プルート
なんだか、空気がねっとりしてないですか?
ヘクスに案内され、地面に広がる灯の数々を眺めながら空中を移動すると、広大なドーム状になっている地下空間の真ん中に立ち、天井を見る『闇の精霊王』様がいらっしゃいました。
足を地につけて近寄っていきますが、段々と空気が重く、身体にまとわりつくような感じがします。
「空間を作って空洞にした分だけ闇で満たして支えにしているんだ。
その方が死者たちが活動しやすいから。」
梅雨時に外に出たみたいで、こちらの世界に生まれてからカラッとした気候な土地に住んでいたせいで、そのジメジメ感が懐かしく、腕を見たり、頬を触ったりしていると、『闇の精霊王』様が天井を見るのを止めて、すぐ傍に寄ってきていました。
「この前はすまなかった。」
本当に小さな声で、それだけを言うと、彼は後ずさりして遠ざかって行きます。
「いやいや、ボス。
これからリリーナちゃんと協力しなきゃいけないっすよ?
何処行くんっすか。」
ヘクスが後ずさる『闇の精霊王』の腕を掴み、引き止める。
よく見ると、彼の足元が闇に馴染むように消えようとしていた。
「クロノスはどうした。」
掴まれた腕を振り払い、眉間に皺を寄せた『闇の精霊王』が辺りを見回す。
「逃げました!
リリーナちゃんに色々説明するのも任せたってましたよ?」
「なに?」
「それに、俺も仕事の時間なんで消えますから。頑張ってくださいよ」
「仕事、ですか?」
精霊の口から仕事の時間なんてサラリーマンみたいな言葉が出てくるなんて、なんだか笑えてきます。
「俺達、高位精霊は王を補佐する為に特化した司る場を持ってるんっすよ。
俺の司る場は眠り。
ほら、そろそろ人間は寝る時間っしょ?世界中の空飛びまわって眠気を振りまいてくるんっすよ」
つまり、締め切り前に徹夜覚悟をしているのに眠ってしまうという惨事は、このヘクスの仕業で引き起こされてる悲劇ということですか。
「じゃあ、ちゃんとリリーナちゃんを助けてあげてくださいよ」
今度から締め切り前にはヘクスをどうにかしてしまえば大丈夫ですね。と不穏な方向に考えが纏まっている中、ヘクスは姿を消していきました。
「・・・冥府をどういう風にするか決めてあるのか?」
しばらくの間、消えたヘクスがいた場所を睨みつけていた『闇の精霊王』様でしたが、チラリと私に目を向けました。それに気づいた私が顔を上げると目が合い、すぐに目を逸らしてしまわれます。
「先ほど、その話を聞かされたばかりなのでしっかりとは決めてません。ですが、色々な神話を混ぜ合わせようかとは思っています、一応。」
「そうか・・・」
メソポタミア、ギリシャ、エジプト、北欧、日本などなど
中二を発病している時に図書館で神話について読み耽りましたから。大半の冥界とか死者の世界とかは頭に入っています。
こうなったら、おもしろ、おかしい冥府を造ってやりましょう。
「冥府を管理するのに、保管されている死者たちを使ってもいいとクロノスさんが言ってましたが・・・」
「あぁ、多くの魂は浄化して地上に戻すが、一部ならば構わない。」
「どんな方がいらっしゃるのでしょうか?」
例えば拷問が得意な方とか、
あぁ、様々な立場の方で死者の罪を協議するものいいですね。
三人の裁判官とか、十王とか、
でも、あまり細かく裁いて罰を受けさせるとなると冥府が手狭になりますし、六道輪廻の一部を使うか、それとも因果応報的な次の人生を歩むようにするか・・・
「そういえば、冥府の管理は『闇の精霊王』様がなされるんですよね?」
こうして闇に包まれた空間を造っていらっしゃるし、元々思いを残した死者を導くことを役割となさっていたし、何より・・・その名前が・・・
「いや、違う。冥府の王とする魂はすでに用意してある。それについても君の力を借りる予定だ。」
あぁ、それがクロノスさんが言ってた精霊にして欲しい魂ってことですか?
「何故、そんな事を?言っておくけど、僕たち闇は死を司っては・・・」
「あぁ、それは存じています。
闇の精霊が司っているのは、未練を残して彷徨う死者を導き浄化することだと以前、エルフが記した書物に書いてあるのを見たことがありましたから。」
あんまりにも悲壮な顔だったので、思わず口を挟んでしまいました。ご無礼失礼いたします。平にご容赦くださいますよう・・・
心の中で手を合わせ土下座する心意気で待機していましたが、何の反応もありません。
チラッとちら見して見れば、無表情でこちらを見下ろしていらっしゃいます。
「なら、どうして・・・」
「えっは、はい。名前です!『プルート』って、冥界の王の別名なんです。タグさん達が贈られた名前だと聞いたので、冥府の管理も成される予定なのかと・・・」
どうやら無礼打ちは無いようです。胸を撫で下ろしました。
「名前がないと面倒くさい、タグの他に協力していた転生者がそう言ってつけた名だ。
この名にしたのも、暗いとか粘着質とか死者の王、闇の支配者というイメージがある言葉だったからだとタグと二人で言っていた。」
「そ、それは、中々な人ですね。素直というか、口が悪いというか・・・」
そんな事を面と向かって言えた人って凄いと思います。
だって、相手は世界の一端を担う精霊王ですよ?
尊敬はしませんが、その勇気と根性だけは賞賛します。
まぁ懐かしそうに遠くを見つめて、その人のことを思い出していらっしゃる様子から見ても、本当に仲がいいんだなぁと・・・
ジュルッ
いえっ!
カップリング作ったろなんて思ってませんよ?
新刊、これで決まったぁなんて考えてませんよ?
「あぁ、そんな所が彼女に似ていて、共にいるのが楽しい大切な友人だ。」
彼女って、やっぱりあの方ですか?
さっすが、『闇の精霊王』様。
ヒロインにも惑わされずに、ゲーム終了まで『風の精霊王』ラブだった人は友人にまで最愛の方を重ねますか。
よく言えば、純愛、一途。
悪く言えば・・・




