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   大事件です。

警備の姿も無く、『霊廟の森』にはすんなりと入ることが出来ました。


入ったばかりの頃は別段、これといって異変のない木々が適度に生い茂った美しい森です。様々種類の木々に草花。光も差し込めて、さすが聖域とされているだけあって、空気が綺麗でした。


「異変は無さそうだな。」

スコーピオ様がそう仰る通りだと、辺りを見回しながら余計な心配をさせるような意見を言ってしまったことを謝ろうとしました。

けれど、ふっと目を向けた低い茂みの下に、白い花を一輪見つけ私は慌てて駆け出しました。


「どうした?」

「こ、これです。バンムレットの花。こんな所に生えてるってことは・・・」

茂みの下に手を伸ばし、白い花をつけた茎を引っ張り出します。

ズルッと強い抵抗と共に千切れることなく引きずり出された長い茎には、たくさんの白い小さな花が咲いています。ただ眺める分には可憐な花で目を和ませてくれますが、ここは森の中、この植物を留めておく囲いなどない場所です。


姿勢を低くして周囲を見回せば、先ほどは見つけることが出来なかった白い花を茂みの暗闇の中に見つけることが出来ました。

茂みを掻き分け、思いっきり引っ張った茎を辿って手で土を掘り、バンムレットの根を見つけ、その根の内で太いものが走る方向を確認します。

それは森の奥の方に向かって太くなっていました。

「スコーピオ様。奥の方がバンムレットが最初に生えた場所みたいです。」

嫌な予感がしなくてもいいのに的中しました。

森の奥がどうなっているか想像するだけでも恐ろしいです。

「奥には、『地の御方』の奥方と子息の墓があり、フェーリ様の住まいがある。」

つまり、がっつり森の重要地ってことじゃないですか。


「森の中に精霊の姿がないな。」


スコーピオ様が鋭く細められた目で森の奥を見渡します。

「火である俺は、森に住む精霊たちには嫌われているから気にもしていなかったが、好奇心の強い精霊達が目新しい人間が来たのに遠目にもしていないのは、おかしい。」

二人で入り口付近に立ち止まっていましたが、奥に急いで向かうことにしました。



「これは。」

「酷い」

二人の声が重なりました。


萎れた元気のない葉をつける木々の幹にはバンムレットの蔓のような茎が絡まり、地面には一面に白い花が咲き乱れ、広く開けた中心にある二つのお墓の周りは特にぎっしりと足の踏み場が無い程に生い茂っています。バンムレット以外の植物は今にも枯れそうな、ギリギリ緑を保っている状態でした。


「でも、おかしいです。バンムレットには微量ですが毒があって、他の植物のように鳥が種を運ぶなんて事はありえません。それなのに、森の中心から広がっていくなんて。普通は入り口から侵食されるのに。」

毒がある植物が生い茂っているせいか、森にいる筈の小動物や鳥の姿はなく、声も聞こえません。

「もう少し行ったところに、フェーリ様の住まいがある。まずはお会いしよう。」

そう言って、敷き詰められたバンムレットの上に一歩と踏み出したスコーピオ様が立ち止まり、後ろにいる私を振り返りました。

「まずは、この見える範囲だけでも燃やしてしまうのは止めた方がいいだろうか。」

「根まで駆除しないとバンムレットは再生します。駆除としては、根から直接出てきている主茎を全て1m 程の所で切って、その切り後にバンムレット専用に調合した除草剤を塗る方法が確実だと言われています。主茎以外なら燃やしてもいいでしょうけど・・・・」

そんな器用な方法・・・

そんな風に首を捻っている間に、スコーピオ様の下ろされた足元から燻るように煙を立てながらバンムレットが黒くなっていきました。きれいに主茎の周りだけを避け、一面の緑が黒く燃え尽きていきました。

「火の精霊にとって、これくらいは簡単なことだ。」

いえいえ。本には、一番力の操り方が荒いのは火だって書いてありましたよ?研究学問に命を注ぎ過ぎてエルフに進化したような方が書いたものなので確かなものだと思うのですが。


涼しげな顔をして、スコーピオ様が歩く度に、その周囲にあるバンムレットが黒くなっていきます。その後ろについていく私は、小さな煙が上がる中を歩きます。

「燃え広がらないように炎は完全に消してあるから安心しろ。」

き、気遣いの人。いえ、精霊ですね。

キョロキョロと周囲を見回す私に、スコーピオ様は背中を向けたまま安心するよう声をかけてくれました。



スコーピオ様について行くと、こじんまりとした小さな家がありました。

童話に出てくるような、可愛らしい家です。

「これがフェーリ様の住まいだ。」

背の高いスコーピオ様がギリギリに入れる玄関を数回ノックしましたが中から反応が無く、私達は扉を開けて中に入ります。


「だ、大丈夫ですか!?」


玄関を潜ってすぐ台所と食事を取るテーブルがあったのですが、その床に緑の髪の女性が顔を青褪めて倒れていました。

「フェーリ様!」

「えっ?」

スコーピオ様と二人で女性を助け起こしました。上半身を起き上がらせた女性は、スコーピオ様によって私達が目的としていたクロノスさんの妹さんだと判明しました。

レディース的な方を想像していましたが、優しげで、お姫様という言葉が似合う女性でした。


「あら?スコーピオ様?」


ペチペチという音が立つ程度に軽く頬を叩くと、フェーリさんが目を覚ましました。

「そう、いえば・・・リリーナさんが訪ねるとお兄様に言われていたわね。」

明日だと思っていたのだけど・・・

青褪めた顔のまま、スコーピオ様に背中を支えられたまま呟くその言葉に、昨日から倒れていたということが分かります。


森の精霊だという話なので、これもきっとバンムレットの影響なのでしょう。

これは、早く駆除しないといけませんね。



「何をしている?」

バンムレットの除草剤をどうやって手に入れようか考えていると、重い男性の声と共に、首元に鈍く光る刃先が差し込まれました。

フェーリさんに集中していたスコーピオ様も、誰かが近づいてきていたことに気づいけなかったらしく、私の背後を見上げて目を丸めています。


「あら。レームス、アズラートも。」


か細いフェーリさんの声だけが、私の後ろに二人男性がいることを知らせて下さいました。

ちょっとスコーピオを褒めてばかりのリリーナ。

プルートに心を覗かれたら、お仕置きまっしぐらだと思います。

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