見てる分には面白かった。
そうね。
そういう所は、リリーナはお馬鹿ちゃんだったのよね。
ケーキやクッキーなど見た目にも美しいお菓子の数々が並べられた机を挟み向かい合った『光の精霊王』ルーチェが、頬に手を置き眉を下げた困り顔で微笑んだ。
取り皿とフォークを手に持ち、目の前に置かれたお菓子を次々と口に入れていた『闇の精霊王』の次男、契約を司る精霊コンラットは、頬張ったケーキを飲み込んだ。
「プルートを一途なんて表現したのは、リリーナだけよ。
私たち精霊王が誕生した始原の時代辺りにはマトモだったと思うのだけど。
何時の頃からかは分からないけれど、プルートは当時シスネという名だった『風の精霊王』を愛するようになって、それから・・・おかしな子になっていったわね。」
実父をおかしいと言われたり、過去の恋愛についてを言われるのも、コンラットは何とも思わなかった。
もうすでに、子供の見た目に反してコンラットは生まれてからそれなりな時間を過ごしているし、父親については今更なところがあった。
「あっ、こういうのって子供には話さない方がいいのかしら?
でも、皆知っていることだし・・・
ごめんなさいね?私ったら子供育てるのは配下任せにしてしまっていたから。」
けれど、精霊王たちを兄弟、精霊王の子供たちを甥・姪と可愛がっているルーチェには、コンラットが見た目通りの年齢に見えたようで、子供に聞かせるべきではない余計な事を言ったのか顔を青褪めていた。
「気にしないでいいよ、ルーチェおばさん。
父さんがそうなのは俺達、皆が分かってることだから。」
これにはコンラットも苦笑するしかない。
「そう?」
「そうそう。それよりも、父さんって昔はどんなんだったの?」
「『火』に燃やされかけて、『水』に無視されて、『地』にお説教されて、『光』に近寄ることも出来なくて、『風』を追い掛け回して影から覗いてたわね。」
あんまりの説明に、話を促したコンラットだったが手に持ったフォークを床に落としてしまう。
「『光』と『闇』だと正反対の存在だから相容れないのも仕方ないものではあったけど。『火』の場合は会えば意味も無く力を向けて闇を裂こうとしていたし、『水』は完全に存在を否定していたわ。『地』は闇の領域に篭ることが多かったことを怒っていたのだけど、そうしないと『火』に攻撃されるからということを理解していなかったわね。
精霊王としての役割は果たしていたけど闇の領域に篭りがちだったし、人間からは恐れられ忌避されていたせいか配下や精霊王以外の存在を路傍の石のようにしか認識していなかったわね。」
父たちの計画により、その横暴により見捨てられ、その地位を追われた前の『火の精霊王』を思い浮かべる。末っ子の世界旅行の中で僅かに綻んだ封印の中に見えた『元・火の精霊王』の力の片鱗に恐怖を覚えたコンラットには、その力を理不尽にも向けられたという父を哀れに思った。
「そんな中で、『風』だけが変わらず接していたのよ。
風はどんな所にも行けるから。大地の間にも、火の中にも、水の上にも、真っ暗な闇の中にも。まぁ、始めは会えば挨拶する程度だったと彼女も言っていたけど。
それだけの事がプルートは嬉しかったと言っていたわね。
それから付き纏うようになったらしいの。
でも、次第に彼女も鬱陶しくなったみたいで蹴り飛ばしたりしてたんだけど、それは自分へまっすぐに向けられた彼女の思いだからって喜んでいたのよね、プルートったら。
それまで闇を恐れる人間には関わらないようにしていたのに、風の民にだけは優しく力を差し伸べるようになって。蹴り飛ばされようが、風で吹き飛ばされようが、罵詈雑言で罵られようが『風』の前に現れ続けていたわ。他の精霊王たちが知らない間に『風』が結婚していた時は少し挙動不審になっていたけど変わらず付き纏っていたし、彼女が封印された後は彼女の生んだ娘の世話を率先してやっていたわね。
その娘も無くなって後は、封印の間に入り浸って彼女を愛でていたようだけど、しばらくしたら出てきて計画の為に動き出したと聞いているわ。」
その頃の私は計画の一端を引き受けて、引き篭もり生活を始めていたから直には知らないけど。
「やっぱり、それまで『風』しか見えていなかったのに、どういう心境の変化があったかは分からないけれど、クロノスやタグ、タイチといった友達が出来たことが良かったのよね。
彼等が居なかったら、前に聞いた『ゲームの中の闇の精霊王』のままだったと思うわ。」
リリーナが言っていたゲームの中の話。ルーチェたちからしたら、もしも・・・の『闇の精霊王』の姿だった。
『風の精霊王』の封印に寄り添い、その封印が解かれることを望み、その為なら世界の崩壊も許し、仲間である精霊王たちや配下を欺き、ヒロインたちでさえ影から導いて。封印から目覚めたものの我を失った『風の精霊王』に傷つけられながらも抱きしめていたという、その『闇の精霊王』はきっとクロノスたちと出会わなければ辿っていたプルートの未来。
「リリーナのした最大のうっかりは、ゲームの設定そのままの世界だと何処かで勘違いしたまま、プルートに接したことよ。『風の精霊王』を変わらず愛しているのだから、自分がその対象になる可能性があるなんて思ってもなかったのでしょうね。
だからこそ、プルートの性質を良い方良い方に解釈した。傍観者の立場で見てしまったの。ヤンデレは傍から見れば相手しか見えていない一途な純愛。そんな感じにね。
そしてプルートの中に、リリーナという少女がいるということを心に刻んでしまった。
あとは刻まれた傷が広がるだけ。」
「つまり、この時点でもう手遅れってこと?」
「いやね。自分の親の出会いを手遅れとか言っちゃ駄目よ。」
コンラットの率直な意見に、ルーチェが大きな口を開け、どんな服を着ていても高貴な身分と信じられる容貌からは似合わない笑い声を上げた。
「でも、恋っていうのは最初を認めてしまうと後は落ちるだけと言うもの。
確かに、手遅れともいえるわね。」




