その色に浮かぶ嫌な予感
「お迎えに来ったよ、リリーナちゃん。」
あれから5日。
仕事をこなし、今度の即売会で出す本の準備や出品作品の管理などを行いながら、何時彼等からの指示が来るのかとか、どんな場所に連れて行かれるんだろうとか考えていたのに、何の音沙汰も無い日々にあれは夢だったのかとか不安な時間を過ごしていました。
なので仕事から帰り、ドアのすぐ横の壁に掛けられた魔道具の灯をつけてみて部屋の中に本を読むヘクスの姿を見た時は、何故がホッとしてしまいました。
「灯をつけなくても大丈夫なんですか?」
「えっ?だって俺、闇の精霊だよ?」
そりゃあ、そうでした。夢じゃなかったと安心したせいで、闇そのものである精霊に暗闇の心配をするなんてアホな質問をしてしまいました。チャラ男なヘクスが似合いもしない困り顔で笑っています。
「お一人ですか?」
部屋の中にはヘクス一人。あれだけ『闇の精霊王』に怒られていた彼が一人で行動させて貰えていることに驚いた。
「クロ様とボスは先に行ってるんすよ。タグっちは別件に。
俺はリリーナちゃんを迎えに来る係なんすよ。」
「そうなんですか。・・・えっと、今日は何処に行くのでしょうか。」
一応、押し切られて了承したことにきちんと覚悟を決め、これまでの5日間の中で覚えている限りのゲームの設定を思い出したりしていました。
だから、こうして突然の迎えが来たとしても驚いたり躊躇することはありません。
「ん~近くもなく遠くもなく、クロ様たちの計画での重要度と優先度が高い所っすね。」
えーと・・・一休さんのトンチでしょうか?
近くもなく遠くもなくって、何処ですか?
なんか、前世で見た何かの漫画で出てきたような言葉ですね?
「行くのには、今のところ闇を渡るくらいしか方法がない場所でね~
人間のリリーナちゃんを連れて行こうとしたら最低限、俺と手を繋いでもらう必要があるんだよね?」
なぞなぞのような言い方に頭を捻っていると、ほんの少しだけ不安げなヘクスの声が耳に入りました。会うのはこれで二回目、話をするなんて始めての相手ではあるけど、あまりにも彼のイメージと違うその様子を不思議に思い目を向けると、眉をひそめたヘクスの顔に影が差していた。こういうのを憂い顔というのでしょうか。
「どうかしましたか?」
「いやぁ。リリーナちゃん、俺と手を繋ぐとか大丈夫?」
どういう意味でしょうか。
男と手を繋ぐなんて淑女としてどうなんだって事ですか?
いや、確かに年頃の若い娘がはしたないっていう方々もいらっしゃいますし、貴族の子女にはそういう教育をされてますけど、私はこの国で貴族の末端に属している親戚の縁故で王宮の侍女に潜り込んだ感じなのでそんな事気にしませんよ?
そう、ヘクスに伝えましたが、困った顔のまま驚かれるという器用なことをされ、違う違うと首を振られてしまいました。
「それも、あるけどさぁ。
ほら、俺って闇の精霊だよ?
闇を司って、死者たちにも関わる存在。触られるとかって怖くない?」
あぁ、そういう事ですか。
闇を司り、夜や夢などに関わる権能を持つ闇の精霊。その権能の一つに、未練を残して彷徨う死者の魂を導くものがある為に、死者を支配しているとか、死をもたらすなどと人々に考えられている所がある。そのせいで、人々が精霊たちに助けを求め、祈りを捧げて生活している中でも、闇の精霊はあまり人々の口に上ることがなく、恐るべきモノ、不吉なモノとして扱われていることが多かった。他の精霊王たちが加護する国や民を持つ中、闇の精霊王だけがそれを一度も持つ事がなく、望まれなかった。
「闇の精霊が忌むべき存在って考え、私は持っていませんから。」
ゲームの設定っていうメタな知識や幼い頃から本を読んだりして得た知識などもあり、私は闇の精霊が持つ本来の権能をしっかり理解している。
闇の精霊が死者を生み出しているわけではない事も、災いとか病気とかをばらまいているわけでも無いことをちゃんと知っているんです。
それは、暗闇に恐怖を覚えた人間が勝手に付け加えた想像の産物です。
まっすぐにヘクスへ顔を向けて、そう言い放ちました。
すると、驚きからの喜んだ顔という変化を起こした後、何故かまた困り顔へと戻っていきました。
「ありがとう、リリーナちゃん。
最近は、そういう風に考えてくれる人少なくかったから嬉しいっすよ。
・・・でも・・・それってボスの前ではあんまり言わない方がいいっすよ。」
何故でしょうか?
