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ヴァーテックス・クライシス ~星屑の魔女と、もう一つの真実~  作者: 輝夜
第五章:書斎の賢者

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第27話:暴走する才能と、最初の器


【アカシック・ライブラリ】


(…この丸とか線とかが、術式…? 魔法陣みたいなものなのかな…?)


シズの意識は、その不思議な術式の図形に完全に釘付けになっていた。

それはただの絵ではなかった。

じっと見つめていると、その線や円がまるで生きているかのようにゆっくりと脈動し、微かな光を放っているように見える。

それは彼女の知的好奇心をどうしようもなく掻き立てる、未知への扉だった。


(…魔法…)

もしこれを理解できれば。

もし私にもこれが使えるのなら。

意識だけの自分でも何かを変えられるかもしれない。この果てしない静寂と孤独から抜け出す、一歩になるかもしれない。


彼女の胸が、とくんと高鳴った。

それはこの世界に来て初めて感じる、恐怖ではない純粋な「期待」の音だった。


『アルキメデス』

彼女は逸る心を抑えながら、機械仕掛けのパートナーに呼びかけた。

『私、魔法を使ってみたい。教えて』


その決意に満ちた思考に、アルキメデスは即座に、しかしどこか警告するようなトーンで応答した。

『…主。お待ちください』


『え? どうして? やってみたい。やってみなきゃ始まらないよ』

『危険です。あなたの現在の身体情報を再スキャンした結果、極めて憂慮すべき事実が判明しました』


アルキメデスは彼女の意識の中に、一枚の立体的なグラフを投影した。

そこには青く低い丘のような「標準的人間」のグラフと、それとは比較にならないほど天を突き破り、画面の遥か彼方まで突き抜けている、真っ赤な「シズカ」のグラフが示されていた。


『これは生体の魔法粒子マナ親和性、及び許容量を示すグラフです』

『私のグラフだけ、おかしいよ…? 振り切れちゃってる…』

『肯定します。主。あなたは先日の時空嵐ストームに巻き込まれた影響で、その身体の組成レベルが強制的に書き換えられています。結果としてあなたのマナ親和性は、この世界のいかなる生命体とも比較不可能な数値を示しています』


アルキメデスは淡々と、しかしどこか警告するように続けた。

『それは絶大な才能であると同時に、極めて危険な制御不能の爆弾でもあります。今のあなたが知識もないまま安易にマナを操作すれば、十中八九その力は暴走するでしょう。最悪の場合、この書斎の十三層の防御結界そのものを、内側から破壊し自滅しかねません』


「…………」

せっかく見つけた希望の光が、一転して触れることすら許されない危険物だと告げられた。

シズの高鳴っていた心が、急速に冷えていく。

結局自分は、このとんでもない力を持て余し、何もできずに十年もここで過ごすしかないというのか。


(…やっぱり、だめなのかな。私には何もできないのかな…)


彼女の落胆を感じ取ったのか、アルキメデスは言葉を続けた。

『…ですが主。方法はあります』

『え?』


『あなたの意識を接続するための簡易的な『器』を作成します。この書斎で最も強靭な古代合金アダマンタイトで作った、その模擬身体アバターを介してであれば、たとえ魔法が暴走しても被害を最小限に抑えることが可能です』

アルキメデスは彼女の前に、一体の卵のような滑らかな金属の設計図を提示した。

『その模擬体を使い、安全な環境で発動の練習を行うのです。それが主がその規格外の才能を制御するための、唯一にして最善の道です』


「…私の、練習用の身体…」


シズの瞳に再び光が宿った。

そうだ。道が閉ざされたわけじゃない。

目の前には最高の教科書ライブラリと、最高の先生アルキメデスがいる。

そして今、最高の「練習道具」が手に入ろうとしている。


彼女はふと、一つの疑問を口にした。

『ねえアルキメデス。その模擬体とか、このすごい書斎とかを作った、あなたの前の主…賢者アストラルって、一体どんな人だったの?』


『…我が創造主、アストラル様は…』

アルキメデスの合成音声が、ほんの少しだけ揺らいだ気がした。

『…この世界でただ一人。真理を愛し、そして真理に愛されなかった、世界で最も孤独な賢者でした』


そのどこか哀愁を帯びた言葉。

シズはまだ見ぬその古代の賢者に、強い強い興味を抱いた。

彼が何を見て何を感じ、そして何を遺そうとしたのか。

それを知りたい、と思った。


『…アルキメデス!』

『はい、我が主』


『その模擬体、すぐに作って! そして、魔法の一番簡単な教科書を用意して!』

『私、やる! 絶対にこの力を使いこなせるようになってみせる! そしてアストラルさんが遺してくれたこの全部を、私が受け継いでみせる!』


その力強い宣言に。

1000年の間ただ主を待ち続けた機械人形は。

その赤い光学センサーを、ほんの僅かに嬉しそうに瞬かせた、気がした。


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