閑話:光と闇の共演
「これなんて、どうかしら?」
「いいえ。リリーナ様の作品には、こっちの方が多いもの。これがお好きなのよ。」
闇の城の一室。
闇に属する高位精霊たちが自室として使っている部屋の一つで、ワイワイキャッキャと、闇に包まれた城では数百年単位で珍しい、華やかな賑わいが満ちていた。
その部屋には大きな本棚が並び、その中には一㎝にも満たないような薄い本から、鈍器になるのではないかというくらいに太い本まで、様々なものが乱雑に納められている。
白を基調とした服を纏った三人の光の高位精霊たちと、城に住んでいる闇の高位精霊たちが部屋には集まっている。本棚から次から次へと本を取りだし、それぞれを開いては皆に提案する、開いては首を捻るという行動を繰り返している。
そんな中でただ一人、若い青年の姿をした闇の序列第三位のヘクスは、縄でグルグル巻きにされた上、口には轡を嵌められ、物言いたげに体を揺さぶっていた。
「静かになさい、ヘクス。貴方が動く度に、開いておいたページがわからなくなるじゃない。」
黒髪の美女、闇の第二位であるシシルが棚からより出した本を両手に抱え、ヘクスを足で軽く蹴りあげた。
シシルのいう通り、ヘクスが動く度に風が起こり、開きっぱなしになっている幾つもの本がパラパラと閉じていっていた。
シシルに蹴られ、バランスを取れなくなったヘクスは床に顔面をぶつけた。しかし、そのおかげで轡が取れたようで、顔だけを上げたヘクスは大きく息を吸い、声を上げた。
「ぷはぁ。ちょ、待って。本気でボスを後押しする気っすか!!」
今回の、光と闇の大事な話し合いにおいて、闇では唯一反対の立場を取るヘクス。
光の精霊側でも、第一位アウローラと第二位アウラも反対の意見を述べていたため、この場には招かれなかった。ヘクスにも秘密にしていれば良かったのだが、話し合いの会場であるこの部屋は、ヘクスの自室。彼らの議題の為に、ヘクスのコレクションしている、今流行りの同人誌というもの必要だったのだから、仕方ない。
ヘクスの言葉は、完全に無視され、誰もヘクスに一瞥も与えようとしなかった。
「リリーナちゃんが可哀想じゃんか!」
「かわいそう?」
「確かに、心苦しいところはある。だが、考えてみろ。あの、主様の後始末をこれからも我々がしなくてはいけないのか。私達だって充分、かわいそうじゃないか!」
これまで、一番にプルートの後始末という被害にあってきた第一位スカルが雄叫びを上げた。プルートが迷惑をかけた相手であったり、つけ回されていた『風の精霊王』であったり、謝罪に駆けつけ、プルートを連れ帰るのは彼の役目だった。
「リリーナ様だったら、まっとうにする為の教育だってしてくれるんだぞ?それに上手くいったら子育てに参加させて頂けるんだ!こんなお得な話は、もう二度と巡ってはこないぞ!」
そんな事を言うのは、第四位ガトー。爽やかな笑みを浮かべる彼は、すでに脳内でプルートとリリーナの子供まで想像している。
子供好きな彼は、よく子供の夢の中に現れる。そして、タイチやタグに眠る子供たちにプレゼントを渡す日の話を聞いた彼は、その話のままに赤い服を纏い、冬のある日にプレゼントを配っている。そんな彼なら、主であるプルートの子供の面倒を率先して見ることだろう。
「これも全て、我等が主君が為。リリーナ様には良き贄になって頂きましょう。」
「贄って言った!今、贄ったよね。」
本を読むのに飽きた第五位アガトは、床に寝転びながらあくびをしていた。
その剰りな言葉に、ヘクスの声は一段と大きくなる。
「じゃあ、何?ヘクスが主様を抑えてくれるの?一度走り出した主様が、どれだけ恐ろしいのか忘れたのかしら。」
シシルの言葉にヘクスは声を詰まらせた。
こっそりと覗かれる。罵れば喜ばれる。力に訴えれば悦ばれる。
『風の精霊王』が受けていた被害の一部だけでも、ヘクスには耐えられない。見ていただけで、辟易していたのだ。
「では、危機的な状況に突然現れ、リリーナ様を庇って怪我をする。この作戦にしましょう。影からタイミングを計るのは、闇の御方の得意とするところでしょう。」
ヘクスが黙ったことで静かになった闇の精霊たちを横目に、光の精霊たちは結論を出していた。光の精霊たちには闇の御方がどうしようと、リリーナがどうなろうと、関係ないのだ。ただただ、暇を潰す面白き事を求める『光の精霊王』の為だけに。それが、光の精霊たちが動く理由だ。
「リリーナ様をわざと危険に陥れると?」
主の為(自分たちの為)とはいえ、精霊とは違って少しの怪我でも死んでしまうかも知れないリリーナを危険に晒すなどというのは…と闇の精霊たちは顔をしかめた。
しかし、光の精霊たちは平然とした顔で続ける。
「わざと危険な状況を作らずとも。あの、クロノスのことです。きっと困難はすぐに起こるでしょう。むしろ、困難の方から歩んでくるのでは?」
その言葉には、部屋の中に沈黙が落ちた。
それは、全員が納得をして、リリーナに祈りを捧げた時間だった。
こうして、光と闇の、密やかな共演は幕を落とした。