『闇の精霊王』って、人間にあまり興味がなく封印された『風の精霊王』に愛を捧げ続けている方でしたよね?あぁ、私みたいな人間が偉そうなことを言わない方がいいってことですかね。
「いや。これはリリーナちゃんの為だから。マジで。」
シナリオでも邪魔する相手には容赦ない感じでしたし、協力者だろうと危険なことになるという事ですね。
「絶対、駄目っすからね。
それじゃあ、行くっすよ。」
私の手を、目の前で握りしめて、願掛けのように言い含めてくるヘクスの様子に、頷いてみせる。それで少しは安心したようで、息を一つ吐きだした。
「そういえば、リリーナちゃんって『風の民』なんっすか?」
「どうして、ですか?」
ヘクスの突然の問いかけに驚いた。そんなこと今まで聞かれたことがなかった。
「リリーナちゃんの灰色の髪も水みたいに薄い青色も、風の民に出やすい色っすからね。」
「父方の先祖に、風の民の人がいるというのは聞いています。」
色で分かるなんて知らなかった。どうしよう、色粉で髪だけでも変えるべきでしょうか・・・
肩にかかった自分の濃い灰色の髪を摘みあげ、眉間に皺を寄せた。
定住する地を持たず、他の精霊王たちに封印された『風の精霊王』を信仰し続けている『風の民』は偏見と差別にさらされ、一部の国々では酷い扱いを受けることもある。この国では余りそういった話は無い筈だけど、どうなるかなんて分からない。ただでさえ、転生者の伝承のおかげで危ない立場にあるのに、そんなことでまで危険にさらされるなんて考えたくも無い。
それに、この目の色は父や兄弟たち全員に現れているものだ。気をつけるように手紙を送る必要もあるかもしれない。
「あ、大丈夫っすよ。風の民の色の話なんて、人間はもう忘れているような話っすから。『風の民』でも、民を纏める長の一族とかにしか時々出るくらいにしか残ってないような色っすし。」
不安げな私の様子に焦ったのか、ヘクスが慌ててフォローしてくれる。だけど、長の一族と同じ色って危険じゃないかしら?
「そもそも、色は加護を与えた人間への精霊王からの贈り物なんすよ。」
微妙な顔になった私に、話を逸らしたかったのか、ヘクスが目を逸らして語りだした。
「最初は『火の精霊王』が自分を祀る『火の民』に自分と同じ赤の色を与えたんすよ。あの御方は無駄に自己顕示欲が強いっすから。その後に『光の精霊王』が金の色を、『水の精霊王』が青の色を、『地の精霊王』が緑の色を、うちのボスが黒の色を。ただ、『風の精霊王』だけが「くだらない事を」って言って色を贈んなかった。そしたら、当時の『風の民』の長が『風の精霊王』に近い色を持った娘を一族と娶わせたりして、銀の髪と薄い青の目を作ろうとしたんすよ。」
ヘクスが語る話は、今まで暇さえあらば本を読んでいた私も知らない、初めて聞くものだった。
「それで生まれてきたのが、灰色の髪や薄い青の目をもった子供たち。馬鹿なことをって『風の精霊王』が呆れたんすけど、あの御方はその色を『風の民』が持つことを許したんっす。」
「リリーナちゃんの目を見ると『風の精霊王』を思い出すっすね。」
懐かしそうに目を細めるヘクス。
けれど、その表情の中にも微妙な不安が見え隠れしているように思える。
それに、なんだか嫌な感じが背中を走っていきましたけど・・・・
なんだか・・・忘れていることがあるような・・・・・・
そう、あれはゲームのシナリオで・・・




