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妄執世界のアリス  作者: 千里万里
第三部 産業革命の予兆
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第四章その3

「はあっ……はあっ……はあっ……」

 ナユタは息を切らせて走る。

 もう終わった事のはずだった。

 もう一緒にはいられないと、涙を飲んで別れたはずだった。

 置き去りにした過去が、執拗にナユタを追いかけてくる。

「ナユタ様! お待ち下さい!」

「我々は怪しい者ではありません!」

「皇帝陛下のご命令でナユタ様をお迎えするように言われたのです!」

 騎士達はなおも追いすがってくる。

 だからって、どうしたら良いのよ!

 今さら自分なんかに何の用があるというのだろう?

 住む世界が違うのに。

 一緒にいても、不幸にしかならないというのに。

「あっ……!」

 心の迷いが足取りを狂わせたのか、ナユタは足をもつれさせて転んでしまう。

「いたた……」

「おお、ナユタ様、お怪我はありませんか?」

「ナユタ様の身に何かあっては、我々が皇帝陛下のお叱りを受けてしまう……!」

「来ないで!」

 ナユタはぴしゃりと叫ぶ。

「来ないでよ! 私の事は放っておいてよ!」

「我々も無理強いはできません。ですが皇帝陛下のご命令でして……」

 ナユタは持っていた荷物の中からトマトを投げ付ける。

 赤く熟れたトマトは弾けて騎士の鎧を赤く汚す。

「……この小娘……! 皇帝陛下の客だと思って下手に出ていれば……!」

 トマトみたいに顔を赤く染めてナユタに掴みかかる。

 しかしどこかから飛んできたリンゴが顔面にクリーンヒットしたのを皮切りに、辺りの露店の店主や買い物客達が肉やら野菜やら果物やら玩具やら石ころやらを手当たり次第に投げ付ける。

「ナユタちゃんに何をする!」

「ここはルナルディンだ! ラルダーンじゃねえ!」

「お前らにはでかい顔させねえぞ!」

 さしもの騎士達も飛んでくる物から頭や顔を守るだけで精一杯だ。

 その時、聞き慣れた声がナユタの耳に飛び込んできた。

「ナユタさん! こっちです!」

「え? アルバートさん?」

 どこからかアルバートが現れ、ナユタの手を引いて立たせたかと思うと、そのまま走り始める。

「アルバートさん……どうしてここに?」

「ちょっと買い物の用事を思い出して……来てみたらこんな騒ぎに、という所です」

「はあ……」

「怪我はありませんか?」

「うん、大丈夫」

「良かった。ナユタさんの事は僕が守りますから」

「はあ……」

 守る、と言ってくれる事自体は嬉しい。

 しかしアルバートは細身だし、手を引く力も強くなければ足だって遅い。

 頼って大丈夫なんだろうか?

 いっそ自分一人の方がまだマシなんじゃないかと思えてくる。

「いたぞ! こっちだ!」

 鋭い声に振り返ると、潰れたトマトやらで大変な事になった騎士達がいた。

「もう逃がさんぞ!」

 もう容赦するつもりはさらさらないのか、肩を怒らせて一直線に近付いてくる。

「下がって! ナユタさんは私が……」

「邪魔だ! どけっ!」

 騎士に殴られ、アルバートの身体はあっさりと吹き飛ばされる。

「アルバートさん!」

 ナユタは慌てて駆け寄る。

「あいたたた……ははっ、自分が喧嘩なんかした事ないのをすっかり忘れてました」

「笑ってる場合じゃないでしょ!」

 本気で怒るナユタだったが、そうしている間に騎士達に囲まれる。

「手こずらせやがって。さあ、大人しく付いてきてもらおうか」

「いやっ! 放して!」

 腕を掴まれ、振り解こうとナユタは抵抗するが、騎士の腕は鎧の中まで鉄が詰まっているかのようにびくともしない。

「お前ら! そこで何をしている!」

 突然の声に、一同は声の方を振り返る。

 槍を手にした、ルナルディンの兵士達が近付いてくる。

「ちっ!」

 舌打ちしてナユタの手を放す。

「いいか、どこに逃げ隠れしようとどこまでも追いかけて捕まえて、必ず皇帝陛下の前に跪かせてやるからな。覚悟しろ!」

 そう捨て台詞を残して、ラルダーン帝国の騎士達は去って行く。

「助かった……?」

 狐につままれたような気持ちで、ルナルディンの兵士に追われていくラルダーンの騎士の背中を見送る。

「お互い無事で良かったですね」

「いや、私はアルバートさんの方が心配なんだけど……」

「ははは、お恥ずかしい限りで」

「でもありがとう、アルバートさん」

 二人はそんな風に笑顔を交す。

「すみません、アルバート様とお連れの方……役所で詳しい事を伺いたいのですが……」

 残った兵士が申し訳なさそうに言ってくる。

「そうですね。じゃあ行きましょうか……あいたたた……」

「アルバートさん、大丈夫?」

「ええまあ、何とか……いけませんね。少しは身体を鍛えないと」

「いや、でもアルバートさんは研究で忙しいんだから無理しなくても……」

「ナユタさんの事は私が守ります」

「………」

「だから安心してここにいて下さい」

「う、うん……」

 自信満々に言われると、曖昧に頷くしかないナユタだった。

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