なんだか懐かしい
「クロさん、なんで怒られてたんだ?」
上の兄貴に放り込まれたのは、冥府への入り口だった。
母さんの精霊譚によって生まれた冥府への入り口には、その記述の通りに大きな岩が立ち塞がっている。けれど、その岩が防げるのは肉体をもった存在だけ。死者の魂や精霊は自由に冥府へと入っていけるようになっている。
奥へ進んでいく死者の魂たちに混ざって、俺も冥府へと飛んでいく。
レテの川に辿り着き、川を渡る死者たちの列に大人しく並んでしまうのも、前世の日本人としての記憶のせいな気がする。
俺には前世の記憶がある。母さんやタグさん、タイチさんと同じ『異世界の魂を持つ人間』だ。おかげで変化をもたらす力ってのがあるって事で色々面倒なことに巻き込まれもしたが、まぁ退屈しなくていいと思うことにしている。
生まれて五年、自分では転生者ってことを隠していたつもりだったがバレバレで、母さんの近くに「大人としての意識を持つ男」がいることが許せなかった父さんに家から追い出されたのには驚いたが。
追い出されたのをいいことに世界中を旅してみたおかげで、自分を『魔道書の精霊』に定め、変化をもたらす力を有効に使えたんだから、父さんのやったことも大目に見れるということにしておこう。
そういう風に考えてしまうのも、日本人だったからかなぁと笑ってしまう。
「何をしているのだ?」
あぁ、よく電気屋とかでも正月に並んだなぁと思い出に浸っていたら、背後から声を掛けられた。
振り向くと、そこにいたのは褐色の肌に金の髪を一つに結んで背中に流した壮年の男だった。
「あれ?『貪欲の裁き』の裁判官がこんな所で何やってるんですか?」
二つ目の裁判所『貪欲』の罪を裁く役目を負った裁判官グリースが、何故職場ではなくレテの川の岸にいるのか?
「少し時間が取れたから、母上の所にご機嫌伺いに行って来たのだよ。そういえば、母上の所に、君の兄上が訪ねてきたようだが?」
「あぁ、確か下の兄が行っていると思います。少し兄弟で調べ物をしていまして。俺はここ担当なんです。」
男に手招きされ、死者たちの列を離れて川辺に一艘置かれていた船に乗り込んだ。
「それにしても、列に並んでどうするつもりだったんだい?」
冥府で転生することなく働く事を選んだ住人たちは、記憶を奪われないようにレテの川の行き来に船を使う。レテの川には、精霊でさえも記憶が奪われてしまうのだ。
「川に入る前にレテの老婆に御願いしようと思ってました。」
「並ばずとも話かければいいのに。律儀だね。」
「よく来たね。」
レテの川を無事に渡り、二つ目の裁判所『貪欲の裁き』の館で男と別れると、男が話を通してくれたようで、その後の道のりはスラスラと進んでいけた。
冥府の支配者『冥府の女王』の居城につくと、連絡を受けていた女王自らが出迎えてくれた。胸の前で腕を組んでドンッと立つその姿は、相変わらず貫禄がある女首領。前世で見た海賊ものに出てきそうだなぁと何時会っても考える。
「それで、グリースから連絡を受けたが聞きたいことがあるんだろ?」
「あ~お忙しい中すみません。
うちの両親の馴れ初めっていうか、母が父に捕まった経緯が知りたくなりまして。」
頭を軽く下げて頼み、頭を上げると、ユージェニーさんが恰幅のある身体を震わせてお腹に響くような声をあげて笑い始めた。
「相変わらず、可愛くない話し方をするな。まぁ、それはそれで面白いが。
あいつらの馴れ初めなら、簡単だ。うちの馬鹿息子がけしかけたんだよ。」
「クロさんが?」
「やつが新しい女見つければ、馬鹿息子にとっては心配ごとが一つも二つも減って万々歳だったとさ。」
「心配ごと・・・」
父の友人であるクロノスの能天気そうに騒動を意図的に起こす姿を何度か見ているせいか、心配なんていう言葉が一向に合致しない。
「あぁ、あれですか?マリアンナおばさんへの執着。」
「それと、友人としてのやつへの心配だと言っていたね。」
「へぇ」
一括りにされている父たち四人たちのの間に、そんな気遣いとかそんなのがあったとは驚きだった。共犯とか、そんな感じの間柄だとばかり思っていた。
「仕事しながらでいいんなら、色々教えてやるよ。」
「いえ、これ以上お邪魔する訳には。」
「構わないよ。どうせ、私の仕事なんて確認するくらいだ。学の無い私にこんな仕事をさせるんだ、あの馬鹿も何を考えていたんだか。」
遠慮している俺の首根っこを掴んで引きずる様に連れて行くユージェニーさん。
その姿は女王とか首領とかというよりも、田舎の民宿の女将さんって感じかな?




