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妄執世界のアリス  作者: 千里万里
第一部 夢見るアリス
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第四章その4

 お使いを済ませて城に戻ったナユタは、ドロシーの待つ厨房に駆け込む。

 挨拶もそこそこに抱えていた荷物を下ろすと、荒い息を抑えるためにしばらく立ち尽くす。

「あら、ナユタさん……そんなに急いでどうしたのですか? 急ぎの用事でもなかったのに」

 不審そうに眉をひそめるドロシーに、ナユタは荒い息の中から言葉を絞り出す。

「あ、あのっ……! ダルトンさん……! 様は、今……! どっ、どちらに……?」

「ナユタさん、まずは落ち着いて下さい」

 ドロシーが差し出す、水の入ったカップを受け取ると、一息に飲み干してしまう。

「あ、ありがとうございます……そ、それでダルトン様は?」

「ダルトン様でしたら、今頃は軍関係者を集めた会議が行なわれている大広間にいらっしゃるはずです」

「会議ですか……ありがとうございます!」

「重要な会議ですから、私達では中に入れませんが……ってナユタさん! どこに行くんですか?」

 ドロシーが制止の声を上げる頃には、ナユタの身体はとっくに駆け出していた。

 擦れ違う人達が不思議そうな顔で向けてくる眼差しを置き去りにして城内を駆け抜け、会議が行なわれている大広間の前に辿り着く。

 扉の前には二人の兵士が立哨していた。

「あのっ! ここにダルトン様がいらっしゃるって聞いたんですけど……!」

「確かにいらっしゃるが……今は重要な会議の真っ最中だ。中には入れないぞ」

「緊急の用事なんです! そこをなんと……あ、いえ……すみません……ですよねー。入れませんよねー」

 ナユタは抗議の言葉を引っ込めて、乾いた愛想笑いを浮かべる。

 大慌てで走ってきたのが馬鹿みたいだが、無理を言っている場合ではない。

「じゃあここで待たせて下さい」

「え? ここで?」

「ダメですか?」

「いや……まあいいだろう」

「ありがとうございます」

 ナユタは礼を言うと、二人の兵士の隣に並んで立つ。

 流石に走り疲れたので、壁にもたれかかる。

 同じ城で働くよしみなのかメイド服の威力なのか、中に入れてくなくても信用してくれたのは有り難い。

 だから二人の兵士と行き交う人達が向けてくる視線が若干痛いのは我慢するしかない。

 会議の声は大広間の外までは漏れてこないが、それでも壁にもたれていると、時折、怒鳴り声が聞こえてきて、その度にナユタは心を粟立たせる。

 針のむしろに座るような気持ちでしばらく待っていると、会議が終わったのか、扉が開いてダルトンが姿を見せた。

「ナユタじゃないか。こんな所でどうした?」

「ダルトン様! あ、あの! 折り入って話したい事が……!」

「どうした? 話してみろ」

「は、はい、実は……グロモフの軍に知り合いがいるかも知れないんです」

「知り合いが? 何だ? 見逃せとかそういう話か?」

「いえ、そうじゃなくて……」

 ナユタはここに来るまでの経緯を交えて、アリスとルイスの事を話し始める。

 自警団に参加し、野盗に追われていた事。

 アリスとルイスが現われ、救われた事……。

「その時、軍師とその従者……そう言っていました……確か……」

「………」

 数日間、一緒に旅をした事。

 その途中、コイントスをして全て的中させた事。

 言われるままこの街に辿り着き、酒場で働いた事。

 酒場で働いている時に騒ぎが起き、ダルトンに拾われた事。

 城に侵入にしてきて、「グロモフの所に行く」と言っていた事……。

 記憶をたぐり、ひとつひとつ思い出しながら話す。

 ほんの数日、一緒にいただけの二人。

 まだ半月も経っていないのに、もう遠い昔の事のような気がする。

 そして二人の事は何も知らないという事を、改めて思い知らされる。

 不思議な力を持っているのは確かだ。

 しかしそれ以外の事は、どこで生まれ、何をしてきたか、これから何をしようとしているのか、確かな事は何ひとつ、知らないのだ……。

「で、その二人がグロモフの軍にいて、助言するか指揮しているかして、我が軍を撃ち破った可能性がある、と……」

「は、はい! そうです! そうです!」

「バカバカしい」

「……えっ?」

「脱出経路を見付けた? 偶然か、本当は囲まれていなかったかのどっちかだろ。コイントス? トリックがあったんじゃないか? 実際に見てみないと解らんが」

「で、でも……!」

「百歩譲ってナユタが見た物が本当だとして、だ」

 ダルトンは渋い顔で続ける。

「それで俺はどうしたらいいんだ?」

「………」

「不思議な力を持つ自称軍師とやらがあちらにいて、我が軍を苦しめているとして、俺はどうしたらいい? 向こうは今後、どんな作戦を立ててくる? こちらはどんな作戦を立てれば劣勢を挽回できる?」

「そ、それは……」

 ナユタは返答に窮して俯く。

 ダルトンはそんなナユタの頭に手を置く。

「なあに。たった今、もう一度軍を出す事に決まったところだ。今度こそグロモフの奴に一泡吹かせてやるさ」

「は、はい……」

 自信を見せるダルトンだったが、ナユタは思うように笑えない。

 胸の中に巣食った暗い不安は晴れてくれそうにない……。

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