闇の中から聞こえてくる
「大丈夫ですか、リリーナ」
真っ黒に染まった視界の中で、私を抱きしめてくれたアウラ様だけが光り輝いている。
「出来る限り、この闇を阻んではいますが、わたくしではあの御方の力を完全に防ぐことは出来ません。もう少しだけ息苦しいのは我慢して下さいね。」
そう言われて、先ほどまでは出来ていなかった呼吸が出来ていることに気づきました。けれど、マラソンを走り終わった直後のように息を吸っても吸っても苦しく感じます。
「プルート。いい加減にしろよ!
せっかく見つけた協力者なんだぞ!?殺す気か?」
子供のような、高い怒鳴り声が闇の中から聞こえてきます。
ビリッ
「あぁ、せっかく作った本!
ちょっとぉ!それ再販希望きてるくらに人気な奴なんすよ?
作んの大変なんすからね!」
何枚も重なった紙が破かれる音が響き、チャラそうな男の泣き声が聞こえてきました。
って、もしかして破かれたのってあの本ですか!?
滅多に手に入らない本なんですよ!
というより、今作ったって言いました?もしかして、ベットで人の原稿呼んでいた精霊の人ですか?精霊が、しかも男の人が、あの本の書き手さんだったってことでしょうか。
えっ、ちょ、そこんとこ詳しく!
「五月蝿い。誰がこんなおぞましいものを作れと言った。」
「確かに、予想外だな。」
「えぇ~、だって出来るだけ多くの人に、『旅の精霊』を認識させろって言ったじゃないっすか。だから俺、最近大流行し始めた即売会の本に『旅の精霊』を紛れこませたんっすよ?おかげで、クロ様まともに動けるようになったんじゃないですか!」
『旅の精霊』の存在を広めたかった?ってことですか?
いやいや、多くの人って、ものすごく局地な人ですよね?
いや、局地でも濃厚だったから?
ドゴンッ
「はぁ。すみませんね、リリーナ」
闇の中から、物凄く鈍い音が聞こえました。
アウラ様が疲れた顔で謝ってくださいます。
「いやいや、申し訳ないね。調子はどう?大丈夫?」
「に、人形がしゃべった!!?」
あの後、周囲を覆いつくしていた徐々に闇が薄れていき、息苦しさも無くなりアウラ様から「もう大丈夫ですよ」とその腕の中から開放されました。その時にはアウラ様の顔色が悪くなっているのが私にも分かるほどになっていたのですが、アウラ様に気にするなと謝られてしまいました。
闇が薄れると、例の本の書き手さんと予想される若い闇の精霊が頭に大きなたんこぶを作り夢の世界に旅立っていました。
わぁ、こんなたんこぶ初めて見たぁ とか
精霊でも気絶するのかぁ とか
ちぇ、サイン欲しかったのに とか
色々頭を駆け巡りましたが、それらの全てはポテポテと近寄ってきて、軽い感じで片手を挙げて話しかけてきた人形に対する驚きに掻っ攫れていったのです。
「何?俺って人形みたいにチャーミングってこと?」
はい。この人形可愛くありません。
可愛らしく首を傾げて上目遣いしてきますが、ニヤニヤ笑っているので、可愛さ余ってなんちゃらって感じです。
せっかくの整った顔立ちも、柔らかな栗色の髪も、日の光に煌く蜂蜜色の瞳も、台無しです。
いや、でも、こういうキャラにも需要があるんですよね・・・
受。
いや、攻めでも・・・
「何か、嫌なこと考えてないか?」
自分の体を抱きしめるようにして後ずさりを始めた人形。敏感な感性をお持ちのようで。
「いえ、ただ受か攻かを思考していただけです。
それで、貴方たちは何者で、私に何をさせようと言うのですか?」
腐女子の本分に浸ることで、ようやく頭に冷静さを取り戻すことが出来ました。
「大人しく聞いてくれるんだな。」
人形が浮かべていた憎たらしい笑い方が消え、満面の笑顔が生まれる。そういう顔を作っていれば、可愛らしい人形という感じになる。
「まぁ、拒否権はないって言ったのは俺たちだし?
本当に時間が残ってないから、何があっても協力してもらうしな。」
「時間が無い?」
「7年くらい、だったけ、タグ?」
エルフの男はタグと言うらしい。
小さな指を折り、何かの数を数えた人形が顔を向けたタグが頷いています。
「あぁ、アリシア・エルシェードが生まれて8年。
後7年で世界は崩壊の危機を迎えることになる。」
アリシア!!
知っている名前に思わず声が漏れた。
「アリシアってヒロインの事ですか!?」
「どうやら大当たりだったようだな。ゲームを知っているなら好都合だ。」




