秘密を知られたからには・・・
私が秘かに書き綴り自分で製本までしていた自家発電本をフレイ様に見られてから一月程で、フレイ様付きの侍女たち、他の王族方付きの侍女、王宮に勤める女官などなどに創作活動は広がりを見せました。これには私自身も驚き、思わず懺悔を神に捧げてしまったほどです。前世で知人に「『腐』は感染する」だの「ゾンビ並み」だの「一人いたら三十人」だの言われましたが、それ以上の布教の様子です。そして求められるままに書き連なった自己発電を製本しなおした数冊の本は瞬く間に完売し、私とジャンルが異なる方々にはネタの提供や話の書き方を教えて欲しいと乞われたりとしている内に、書き手となる方々も増え、あらゆるジャンルにカップリングが誕生していったのです。今では月に一度のハイペースで隠れ即売会を開くことが出来るまでに需要と供給が広がっています。もうそろそろ、人目を避けるように即売会を行うには物置代わりに使われていた小さな部屋では手狭になり始めています。
それは4回目の即売会のことでした。
職務の合間を見て、好みの本を手に入れようと次々に同志たちが会場の物置部屋を訪れている中、ある一人の書き手の作品に注目が集まりました。
これまで誰も挑戦することのなかったジャンルの為、始めは誰も手に取ることも出来ず、目にした瞬間に悲鳴をあげる方も多くいました。けれど、一度手に取りその内容を確認すると誰もが悶え虜となり、瞬く間に在庫が消えていったのです。
もちろん、私も無事確保しましたとも!
それは「『闇の精霊王』が『旅の精霊』の傍に寄り添い一緒に世界を旅する中、愛を育んでいく」という、これまで誰も恐れ多くて手を出す事ができなかった精霊もの、しかも大物中の大物、精霊王を用いた内容のものでした。
『旅の精霊』は子供たちに聞かせるおとぎ話に語り継がれている精霊で、世界中のあらゆる場所に現れ、その土地で悪どい人間や精霊が起こす問題を見事に解決していったり、助けを求める人間に助言を与えたりすると言われています。幼い頃母親に聞かされた時は、なんて水戸の御老公のような精霊だと思ったものです。
そんな『旅の精霊』には地方によって様々な話が分散しています。
共通しているのは、その容姿と様々な精霊を親しくしているということ、闇の精霊と一緒に旅していることです。
新たなジャンルを開拓したその本は、おとぎ話の内容を絡めながら、闇の精霊を『闇の精霊王』に変換したものでした。
完売した後も、布教活動や本の貸し借りによって存在を知った方たちから再販の要求や続編を求める声が相次ぎ、それ以来即売会が開かれ新刊や再販本が売り出される度に即完売するという人気ぶりです。そして、新たに開拓されたジャンルは乙女たちを魅了し新たな書き手さんも参入していきました。
最早「幻の本」とまで言われている、精霊ジャンル先駆けの一品が只今、闇の精霊の手の中にあるこの状況、これってつまり、本人バレってことでしょうか?
本人、お怒りパターンですか?
そういえば、前世でもそんな事ありましたよね。とある古都で版権元にバレて逮捕送検された事件。
警察がいないこの世界で逮捕送検って、しかも世界の自然を司っている精霊たちの王が相手ってことは、もしかしなくても即断罪!でしょうか?
