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   伝達の精霊タイチ

タイチ視点の始まりから

「何もしてませんよ。

普通に、作業の間に話をしていたくらいで・・・・」


困り顔で首を傾げている少女は、本当に心当たりがないといった様子。

クロノスに聞いた話だと、この世界が舞台になる乙女ゲームを詳しく知っているということだし、『闇の精霊王』の恐ろしさをゲームのシナリオの上で存分に味わっているんだろうな。だから、『闇の精霊王』の好意に恐怖を感じているんだろう。あとは、ゲームシナリオとの差異に困惑しているのか。


前世で印刷工場で働いていた俺は、漫画は好きだったがそこまで入り込むかんじでもなかったが、仕事柄そういう原稿が回ってくることもあった。始めて目にした時には若かったってこともあって、ウゲッと引いて触るのも嫌だったこともあった。だが慣れてくると内容も少し面白いと眺めるようになっていた。少しは興味をもつようになって、そういう本も目に付けば読むようになっていった。


転生したっていうのも、小説とかを読んでいたこともあって何とかなったし、周囲に疑問を持たれることなく生きていた。

それなりの家に生まれた俺は魔法を使うことが出来、精霊とも意思疎通できた。その当時、遠くの出来事を知るには人をやり報告を数ヶ月単位で待つのが普通だった。力がある奴らは風の精霊に話を聞くっていう手段もあったが、数日ないしは数時間で情報を得る事が出来るかわりに、気まぐれで自由で退屈を嫌う奴等のもたらす情報は酷く歪み、面白おかしく脚色されていた。何より、面白くもない政治や商売に関する情報は少なく、世間一般の馬鹿騒ぎに関する情報は耳にタコが出来るくらいの量をもたらしてくる。

娯楽が前世に比べて圧倒的に少ない世界で煩わしい貴族社会に嫌気がさしていた俺は、外に目を向けることで気を紛らわしていた。

いろいろと敵の多い家だったせいで子供の俺は屋敷どころが部屋から出るのにも付き人を付けられ、終始見守られて、俺からすれば監視されている状態だった。

そんな中で接触できて外の世界を語る風の精霊たちは、精神的な癒しの役目を果たしていたが、次第にストレスの元みたいになっていた。

聞けば聞くほど変質していく情報、聞く奴を帰ると時には180°も違うことがある情報、聞きたくも無い井戸端会議的な情報、元の世界の、一応末端とはいえ情報に関わる仕事をしていた者として段々とイラつきを抑えられなくなっていた。


国が戦争をしたりと、貴族として参戦させられ、戦場の上で行き交う情報の錯綜で命の危機さえも味わった。だからこそ、情報の大切さを改めて思い知り、正確な情報を手に入れる方法を考えた。

それで思いついたというか、思い出したのが、新聞だった。紙媒体で情報を運べば、風の精霊の気分やら感情で情報が変質することもないし、同じ情報を同じ時間に幾つもの国で共有することも出来る。

企画書のようなものを書き、実際に新聞を手書きで作り、家を抜け出した俺は風の精霊たちに頼み『風の精霊王』がいる天空の島に降り立った。

風の民にのも恩恵を与えると噂されていた『風の精霊王』の居城である天空の島は美しい場所だった。庇護する民以外には冷淡で顧みないと、生まれ育った『火の精霊王』の加護を受ける国では言い伝えられている。風の民でもないのに島に来たことを処罰されるかもしれない、人間ごときが直接意見を言おうだなんて許されないだろうな、などと考え震える手足を必死に押さえ込んで、俺は『風の精霊王』に会った。


天空の島の中央にある、『風の精霊王』の居城は民達に広く開かれ、民達は供物を手に気軽に訪れる場所になっていた。

そんな居城の庭園で、俺は彼女に会った。

まっすぐに地面に引きずる程長い銀の髪に、雲一つない晴天の青を目に宿した『風の精霊王』は突然、庭園の木々の間から躍り出た、『火の精霊王』の民の証である赤を待とう俺を罰するでもなく、威圧するでもなく、ただ普通に迎え入れた。

『風の精霊王』と『火の精霊王』・『水の精霊王』は対立関係にあると聞いていただけに呆気に取られたのを覚えている。



あぁ、そういえば、この子は青の目を持ってるんだな。

彼女と同じ目。

最近じゃあ、少なくなっても懸命に信仰を辞めない風の民にも全然出てない色だな。

それが、最初にあいつの気を引いたんだな。

じゃなけりゃ、仲間になるって言われたとしても、あいつは最低限の接触しかしようとしないしな。



俺が新聞について説明すると、風の精霊の性質は仕方のないものではあるが正しい情報が伝わることの有益性は理解している。新聞というのは面白いし、必要なものではあるなと笑った。

