第24話:意識だけの少女と、無限の書架
【アカシック・ライブラリ】
―――ここはどこ?
シズの意識は、温かく、そしてどこまでも続く、光の海の中を漂っていた。
身体がない。手も足もない。
痛みも苦しみもない。
ただ、思考する「私」という感覚だけが、そこにはあった。
(…天国って…こんな感じだったんだ…)
彼女は不思議と冷静だった。
最後に覚えているのは、図書館が崩壊していく悪夢のような光景。
ああ、私、あの時死んじゃったんだな。
そう、すとんと納得してしまった。
お母さんの泣き顔。
美咲ちゃんと交わした、明日の約束。
それらがまるで、遠い遠い昔の映画のワンシーンのように感じられる。
悲しいというよりも、ただどこまでも穏やかで、静かな気持ちだった。
このまま、この光に溶けて消えていくのかな。
彼女の意識が、永遠の心地よい眠りへと沈み込もうとした、その時。
『―――アクセスを、許可しますか?』
頭の中に直接、誰かの声が響き渡った。
それは男でも女でもない、無機質で、しかしどこか優しい、不思議な声だった。
『…アクセス?』
シズが、思考だけで問い返す。
『はい。我が主、賢者アストラルが遺した、森羅万象の記録。叡智の集合体。…通称、『アカシック・ライブラリ』への、アクセスです』
(アカシック・ライブラリ…。図書館、なんだ…)
その言葉に、シズの穏やかだった意識が、ほんの少しだけ色づいた。
そっか。天国にも、図書館ってあるんだな。
それなら。
(最後に、一冊だけ。何か読んでから、眠ってもいいかもしれない)
『はい!』
シズが喜びと共に、そう思考した、瞬間。
―――世界が、生まれた。
彼女の意識の前に、光で出来た無数の本棚が、地平線の彼方までどこまでもどこまでも、出現したのだ。
歴史、科学、魔法、哲学、芸術、物語。
かつてこの星に存在し、そして失われた、全ての「知識」がそこにはあった。
シズは呆然と、その光景を見つめていた。
そして無意識のうちに、一つのことを願った。
(…お母さんがよく読んでくれた、あの絵本…)
すると目の前の無数の本の中から、一冊の古びた絵本が、ひとりでに彼女の前へと飛んできた。
それは彼女が幼い頃、何度も何度も読んでもらった、大好きな「星の王子さま」の物語だった。
ページが、ひとりでにめくれていく。
懐かしい挿絵。優しい言葉たち。
『かんじんなことは、目には見えないんだよ』
(…ああ、懐かしいな…)
シズの意識は穏やかな気持ちで、その物語を最後まで見届けた。
もう、思い残すことは何もない。
(お母さん、お父さん、美咲ちゃん。みんなあの時、巻き込まれたりしてないよね…。大丈夫だよね…)
(もし生まれ変わったら、またみんなに会えたらいいな…)
そんなささやかな願いを胸に抱きながら。
彼女は満足して永遠の眠りにつくために、ゆっくりと意識を閉じようとした。
だが。
物語を読み終えたはずの彼女の意識は、消えることはなかった。
それどころか目の前の「図書館」は、消えることなくただ静かに、そこに存在し続けている。
『…あれ?』
シズは初めて、ほんの少しの違和感を覚えた。
天国って、眠ったら終わりじゃないのかな?
彼女の永く孤独で、そして果てしない知の探求の旅。
それは一冊の懐かしい絵本と、小さな小さな「あれ?」という、疑問符から始まった。
その周りを、何億、何兆という、無数の「知識」が、まるで、星々のように、静かに、彼女を、見守っていた。
彼女の、永く、孤独で、そして、果てしない、知の探求の旅。
それは、一冊の、懐かしい絵本と、止まらない、涙から、始まった。




