閑話:闇の兄弟のハロウィン
本編とは関係のない小話です。
「はい。では死者の皆さん。今この時間をもってハロウィンの始まりです。地上に戻って下さい。」
ハロウィン。
それは、冥府に降りてきた死者たちが一年に一度だけ地上に戻ることを許された一日である。
裁きを受けて転生を待つばかりの者たちも、これから裁きを受けようと順番を待っている者たちも、罪を犯して『地獄』に落ちた者たちも、『楽園』に住むことを許された者たちも、同等の権利として地上に戻ることができる。
死者たちがいなくなる為、冥府で役目を負っている裁判官や仕置き人などの『冥府の住人』たちも、地上へと上っていく。
地上に戻った彼らは、家族の下や友人の下、思い思いの場所に行く事が許される。
ただし、彼らは実態を持たない為に家に入りたくとも入れない。呼び出そうにも呼び出せない。彼らに出来ることは姿を見せることだけだった。
そこで、亡き人々を待つ生者たちは、異形の姿に装った子供たちに家々を回らせて、死者たちが家の中に入れるように中から扉を開けさせる方法を思いついた。
子供たちは「お菓子をくれないと悪戯するぞ」と叫んで家人にドアを開けさせる。異形の仮装をした子供たちに混ざり込んでいた死者は、そこで懐かしい家へと入ることが出来るのだ。
子供たちの声にも反応せず、ドアを開けようとはしない家人には、死者の怒りが下されることになる。
『書の精霊』リリーナが『冥府』を作るのと一緒に作り出した年に一度の大イベントは、人間たちにも受け入れられ、毎年の恒例行事として子供達も死者たちも楽しみにしている。
特に、『地獄』に落ちた死者たちは日頃の鬱憤といわんばかりに悪戯を仕掛けていくので、見ている方は面白くて仕方がない。
ちゃんと、やりすぎないよう注意しているから、今まで死人が出るような悪戯はされていない。
発案者として毎年、この日が始まると同時に開始の音頭を任されているリリーナは、がらんどうになった冥府を見渡して、上機嫌に笑みを零した。
「あれ?ユージェニーさんは行かないんですか?」
ただ一人、岩に腰掛けて残っている冥府の女王ユージェニーがいた。
今日という日は完全な休業日である為、日頃書類仕事に追われているユージェニーも地上に行くことが出来るというのに、彼女は動こうとしていない。
「ってもねぇ。フェーリは婿殿とか会う人間も多いだろうし、馬鹿息子は嫁を構うのに忙しいだろうし。別に会う人間はいないしねぇ。」
岩の上で立て膝をして、その上に肘を立てて頬杖をついたユージェニー。
元は人間だったといっても、それは当の昔の話。すでに地上にユージェニーが知る人がいるわけもなく、家族はそれぞれ共に過ごす相手がいる。
のんびりと寝て過ごすさ。
そう言ったユージェニー。
しかし、リリーナはその背後に現れた人物に気づき、お邪魔はいけないわよねとユージェニーに気づかれないように後ずさりを始めた。
「私の所には来てはくれないのか?」
「あんたは、いっつも勝手に来るだろ?」
背後からかけられた声にも、ユージェニーは驚くこともない。
長い付き合いのせいか、エザフォスの行動は何となく把握できてしまう。
日頃から少しでも時間が出来ると、妻の下へと通ってきているので今日もどうせ来るだろうと予想していた。
夫婦のことは夫婦だけで。
リリーナは、そんな二人が寄り添う光景を横目に、地上へと戻っていった。
~光の皇宮~
「お菓子をくれないと悪戯するぞ」
皇国の中心である皇宮の奥深く、限られた者だけが入ることが許される『光の精霊王』の私室に、今日だけの魔法の呪文が落とされた。
「お菓子なら一杯用意してあるけど?」
お気に入りのテーブルの上に、もう少しで崩れ落ちてしまうだろうというくらい山となったお菓子を指差して、『光の精霊王』ルーチェは微笑み、やってきた死者を歓迎した。
「それは、つまらない。一度は母上に悪戯をしてみたいのですが?」
「そんなことよりも、私は貴方とゆっくりおしゃべりする方が大事だもの。」
あなたは違うの?そう意地悪く微笑むルーチェに、『貪欲』を裁く裁判官、ルーチェの子グリースは首を振って答えた。
「意地悪なことを言わないで下さい。母上とのひと時の方が大切に決まっているじゃありませんか」
裁かれる側ではなく、裁く立場であるから、グリースは何時でも地上に顔を見せることは出来る。しかし、死者が出ない時などなく、仕事に追われているグリースが地上に訪れる機会など、今日を除いては一日あるか無いかだ。
敬愛する母との穏やかで限られた時間を、一秒たりとも無駄にはしたくないとはグリースの迷いの無い本心だ。
~闇の城~
「今年も大量だな。」
「時間を止めて保管だな。これで一年間、おやつには困らないぞ」
下の弟たちが各所から集めてきたお菓子の山を満足げにみる闇の精霊王の子供達。
お菓子の山の中から、自分達も幼い姿の頃に貰ってきたお菓子を見つけ、これはあの人、あれはおじさんだなと早速手をつけていく。