そして俺の腕を掴み、突然庭園に走った風の中に飛び上がった。


風に乗るがままに島の上から降り、空高くから地上を見下ろしてしまった俺が目を閉じている間に、『風の精霊王』に連れられた俺の前には『地の精霊王』がいた。

彼女が『地の精霊王』に新聞の話をすると『地の精霊王』もまた、面白い話だと笑い、協力をしようと俺に手を差し出した。


後はあっという間で、発案者の俺も詳しくは覚えてはいない。

俺が説明した印刷についての技術を『地の精霊王』が魔道具を使うことで再現し、紙の調達、拠点となる場所を提供してくれた。

『風の精霊王』は、情報を集める記者役に比較的真面目な精霊たちと新聞を世界中に配る精霊たちを部下にと貸し与えてくれた。


まぁ、つまり俺はほとんど何もやってない。


しばらく経ち、新聞屋が軌道に乗ってきた時、クロノスとタグに出会った。

というより、拉致された。

その日の仕事を追え、明日に備えて寝るかって時に拉致されて、まぁ色々省いて簡単に言うと、乙女ゲームのこと、世界が滅ぶかもしれないことを説明された。

新聞に印刷、前世の記憶を振る活用した技術が、二人の目についたらしい。

もう少し早くに接触する予定だったが、『風』『地』が軌道に乗るまで見守っていてくれたらしく、あまり動きを気づかれたくなかった二人は待っていたそうだ。



俺は協力することにした。

疲れもたまっていて、テンションがハイになっていたこともあって悩んだ記憶もない。少し、後悔することもあった。

あいつらが考えた、新しい精霊についての概念をそれとなく記事に混ぜ込んだ。

地方に配る分にだけ、こっそりと話を盛った。

異世界の魂をもつ存在がいて特別な力が宿っているだとか、こんな話が地方にはあるか、今のところは存在していない精霊についての逸話を紹介したり、まぁ色々やった。


『風の精霊王』が乙女ゲームのシナリオ通りに封印され、プルートの奴が仲間だって紹介されて、うっとうしいくらいに根暗だったあいつに突っかかってたら何故か友達認定されちまったのも、良い思い出か。

人間としては長生きしたんだと思う。

90近くまで記憶がはっきり残ってるからな。

精霊と融合する事でエルフになったタグや、精霊と人のハーフだから人よりも何倍も長い寿命があるクロノスとは違って、俺は人間だったからな。楽しい人生を長く送れたんだ。後悔は無かったな、それに関しては。


なのに目覚めてみれば、こんなにも小せぇ体になっちまってて、記憶にある時から百年単位で時間が進んでいやがった。

そん時には、無理が祟って長い寿命を早めに使っちまったクロノスが死んでて、目が覚めた俺の目の前にいたのはプルートとタグだった。

プルートは満面の笑みを浮かべて、タグは苦笑を浮かべていた。

周囲に目をやれば、俺よりは大きいが、小さくなったクロノスが暢気に寝てんのが見えたな。

プルートに問い詰めれば、「せっかく出来た友人を失いたくなかったし、精霊になれる下地が出来ていたから」。そう言った。

後ろでタグが、小さな声で「シナリオ上の『闇の精霊王』については説明しただろ?」って言ってんのをはっきりと聞いた。俺が死ぬ前には、『風の精霊王』のことは諦めがついているって言ってたから、計画が進んだことでゲームとの違いが生まれたんだなとか、友情だし、とか思ってた俺殴ってやりたい。そんなことも思ったが、まぁ諦めるしかない状況だ。なんたって、すでに精霊になっちまったんだし。


友人ってやつの俺にさえ、これなんだ。これから、もしも『風の精霊王』並にこいつに好かれちまった女っていうのが現れたらヤバイっていうか可哀想だなって思ったな。


まぁ、どうやら現れちまったようだが。


普通に会話してただけ。

俺もそうだった。突っかかった後に、色々聞かれたり聞いたりした。その後のこいつの対応だとか表情の変わりようは、リリーナが体験したことと差異がないだろうな。あとから色々と自問自答して、なんとなくだがこいつを理解しちまったせいで結局、気の許せる友人って関係に落ち着いた。

あいつの内情が分かる友人としては上手くいって欲しいもんだが、

リリーナの感じている思いも理解できちまうから困ったな。


精霊になって目覚めた後は、少し後に目覚めたユージェニーと一緒に『闇の城』で過ごした。地方にしかばら撒いていない話では小せぇ体しかまだ無理だし、ユージェニーはここを出た瞬間に旦那に見つかって計画がおじゃんになる可能性があるからだ。

俺はまぁ、ちょいちょいと俺の子孫たちが受け継いでいる新聞屋と印刷屋に現れ、子孫たちに話しかけることを繰り返し、俺という存在を知らしめ少しずつ力を強めている。


クロノスが、精霊化を進めるのに丁度良い転生者を見つけたとプルートを連れていった時は、巻き込まれるであろう転生者と、振り回されるだろうプルートに憐憫の言葉を内心送っていた。


一足先に部屋にやってきたクロノスの悪巧みの内容と、普段のむっつり顔を忘れてニッコニコと笑うプルート、地雷を踏んだことに気づいたリリーナの青褪め焦った顔を見た時、リリーナに憐憫の祈りを捧げ、そして友人としてプルートに頑張れと応援を送っておいた。





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