第29話:多重思考と、壊れかけの卵
【魔法実験場 / アカシック・ライブラリ】
「…ごめんなさい」
空に巨大な穴を開けてしまったシズの謝罪に、アルキメデスは呆れたように首を横に振った。
『…主。あなたのその才能はもはやギフトではなく呪いカーズの領域です。まずは力の制御…その一点のみに集中してください』
その日からシズの孤独で、しかし壮絶な魔法訓練が始まった。
彼女の当面の目標はただ一つ。
教科書に書かれている通り「ロウソクの炎ほどの大きさの光」を、安定して灯し続けること。
模擬体エッグは毎日律儀に、魔法実験場へと向かった。
そして来る日も来る日も空に太陽を作り続けた。
ピカァァッ!
ピカァァァァッ!
ピカァァァァァァァァッッッ!
『だめだ…全然できない…』
何度やっても結果は同じ。
彼女の身体はあまりにも効率的にマナを集め増幅させてしまう。
ほんの少しだけ力を込めようとしただけで、勝手に周囲の魔法粒子まで根こそぎ吸い上げて大爆発を起こしてしまうのだ。
そして繰り返される大出力は、頑強なはずのEGGの機体をも確実に蝕んでいた。
『…主。警告します。EGG1号機の魔力放出機、耐久限界が近づいています。このままではオーバーロードにより自壊する可能性があります』
アルキメデスの無機質な警告が、シズの焦りをさらに募らせる。
(どうすればいいんだろう…)
(このままじゃ、せっかく作ってもらったEGGが壊れちゃう…!)
彼女はEGGで魔法を撃ちながら、同時にライブラリで膨大な魔法理論書を片っ端から読み漁り、解決策を探していた。
それは彼女にとってごく自然な行為だった。
本を読みながらテレビを見るように。
音楽を聴きながら勉強をするように。
二つのことを同時に行う。ただそれだけのことだと思っていた。
だが、ある日。
彼女はふと気づいた。
(…あれ?)
EGGで魔法の失敗(大爆発)に頭を抱えている、「私」。
そしてライブラリで難しい数式だらけの論文を読んで唸っている、「私」。
(…今、私…。二つのことを考えてる…?)
(…ううん、違う。これは『二人の私』がいる感じだ…)
その事実に気づいた瞬間、彼女の世界は再構成された。
これまで一つの流れとして認識していた自分の思考が、実は全く別の水脈を持つ二本の川として並行して流れていたことに気づいたのだ。
実験を行いその膨大な失敗データをフィードバックする、「現場監督」としての私。
ライブラリの無限の知識の海から解決の糸口を探り当てる、「研究者」としての私。
その二つの思考が全く別の場所で、しかし完璧な連携を保ちながら動いている。
彼女の異常なマナ親和性を持つ脳は。
意識だけの情報空間に置かれたことで。
いともたやすく「思考の並列処理」という、神の領域の能力を自然に身につけてしまっていたのだ。
そして一度自覚してしまえば、あとは簡単だった。
二本の川は三本に。三本の川は四本に。
まるで世界の全てを見渡す神の視点を得たかのように、彼女の意識は分裂しそして拡張していく。
(…これって、もしかして…)
シズの中に、悪戯好きな子供が顔を出した。
そしてそれは、世界で最も危険で、そして最も創造的な問いかけだった。
(…もっと、増やせるんじゃないかな?)
彼女の天才的な思考力が、今、とんでもない方向へと暴走を始めようとしていた。




