第三章その11
ダルトンとナユタは例の酒場の扉をくぐった。
昼間にも来たばかりの二人を、店主は温かく迎え入れる。
「やあナユタちゃん、早速来てくれたのか」
「はい、早速、来ちゃいました」
「おう、ゆっくりしていってくれ」
注文した料理と酒がテーブル狭しと並び、二人はそれぞれに舌鼓を打つ。
「ダルトンさん、今日のお見合いはどうでしたか?」
「ん? ああ、上手くいった」
「じゃあ結婚するんですか?」
「違う違う。上手く断わったよ」
「ああ、そういう意味ですか」
「気が強い娘だからな。揉める事も覚悟していたんだが……どういう訳か思いの外、あっさりと引き下がってくれたよ」
「それは良かったですね」
「ナユタと一緒に街を歩いて、気持ちを整理したから上手くいったんだ。ありがとう」
「いえ、そんな私なんか……」
ダルトンは知らないのだろう。
街で別れた後、当のお見合い相手とナユタが会っていた事を。
でもそれもダルトンやみんなのためになっていたのなら、こんなに嬉しい事はない。
「ん?」
と、ダルトンが声を上げる?
「どうかしましたか? 私の顔に何か付いてますか?」
「その耳飾り……」
「これがどうかしましたか?」
「片方しかないが……もしかして昨日の騒ぎで失くしたのか?」
「いえいえ! そうじゃありません。その前に失くしたんです……死んだ母さんの形見だったんですけど……」
「そ、そうか……それならいいのだが……いや、良くはないのだが……」
困りながら言葉を選ぶダルトンが可笑しかった。
「ダルトンさんは、こういう酒場にはよく来るんですか?」
「まあな」
ダルトンはずいっとナユタに顔を近付け、小声で話す。
「あっちのテーブルの奴らだけどな……」
ダルトンに促されて、そのテーブルの様子を伺う。
職人らしい数人のグループは、誰それに子供ができたとか、誰それが結婚するとかしないとか、そういう話で盛り上がっていた。
「こっちのテーブルの奴らはな……」
ダルトンに促されて、別のテーブルの様子を伺う。
行商人らしい数人のグループは、小麦の相場がどうとか、今は何がお買い得とか、そういった話題で盛り上がっていた。
正直、ナユタにとっては、だからどうした、といった話題だが……。
「領主の仕事っていうのは、こういう人達の暮らしを守る事だからな」
眩しそうに目を細め、優しい顔でダルトンは呟く。
「そんな理由があったんですか」
「まあ、正直に言うと酒場の雰囲気が好きなんだけどな。たまに会話に混じる事もあるしな。お忍びだからいつもというわけにはいかんが」
少し寂しそうに手にした麦酒のジョッキを傾けるダルトン。
「こういう酒場に来る時は、いつもは一人なんですか? 他に誰か誘わないんですか?」
「いつも一人だな。他に誘える奴もいないし」
「誘ってみたらどうですか?」
「誰を?」
「ドロシーさん……とか?」
「来ると思うか?」
鼻で笑われた。
「ここの白身魚のソテーは絶品なんだ。食べてみろ」
「そうなんですか? ……あ、本当。美味しいです!」
「そうだろそうだろ」
「あの……」
「ん?」
「そんなにじっと見ないで下さい。食べづらいです」
「ああ、すまんな。あんまり美味そうに食べるから。つい、な」
ダルトンは食事をするナユタを、嬉しそうに見ている。
少し前、隣のグループの会話を盗み聞きしていた時と同じ、優しい顔だった。
自分みたいなただの田舎娘と親しくしてくれる領主なんてダルトンの他にはいないし、ダルトンにとっても自分みたいな存在は他にいないのだろう。
アリスとルイスがもたらしてくれた奇跡的な出会いには感謝するしかない。
またダルトンが誘ってくれるなら、その時はまた喜んで付いていこう。
自分なんかが領民思いの心優しい領主の役に立つのであれば。




