第四章 決意と別離と
勝負から数日後、魔動車の研究はすっかりやめてしまったアルバートは、今日も日がな一日、何やら本を読んだり書き物をして過ごしていた。
ナユタは邪魔をしないように気を付けつつ、声をかける。
「アルバートさん、今度はどんな研究をしているの?」
「人権思想です」
「じんけんしそー?」
「この国では魔法が使える人と使えない人とで身分の違いがあります」
「うん。それは前にも聞いた気がするけど……」
ナユタは首を傾げる。
「正直、よく解らないのよねー。市場の人もイレーナさんもみんな優しいし、親しくしてくれるし」
「酷い対立や差別がある訳ではありませんが、それでも悪い制度や習慣は残っています。魔法が使えない人は使える人より出世しづらいとか、政府要職には就けないとか」
「でもアルバートさんはなろうと思えば宰相になれるんじゃない?」
「国王陛下が特別に目をかけて下さっているだけで……これを良く思わない人も大勢いるし、他の人にはそんなチャンスさえないんですよ」
「ふーん」
「そういうわけで庶民にも平等な権利を保障するとどんなにいい事があるか、解りやすく、かつ理論的に説明する本を出したいんですが……」
「ごめん、私には無理っぽい」
出世とか興味ないし。
「そうですか……」
しょんぼりと項垂れるアルバート。
ちょっと可愛いかも。
「いえ、やはりナユタさんにも理解してもらえるつもりで書かないと。他の人にも伝わりません物ね」
「………」
何気にバカにされてるような……まあいいけど。
「あ、これから市場に行って買い物してくるから」
「解りました……魔動車で送りましょうか?」
「ううん、大丈夫。たくさん買ってくる訳でもないし」
「そうですか……ナユタがさんが一人で行くと言うのなら……」
どこか拗ねたように答えるアルバート。
もしかして、お出かけしたかったのかな? とナユタは首を傾げる。
「気を付けて行ってきて下さいね」
「うん、ありがと」
「あ、そうだ……ナユタさん、ここに来る前はラルダーン帝国にいたんですよね?」
「そうだけど……それがどうかしたの?」
マティアスとの事を思い出し、ナユタの胸がちくりと痛む。
「最近、何かと良くない噂を耳にする物ですから……何か知りませんか?」
「何かって……?」
「ラルダーン帝国はまだ若い国王が即位したばかりですから、何かと不安定になるのも無理はないんですけど……」
「………」
「ああ、すみません、引き止めてしまって」
「いいけど……じゃあ行ってくるね」
アルバートに送り出されて、ナユタは家を出た。




