第四章その10
すでに陽はとっぷりと暮れ、月明かりだけが辺りを照らしていた。
最初に出会った時から同じだと、ナユタは思った。
訳も解らないまま、ろくすっぽ説明するつもりもないアリスに強引に引っ張り回され……気が付けば幾つかの国を巡り、多くの人々の運命を狂わせてきた。
「アリス。どこへ行くの?」
「あなたをお父さんや故郷の村の人達の所へ連れて行く。そこならしばらくはマティアスの手は届かない」
「で、でもマー君は私を捜しているんじゃ……?」
「もうすぐ大きな戦争が始まる」
アリスは断言する。
「サーストンは帝都に早馬を放っていた。ナユタがルナルディンにいた事はすぐにマティアスの耳に入る。しかしその頃にはルナルディンにナユタの姿はなく、報せをもたらしたサーストンも死んでいる……どうなると思う?」
「………」
愚問だった。
その程度の事はナユタでも想像できる。
使者を送っても色好い返事が得られなければ、後は暴力に訴えるしかない。
ラルダーン帝国と魔法立国ルナルディンの存亡をかけた戦争は諸外国を巻き込んで多くの犠牲者を生み、文明の発展は停滞して、人類の滅亡は少しだけ遠のく。
それこそがアリスの目的。
「どうすれば戦争は防げるの? 私がマー君の所に行けばいいの?」
ナユタの問いに、アリスは静かに首を振る。
「そうはならない。あなたを手に入れたマティアスは、政務を放り出してあなたに甘えて日々を過ごす事になる。不満を募らせた国内は分裂して内乱状態になり、諸外国に攻め込まれ、やはり多くの人達が命を落とす」
「………」
ナユタは言葉をなくす。
これでは八方塞がりだ。
ただの村娘に過ぎない自分は、どんな選択をしても運命に翻弄されるだけだ。
「だから……せめてナユタだけは、しばらくの間、戦乱から逃れて幸せに暮らして欲しい。それが偽りない、私の本心」
「………」
「だから、もう少しだけ私に付いてきて……」
「みんなが苦しんでいるのに、私だけ幸せになれって言うの?」
「………」
今度はアリスが沈黙する番だ。
放すまいとアリスの手に力がこもるが、ナユタはアリスの手をそっと振り解く。
解らない。
ナユタには解らない。
アリスが正しいかどうか、どうするべきか、ナユタには解らない。
だけどひとつ、これだけは言える。
「もう、アリスとは行けない」
アリスに振り回されるだけの日々だった。
だけどその片棒を担いでいたのは誰にも否定できない事実だ。
知らなかった事とはいえ、アリスを止める力がなかったとはいえ、そんな日々を楽しいと思っていた自分を許せなかった。
「もう、アリスと一緒にいる訳にはいかない」
「あなたに何ができるというのですか?」
ルイスがせせら笑う。
解っている。
そんな事は他ならぬナユタ自身がよく解っている。
無力な村娘でしかないナユタに、できる事など何一つない。
だけど……。
「もう決めたの。アリスと同じ未来は描けない」
「そう……」
アリスはそっと目を伏せる。
「なら、好きにするといい」
「ええ、そうさせてもらうわ」
「私とルイスはラルダーン帝国に行き、マティアスに手を貸す」
「そう……」
ナユタは口ごもる。
こんな時、どんな言葉をかければいいのだろう?
それを知るにはナユタは若すぎたし、二人の背負う物は重すぎた。
「じゃあ……アリス、またね」
「うん……ナユタも身体に気を付けて」
さりげない言葉に万感の思いを込めて。
二人の少女は、それぞれの道を行く。




