ナユタは戸惑ってしまう。
「今からあなたに伝える事があります。心して聞いて下さい」
ドロシーが居住まいを正したので、ナユタもつい釣られて同じようにしてしまう。
「おめでとうございます。あなたがスパイだという疑いは晴れました」
「え? ほ、本当ですか? ありがとうございます!」
ナユタは喜ぶが、ふと気付く。
「……でもどうして?」
ダルトンが勝ったのであれば、スパイがいなくなったから勝てた、つまりナユタがスパイだった可能性は消えない。
という事は……。
「ご推察の通りです」
ドロシーは淡々と告げる。
「ダルトン様は負けました」
「え? あ……」
「ご安心下さい。幸いお怪我もなく、城に戻られました」
「良かった……」
安堵に胸を撫で下ろすナユタだが、続く言葉に打ちのめされる。
「遠からず、この城は落ちます」
「………」
「ナユタさん、あなたはそうなる前にここから逃げて下さい」
「………」
「いざという時に私の独断であなたをここから逃がすためにこそ、あなたにはこの部屋にいてもらったのです」
「あ、あの……! ドロシーさんも一緒なんですよね? ドロシーさんも一緒に逃げるんですよね?」
ナユタは必死に訴えるが、ドロシーはいつもの涼しい顔を崩さない。
「ダルトン様次第です」
「………」
「ダルトン様がお逃げになるというのであれば、この私もお供させていただきます。ですが責任感の強いダルトン様は、恐らくそうなさらないでしょう」
「………」
「あなたはこの城に来て日が浅い。この街にしか居場所がない私達とは違うのです」
「………」
「さあ、夕食をいただきましょう。ここでの最後の食事になりますから、この先のためにもしっかり食べて下さい」
「………」
あくまでも平然と食事を始めるドロシーだったが、ナユタはしばらく手を動かすのを忘れて呆然としていた。




