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ヴァーテックス・クライシス ~星屑の魔女と、もう一つの真実~  作者: 輝夜
第五章:書斎の賢者

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第28話:暴走する光と、答え合わせの庭


【隠者の書斎】


『―――模擬身体アバター、Ver.1.0、製造完了。名称、『エッグ』。主の意識接続を待機します』


アルキメデスのその報告を聞いた時、シズの意識だけの心は、遠足を明日に控えた子供のように高鳴っていた。

彼女の意識の前に、一つの映像が投影される。

それは書斎の中央にぽつんと置かれた、銀色の卵だった。

高さは1メートルほど。表面は鏡のように滑らかで、継ぎ目一つ見当たらない。これがこれから自分の手となり足となる、最初の「器」。


『…接続、お願い』

シズがそう念じた瞬間。

彼女の意識は、まるで何かに強く引かれるように、光の海からその銀色の卵の中へと吸い込まれていった。


―――視界が、開ける。


最初は何も見えなかった。ただ暗いだけ。

だがやがてその暗闇に、緑色のデジタルなラインがいくつも走り始める。

【システム、起動】

【意識接続シンクロ率、99.8%】

【外部カメラ、オンライン】


カシャッと、小さなシャッター音のようなものが聞こえた気がした。

そしてシズの視界に初めて「映像」が映し出された。

それは卵の前面に取り付けられた、水晶レンズからの風景。

目の前には巨大な本棚がそびえ立っている。

半年間、彼女が意識の中だけで見てきた、あの書斎の光景だ。


『アルキメデス! 外! 外に行きたい!』

彼女は逸る心を抑えきれずに叫んだ。

『そと! 見たい見たい! 今すぐ行きましょう!』


『御意に、主』

アルキメデスが書斎の巨大なガラス張りの天窓をゆっくりと開いていく。

模擬体エッグは浮遊術式によってふわりと宙に浮き、そして待ちきれないと言わんばかりに一気に空へと飛び出した。


―――うわぁぁぁぁぁっ!


視界いっぱいに広がる、どこまでも青く(紫に)澄み渡った空。

頬を撫でる(ように感じる)、本物の風の感触。

鼻腔をくすぐる、濃厚な花の香り。

耳を打つ、木々のざわめきと鳥たちのさえずり。


全てが半年ぶりに体験する、本物の「感覚」。

全てが新鮮で、全てが輝いて見えた。


『わー! すごいっ!』


シズの意識は、ただ楽しいことに夢中になっていた。

模擬体エッグは歓喜の声を上げながら、庭園の中を縦横無尽に飛び回り始める。

だがそれはただ闇雲にはしゃいでいるのではなかった。

彼女の視界レンズは驚異的な集中力で、庭園の全てを捉えていた。

半年間ライブラリで読み耽った知識の、「答え合わせ」を始めるために。


『あ! あった! 『太陽涙サンティアーズ』だ! 本当にお日様みたいな黄金色の雫の形をしてる!』

彼女は図鑑で見た強い光を好むという珍しい花を見つけ、付属のマジックハンドでそっとその花びらに触れる。

(ふーん、少し金属みたいな冷たい感触なんだ…)


『こっちには『癒やしの葉』が群生してる! ライブラリの情報通り、湿った岩場の日陰に生えてるんだな…』

彼女はその一枚を摘み取り、レンズの解析機能で拡大する。葉脈の美しい幾何学模様。

(すごい…この模様そのものが、簡易的な治癒の術式になってるんだ…)


目の前をひらひらと舞う、瑠璃色の蝶を見つける。

『あれは『夢見蝶ドリーム・パピヨン』! 羽の鱗粉に軽い幻覚作用があるっていう…!』

彼女は子供のようにそれを追いかけ回しながらも、その飛行パターンや花の蜜の吸い方を、しっかりと観察し記憶していく。


やがて彼女は庭園の中央にある、水晶のように澄み切った泉へとたどり着いた。

『これが『賢者の湧水』…』

彼女はそのまま泉へとダイブした。

ちゃぷんっ!

金属の身体が冷たい水に包まれる。

(うん、普通のすごく綺麗なお水だ。でもなんだろう…結界の影響なのかな。ほんの少しだけ身体が軽くなるような…気がする)


その全ての体験が。

知識と現実が結びつくその快感が。

彼女の半年間乾ききっていた探求心を、喜びの雨のように降り注ぎそして潤していく。

自分は生きている。

この知的好奇心を無限に満たしてくれる最高の楽園で、確かに今生きているのだと。

その当たり前の事実を、彼女は全身で実感していた。


一通りはしゃぎ回った後、シズはようやく本来の目的を思い出した。

『さあアルキメデス! 始めよう! 魔法の練習を!』


アルキメデスは庭園の隅にある岩盤をくり抜いて作られた、古代の「魔法実験場」へと彼女を案内した。

そして『サルでもわかる!マナ操作の超・きほん』のデータを、彼女の視界の隅に表示させる。


シズは一度深く意識を集中させた。

(大丈夫。私ならできる。ちゃんと加減して…。教科書にはロウソクの炎くらいの光って、書いてあるんだから…)

彼女はライブラリで学んだ知識の通りに、自らの膨大なマナのほんのほんの一滴だけを、模擬体の先端の魔力放出機へと慎重に集束させる。

そして祈るように念じた。

(―――光よ)


次の瞬間。

ピカァァァァァァァァッッッ!!!!

模擬体エッグの先端から放たれたのは、ロウソクの炎などでは断じてなかった。

全てを白く焼き尽くすかのような、太陽そのものとしか形容しようのない凄まじい閃光だった。

光の奔流は一直線に天を衝き、空を覆っていた分厚い雲のど真ん中に、巨大な風穴を穿った。

その穴の向こう側に、どこまでも青いこの星の本当の空の色が覗いていた。


数秒後、光が収まり、後に残ったのはオゾンの匂いと、ちりちりと焦げる岩盤の音。そして呆然とするシズの意識と。

静かにその一部始終を見ていた、アルキメデスの合成音声が響いた。

その声はどこか心底呆れ果てたような響きを持っていた。


『…主。これがあなたの言う、『加減した』結果ですか…?』


「…………ごめんなさい」


『…まあ、練習場所を屋外にしておいて、本当に良かったですね…』


シズの前途多難な魔法の練習は、空に巨大な穴を開けるという、とんでもない大失敗から幕を開けたのだった。


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