「このアカンの実のパイ。ハロウィンが始まったばっかりの頃にエザフォス叔父が菓子が無くて困って、急いで成長させたアカンの実で、ユージェニー叔母さんがパイを焼いてくれたんだよな。あれ以来、あの二人はきまってこれだよ。」
長男モントがニコニコとパイを切り分け、口に運ぶ。
「この動物の姿をした飴だって変わらないわ。スコーピオさん達は決まってこれを火の民の子供たちに配るのよね。手で飴を溶かして練って。あれって、一度やってみたいけど火の精霊だから出来ることよね。」
今とはそう変わらない姿だった幼い頃、火の民の子供達に紛れて列に並んで犬の飴を目の前で作ってもらったことを今でも覚えてるわ。長女ステラは、飛んでいる鳥を模った飴を光にかざして眺める。
「フェーリ叔母様の所は気をつけないといけないのよねぇ~。悪戯されるから。冥府から戻る旦那様が止めてくれないと、フェーリ叔母様の気が済むまで森の中を彷徨って罠に嵌められ続けるのぉ。」
小一時間くらいは飽きてはくれないから大変だったなぁと、この日の為に冥府で『楽園』の管理人の役目を担っているフェーリの夫ロランが冥府から作って持参する、悪戯のお詫びとして渡される焼き菓子の詰め合わせを開きながら、次女ファルは自分が受けた森の迷路を思い出し、苦々しい笑いを零した。
「「「で、何か面白いことはあった?」」」
ハロウィンに参加できるのは子供だけ。
一応、まだ精霊の内では子供と認識されている次男のコンラットと、人間としても子供と認識される三男グリムだけが、闇の兄弟ではお菓子を貰いに回ってきた。
「っても、例年通りだったけど。」
「俺は初参加だから、コンラット兄について回っただけ。」
『水の精霊王』の世話をしている『森の泉の精霊』コラルは、兄弟の母リリーナに教わったという水饅頭というプルプルと涼しげなお菓子をくれたし、
風の高位精霊たちは、タイチたちが教えたという綿菓子というフワフワとして雲のようなお菓子をくれた。
一応といった感じで、人間の生活を送っている『風の精霊王』の所に顔を出せば、人々の間で人気だというケーキを食べさせてくれた。途中で乱入してきたクロノスも、なんやかんや言いながらお菓子の詰め合わせをくれた。
それを持ってさっさと帰れと言われて、外に追い出されたが・・・。
他には、魔大陸の魔王の所に行って、不思議な薬入りのお菓子だと魔王妃から渡されたものを魔王に没収されて、普通のクッキーを貰ったり、
両親の知り合いである精霊たちを回って、歓迎されてお菓子を貰ってきただけで、何か変わったことがあったわけでもなく。
城へと戻ってきた。
「まぁ、いつも通りか。」
「私達は色々と苦労させられたのに。」
「楽でいいわねぇあんた達。」
理不尽なことを言われて、上の兄弟たちに収穫を奪われるのも、いつもの事だ。
そういって、そんな兄弟たちに何十年と付き合ってきたコンラットは、まだ経験のなかったグリムの肩を叩いて慰めた。
「はい。お連れ様でした。後五分程で今日も終わります。」
始まりの音頭をとった時と同じ場所で、再び冥府に訪れたリリーナが告げる。
その前には、満足気な顔をして戻ってきた死者たちの姿。
毎回、半数以上は時間に余裕を持って帰ってくる。帰ってこないのは、名残惜しい死んだばかりの者たちや多分地獄行きになるだろう裁き途中の者たちだ。
何故か、すでに地獄に落ちて苦しみを受け続けている者たちは、満足そうに戻ってきて、集団の隅の方で地獄仲間で賭け事を繰り返している。
その最中に、地上で仕掛けてきた悪戯について自信満々に報告しあっているのを聞いていると、中々愉快な悪戯を繰り広げてきたようだ。
「はい。終了~!まだ、戻ってきていない方々は、その旨が裁判にも関わります。来年も気をつけて下さいね。自主的に戻ってこない方は、強制的に冥府に吸い込まれることになっていますので、ここにいると巻き込まれますよ?皆さん、各自、元いた場所に戻って下さい。」
吸い込まれてきた者たちは、このレテの川を渡った所で放り出されるように転がされる。
それに巻き込まれたら、感じなくてもいい痛みを感じることになる。それを知っている死者たちはゾロゾロと元いた場所へと戻っていき、知らない者たちもそれに続いていく。
こうして、今年のハロウィンも終わりを迎えた。
「ふふふ。ヘクス君に頼んだ人々の仮装の絵姿が楽しみです。
今年は狼男と魔女っ子を流行らせてみましたが、どうだったでしょうかね。
来年は、何にしようかな。」
吸血鬼?切り裂き魔?あちらの偉人のコスプレでもいいですね。
話は、『書の精霊』が作ればいいんですから。
一年かければ、どんな話もちょちょいのちょいです。
『最後に笑うのは誰かしら?・・・』の方にも、ハロウィンの話を投稿しました。長男・長女たち双子が主役です。フェーリがやらかした事がこちらよりは詳しく入っていますので、良かったらどうぞ。