「い、命だけはご勘弁を、アウラ様ぁ!!」
最悪の相手にバレた事に命の危険を感じました。
溢れて止まらない冷たい汗を感じながら、王宮に勤める関係で少しだけ面識のある光の高位精霊第二位のアウラ様に、涙を流しながらすがり付いてしまいました。
「おや、まあ。」
「あらあら、何を言っているのですか、リリーナ?」
エルフの人が呆れ声を出すのを、アウラ様の白い衣に顔を埋めながら聞きました。
そして、アウラ様が冷たくあしらうでもなく、しがみ付いた私の頭を撫でて落ち着かせようとしてくれたことに、あれ不敬罪で断罪に来たんじゃないのか、とか、命の危険回避など、今度は安心したことで目頭に涙が溢れていきます。
「あ、あの本のことで御怒りでは、ないのですか?」
真っ白な衣に涙の後を残すなんて、とようやく思い至り慌てて顔をあげるとアウラ様が心配げに見下ろしてくれています。
「いいえ。
わたくしは、貴女に頼みがあるというあの方々を案内してきただけです。」
「そう、光の精霊王の領域である王宮に無断で入るなんて無作法は出来ないからね。」
アウラ様は、未だに固まっている人形を乗せた闇の精霊とエルフの男、ニヤニヤと笑いながらベットの上に座る闇の精霊の青年へと手を差し向けた。
身なりはだらしないが、三人の中で唯一まともそうなエルフの男がハンカチを差し出してきたので、それで涙を拭うことにしました。
「俺達は、君に協力を仰ぎにきたんだ。」
「・・・協力、ですか?」
なんだか嫌な予感がするのは、
前世で小説や漫画の読み過ぎたせいでしょうか??
こういう時って大概・・・「君の協力が必要なんだ!さぁ一緒に旅に出よう!!」とか「君は選ばれた聖女なんだ!君にしか世界は救えない!!」とかテンプレな・・・・
「今、君が何を考えているか理解できるよ。」
「えっ?」
「テンプレって、思っているだろう?」
「!!?」
今、今なんて言いましたか、お兄さん!!?
テンプレって言いました?えっ、ちょっ、
「俺達に協力して欲しい。
異世界からの転生者であり、物語の書き手である君に。」
「世界を救う為に。」
いやいや、詰め込み過ぎじゃありません?
そんな転生ものやら選ばれた勇者やら救世主なんて王道、読むだけで結構なんです。
夢落ち、ってことにしてはいけませんか?
「あぁ、夢落ちってことは無いから。
れっきとした現実で、拒否権は無いと思って欲しい。」
人の心、読まないでくれますか?
変人奇人研究職の進化系エルフにそんな能力ないはずですよね!?
なんかもう、驚き過ぎて顎が危ういのですが?
出てくる言葉が全部、疑問符ばかりになってしまっています。
けれど、これは命の危機以上の危険な事のようですね。
「転生者って、何のことでしょうか?」
「今更、しらを切れるとでも?
安心していいよ。君が『異世界の魂』の持ち主っていうのは俺達しか知らないから。君が愚か者たちに追われる心配は無いし、俺達が君を守ると約束しよう。」
引き攣る顔で全力で「えっ~私何のことか分かりません」って感じの笑顔を作ってみましたが、撃沈しました。爽やかな笑顔で撃墜されました。
この世界には何故か「異世界からの転生者を手に入れると何でも願いが叶う」という伝承があるらしく、そのせいで私は母親と共に秘かに故郷を出ることになりました。だから、私より年が上の家族しか私がそうであるとは知らない筈。
っていうか、転生者に協力を仰ぐって・・・高位精霊とエルフが叶えたい願いって一体・・・
駄目、駄目ですよリリーナ。興味を持ったら負けで・・・負け確定ですか?
「気になって仕方がないようだね。」
ええ、そうですとも。
「大丈夫。こちらも時間が無くてね、すぐに説明してあげるよ。
ただし・・・」
エルフの男が向けた視線の先を追えば、
先程以上に濃厚な闇を自分の周囲に生み出していっている姿が一つ。
その手の中にあった例の本は、最後のページが開かれています。
「嫌なら最後まで見なければいいのにね。
奴を落ち着けないと説明も出来ないし、君もちょっと、危険かな?」
「な ん で 」
困ったように言われた言葉を聞き返そうとしましたが、声が出ません。
いえ、声だけでなく息をどれだけ吸い込もうとしても、息苦しさが増していきます。
まるど、吸い込む空気が無いような
目の前が真っ暗に染まっていきます。
なんだか驚いてばかりいるリリーナ。
次こそは話をもう少し進めたいとは思っています。




