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ヴァーテックス・クライシス ~星屑の魔女と、もう一つの真実~  作者: 輝夜
第三章:獅子の翼を授かる者

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第21話:偽りの表彰式と、真実の断罪


【アルビオン王国・王宮謁見の間】


数日後。マクシミリアン教授は人生の絶頂にいた。

王城から直々に召喚状が届いたのだ。彼の『新理論』がついに国王陛下の御前で表彰されるのだという。

彼はアカデミーの同僚や生徒たちに、これ見よがしにその召喚状を見せびらかし意気揚々と王城へと向かった。


案内されたのは荘厳な謁見の間。そこには国王陛下、王妃殿下、宰相閣下、騎士団長、そしてアカデミーのオーナーまでが顔を揃えている。

(素晴らしい…! 私の才能がついに王国の中枢にまで認められたのだ!)

教授は栄光に打ち震えながら、玉座の前へと進み出た。


「マクシミリアン教授。その方の新理論の発表、誠に見事であったと聞く」

国王の言葉に教授は満面の笑みで応えようとした。

だが国王は冷たくこう続けた。

「――あまりにも見事すぎる、とな」


「…え?」


宰相が一歩前に進み出た。その手には二つの論文が握られている。

「教授。貴殿が騎士団に提出したこの論文。確かに素晴らしい。だがこの半年前に一人の生徒が提出した論文と、驚くほどよく似ているとは思われませんかな?」

宰相が掲げたもう一つの論文。それはエリアーヌが提出し彼自身が「妄想だ」と突き返した、あのレポートだった。


教授の顔から血の気が引いていく。

(な、なぜそれがここに! そしてなぜそれが残っているのだ! あれは確実に騎士団の知り合いに頼んで回収させ、私自らが処分した…というのに!?)

「な…何を仰る…。そ、そのようなものはただの偶然…」


「偶然、ですって?」

楽しげなしかし氷のように冷たい声が響いた。王妃イザベラだった。

「偶然ですか…。言い訳も三流ですのね。もう調べは全て終わっておりますので貴方が何を言おうと結論は変わりませんのに。…もう少し意外性のある、あるいは、こちらが間違っていたかと思えるくらいの気の利いた嘘を用意していただきたかったですわ。仮にも教授を務めていらっしゃったのですから」

王妃ははぁと、心底がっかりしたようにため息をついた。

「一体誰が貴方を教授などに推薦したのでしょう。それも調べ直さなくてはなりませんわね。…まあ貴方にはそれだけの罪では済みませんし、ここから先は…宰相。あとはよろしくてよ」


「はっ」

宰相が一礼すると衛兵たちが、呆然と立ち尽くす教授の両脇をがっしりと固めた。

彼の栄光の舞台は一瞬にして断罪の場へと変わったのだった。




【謁見の間の隣室】


その頃エリアーヌは謁見の間の隣にある小さな小部屋にいた。

王妃から「面白いものを見せてさしあげますわ」とここに通されたのだ。小窓から謁見の間の様子が手に取るように見える。

「…これで少しは貴女の気も晴れてくれたら、嬉しいのだけれど」

いつの間にか隣に立っていた王妃が悪戯っぽく微笑む。

エリアーヌは目の前で繰り広げられた茶番劇に、ただ呆然としていた。


(私、何を見せられてるんだ!? 王族、こわーい!)

心臓がバクバクと鳴り響いていた。

「あ…ありがとうございます。その、もうとってもスッキリいたしました…」

なんとかそれだけを絞り出すと彼女は恐る恐る尋ねた。

「あの教授はこれからどうなるのでしょう?」

「あああの方。論文盗用以外にも余罪がボロボロと出てきましてよ。しばらく…いえ今後ずっと日の光を浴びて表を歩くことは叶わないでしょうね。…ええ、わたくしがそういたしますから」

王妃はにっこりと微笑んだ。


国王がうむうむと頷いている。そしてエリアーヌに向き直った。

「そなたが望むならある程度は思うようにしても良いが…何か思うことはあるか?」

「いえ! そのお言葉をいただけただけで十分でございます!」

エリアーヌはここでようやく冷静さを取り戻し、深々と頭を下げた。




【王立アカデミー】


数日後。アカデミーは大揺れに揺れていた。

マクシミリアン教授の解雇とその数々の不正行為の公表。そして彼の論文が一人の生徒からの盗用であったという衝撃の事実。

生徒たちは自分たちが「劣等生」と嘲笑っていた少女こそが本物の天才だったのだと知り、愕然とした。


エリアーヌはそんな騒ぎの中オーナー室を訪れていた。

「…ですので本日をもってアカデミーを退学させていただきたく思います」

彼女が退学届を差し出すとオーナーである、あの飄々とした初老の男性はにやりと笑った。

「それは許可できんな」

「え…」

「君は在籍したままで構わんよ。どうせ王家から与えられたあの素晴らしい研究室で研究を進めるのだろう? それを君の特別単位として認めよう。卒業も保証する。たまには友人に会いにアカデミーへ顔を出すといい。自由に来て自由に学ぶといいさ」

それはアカデミーの規則に縛られずしかし学生としての身分と、友人との繋がりを失わずに済む最高に粋な計らいだった。


エリアーヌはアカデミーの門の前で、見送りに来てくれたリナとアレクシスの顔を思い浮かべた。

『…本当に、行っちゃうんだね』

リナが寂しそうに言う。

『うん。でもまた必ず会えるよ』

『…エリアーヌ。君の行く道が輝かしいものであることを、心から祈っている』

アレクシスが不器用なしかし誠実な言葉を贈ってくれた。


そして今新しい拠点の扉を開ければそこには、目をキラキラさせながら彼女を待っているセシリア姫がいる。

もう自分は一人ではない。


エリアーヌはオーナーに心からの笑顔で深々と頭を下げた。

「――ありがとうございます!」


偽りの学び舎との長かった訣別の時。

それは彼女にとって本当の自分を取り戻すための、輝かしい卒業式でもあった。

エリアーヌの本当の物語は、まだ始まったばかりだ。


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