霊廟の森
スコーピオ様に連れて来て頂いたのは、森に囲まれて大地の恵みを多大に受けている小国ヴァルト王国。
私、ここ知っています!
ヒロインが生まれ育った国です。
『地の精霊王』の娘さんが産んだ子が始祖王ということで、『地の精霊王』の庇護を強く受ける国。娘さんが亡くなられた後も、『地の精霊王』は彼女の気配を宿す王族や貴族たちを見守っている。とゲームの設定ではありましたね。
ヒロインの実家の傍には、『地の精霊王』の亡くなった家族のお墓がある霊廟の森というものがあり、ヒロインは幼い頃そこで風の精霊たちを戯れていたとされていました。
でも、おかしいことが一つ。
フレイ姫様にお仕えするようになって、姫様について詳しく教え込まれました。
その中に、フレイ姫様の婚約者アズラート様のこともあったのですが、霊廟の森の精霊の加護を受けた国ってなっていたんです、ヴァルト王国は。
霊廟の森の精霊。
もしかして、これもクロノスさん達の計画の内なのでしょうか。
そういえば、アリシアが『森の精霊』になったルートの説明では何処の森とは書かれていませんでした。ということは『霊廟の森の精霊』となったということでしょうか?それで、先に『森の精霊』を作っておこうって事でしたか?
チラッとスコーピオ様に目を向けると、赤い髪を布を巻いて隠した、そこらへんに居そうな美形のおじさんになったスコーピオ様が一枚の手紙を手渡してきました。
「クロノス様からだ。」
リリーナのことだから気づいたと思うけど。
『森の精霊』ルートを封じれるかなって思って、先に『森の精霊』作っておいた。
ちなみに、それが俺の妹のフェーリな。
書き殴ったような字が、イラッとさせます。
これ、絶対に説明するの忘れたわ~ヤベッっていうノリで書いてますよね。
それにしても、やっぱりそういう理由ですか。
でも、それで妹さんを使うあたり、とっともクロノスさんらしいですね。お母さんも使っているわけですし・・・あれ?そういえば、お二人の話を聞いた事から推測するに、御父様が精霊な御様子。御父様はどうしていらっしゃるのでしょうか・・・ユージェニーさんが殴るって宣言していましたから、存在はしているのでしょうが・・・
「この国は『地の御方』の領域だ。火である俺が森に入ったとならば、あの御方が絶対に出てくる。」
あぁ、だから王国の一歩手前で人間の姿に変じられたんですね。
でも、それだけでバレないものなんでしょうか。
「極力、火の気配を抑えれば、火の民と同じようなものになる。そうなれば、全てを知覚している精霊王にとっては些細な違和感程度になる。」
尋ねれば、丁寧に答えてくださるスコーピオ様。
紳士です。
妹さんにって持ってきた御菓子の詰め合わせも、何だかんだで持ってくださっていますし。王国まで飛んでくる時も、声をかけながら抱き上げてくださいましたし、飛んでいる最中も私が地上を見ないように配慮してくださいましたし。
火の精霊のイメージが一新されました。
「クロノス様が、ヒロインを見に行ってきてもいいよ。だそうだが、どうする?」
それは興味あります!
「確か、霊廟の森の近くに家があるんですよね。」
「あぁ。今は8歳だそうだ。」
人に変じたままの移動なので、スコーピオ様と辻馬車を乗り継いで、霊廟の森へと辿り着きました。王家の始まりの地ということで厳重な警備が敷かれ、中に入ることが出来そうにありません。いざとなれば、クロノス様を呼び出して、中にいる妹さんに直接取り次いでもらおうと話し合い、先にヒロインであるアリシアを見に行くことになりました。
警備の目が光る森をグルッと迂回すると、小さな村に辿り着きました。
ここが、ヒロインのアリシアが生まれたエルシェード子爵家が治める領地ですか。
のどかで、素朴で、いかにも乙女ゲームのヒロインって感じですね。
これって、偏見でしょうか。
「あれじゃないのか?」
村の入り口にある小高い丘に立っていると、スコーピオ様が森の際にある村で一番大きな屋敷の影にある小さな人影を指差して教えてくださいました。ですが、私の目には米粒くらいにしか見えないのです。目悪くなったのでしょうか・・・それともスコーピオ様がマサイ並みなのか。
「行こう。」
眉間に皺を寄せて、頑張って見ようとしていた私の背中を押して、スコーピオ様が歩いていきました。そうですね、見えないものを見えないのだから、近づけばいいですよね。
「何か花を持っているな。」
まだ、私には子供がいるなってくらいしか見えません。
「あれ?あの子、森の中に入って行きましたよ?あそこには警備の方はいないのでしょうか?」
「だとしたら、クロノス様に連絡を入れなくて済むな。あの方とフェーリ様を一緒にすると何をしでかすか分かないから丁度いい。」
えっ、なんですか、それ?
クロノスさん本人も、怖い奴って妹さんの事を言っていましたが、周囲にはどう思われているんですか?兄妹仲良く暴走しちゃうんですか?走り屋とか暴走族とか、そんなイメージしか出てこないんですが。
「あれ?」
二人で子供に向かって歩を進めていくと、ようやく私にもはっきりと見ることが出来る距離まで近づけました。
「どうした?」
女の子は、屋敷の庭で一人で遊んでいるらしく、周りに人影はありません。
庭に置かれた、壺を持った女性を模った石像に花を飾って遊んでいるようで、時折森の中に入って行っては白い花を持って帰って、石造に飾っています。
その白い花を見た私は、目を見張って首を傾げました。
「あの花、バンムレットと呼ばれるものなのですが・・・」
少女が森から持ってくる花は、バンムレットに間違いありません。街の中に景観の為に植えられていたり、後は墓地に植えられていたりするもので、見慣れた花です。
「女性が好きそうな、可愛らしい花だな。」
「えぇ、それと、もの凄い繁殖力で周囲にある他の植物を押しのけてしまうんですよ。花が一年中咲いていることから、街の中とか、草むしりをしたくないっている理由で墓地によく植えられています。
そういう時は必ず、決められた範囲以外に繁殖しないように囲いの魔術を施すものなんです。」
バンムレットの種が間違って外に漏れてしまったと大騒ぎになったこともあります。
少しでも種や根が残っていれば、再び大繁殖を成し遂げてしまう恐ろしい植物で、農家さんなどはバンムレットを悪魔の花と呼んでいるのだそうです。
「あの子、森からあの花を持ってきていますが、もしも森の中で繁殖しているのだとしたら大変なことになってしまいます。」
「森に入ろう。」
私の危惧していることを理解してくださったようで、スコーピオ様が厳しい目を森に向けました。




