第四章その7
広間から戻った国王ラインフェルトが執務を再開して小一時間が過ぎた頃だった。
「おやめ下さい! この先は国王陛下の執務室です!」
「だから! 王様に会わせろって言ってるのよ!」
「国王陛下にお会いしたいというのであれば、まずアポを取ってから……」
「そんな悠長な事をしている暇はないの!」
「落ち着いて下さい、ナユタさん! お父様には私が取り次ぎますから今は落ち着いて……」
「アルバートさんの命がかかっているのよ! 落ち着いてなんかいられないわ!」
騒々しい声が近付いてきて、ラインフェルトは顔をしかめる。
「どうした? 何があった?」
「先ほどのナユタとかいう娘が……陛下が気になさる事ではございません。すぐにつまみ出します」
「通せ」
「は?」
「余を探しているのであろう? 話を聞いてやる、と言っているのだ」
「はっ……直ちにそのように……!」
恐縮した執事は大慌てで部屋を飛び出していく。
そして程なく、ナユタとイレーナを連れて戻ってくる。
「あ、あの……王さ……じゃなくて、陛下……陛下にお願いがあって……」
部屋に入ってくるまでは騒々しいくらいだったのに、やはりただの村娘なのだろう。
緊張のためか言葉が出てこなくなってくる。
アルバートのためにと勢いだけでここまで来たのかと想像すると、微笑ましく思えてくる。
「御託は良い」
しかしラインフェルトはその冷徹さを崩さない。
「早く用件を……いや、用件も解っている。アルバートを解放しろ、と言うのだろう?」
「は、はい……」
「あいつは皆の目の前で、余に叛意を抱いた事を認めたのだ。断じて許される事ではない」
「………」
「余とて人間だ。間違える事もあれば失敗する事もあろう。その誤りを指摘するなら受け入れもしよう。しかしこのルナルディンを治める余の権威を否定するなら、それはこの国の全ての民の暮らしを脅かす事にも繋がる……解るか?」
ラインフェルトの言葉に、ナユタは腕を組んで、うーんと唸り声を上げる。
「ごめんなさい。さっぱり解りません……」
そしてひとしきり悩んだ後、あっさりと言う。
「アルバートさんが何を書いていたのか、王様が何を言いたいのか、私はバカだからさっぱり解りません。でもこれだけは解ります」
ナユタは胸を張って言い放つ。
「誰かが不幸になるような事を、アルバートさんは望んでするような人じゃありません」
「………」
「付き合いの短い私だって解るんです。アルバートさんを取り立て、もっと付き合いの長い王様の方がよく解っているんじゃないですか?」
「そ、それは……」
ラインフェルトは口ごもる。
「それは……余だってアルバートの事は信じている。信じているが……あの時、それは本意ではないと、アルバートが言ってくれれば良かったのだ。そうすれば余は他の誰が非難しようと、アルバートを守っていただろう。しかしあいつはそうしなかった」
「………」
「むしろ余の方が教えてもらいたいところだ。あいつがどうして弁明しなかったのか……お前には解るというのか?」
「そんな事、私に解る訳ないじゃないですか」
あっけらかんとナユタに答えられ、ラインフェルトはあんぐりと口を開ける。
「王様だってそうです。いくら付き合いが長くたって、アルバートさん本人じゃないんです。何を考えているかなんて解る訳ないじゃないですか」
「………」
「アルバートさんが何を考えているのか解らなくても、私達はアルバートさんを信じている。それだけでもう一度アルバートさんの話を聞いてみるには充分じゃないですか。私達には解らないだけで、きっと何か事情があるんです。話し合えばきっと解り合えるし、話し合わない限り誤解は解けません。どうか……どうかアルバートさんを見捨てないで下さい……」
ナユタは泣き崩れる。
ラインフェルトはひとつため息をついた。
「まさか魔法立国ルナルディンの国王たる余が、どこの馬の骨とも知れない村娘一人に諭されるとはな……」
そして苦笑する。
「一度は目をかけて取り立てた者を容易く切り捨てるのは、確かに王たる者のする事ではないな。助けるとは確約しない。しかしお互いに納得いくまで話し合い、その上で結論を出す事は約束しよう」
力強く頷くラインフェルトに、ナユタはパッと顔を上げて破顔する。
「ほ、本当ですか? ありがとう……! ありがとうございます!」
「やりましたわね! ナユタさん! お父様を説得してしまうなんて!」
ナユタとイレーナは手を取り合って喜びを分かち合う。
「いや、礼を言うのは余の方だ……なるほど、アルバートがわざわざ手元に置いた理由がよく解る……」
「……はい?」
「ここを立つ前にアルバートに会っていくといい。会えるように手配しておこう」
「は、はい……!」
「さあ早くアルバートに会いに行きましょう! きっと牢屋で寂しい思いをしていますから、安心させてあげましょう!」
イレーナに手を引かれて、ナユタは執務室を出て行った。




