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ヴァーテックス・クライシス ~星屑の魔女と、もう一つの真実~  作者: 輝夜
第三章:獅子の翼を授かる者

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第18話:王の勲章と、影たちの密約


【アルビオン王国・王宮謁見の間】


半刻ほどの心臓に悪い休息の後。

控え室の扉が静かにノックされた。

「《翠玉の託宣者》様。お時間でございます」

侍女の声にエリアーヌはまるで断頭台へ向かう罪人のような気分で、重い腰を上げた。


磨き上げられた大理石の床を踏みしめ巨大な扉をくぐる。

その瞬間、肌を刺すような数百もの視線。

そこには王国の大貴族や騎士団の幹部たちが、壁際にずらりと整列していた。

彼女が深紅の絨毯の上を歩き、玉座の前で深く膝を突く。

その仮面をつけたままの姿に列席していた貴族たちの間から、抑えきれないさざ波のような「ざわめき」が広がった。


「おい…仮面をつけたままとは…」

「なんと無礼な…」

「国王陛下の御前であるぞ…!」


その不穏な空気にエリアーヌの背筋を氷よりも冷たい汗が伝った。

(うそ…やっぱり外せって言われるの!? やだ、どうしよう…!)

パニックに陥りかけた彼女の耳に、凛としたしかし有無を言わせぬ宰相の声が響き渡った。


「静粛に!」


一喝で謁見の間は水を打ったように静まり返る。

宰相は一同をゆっくりと見渡すと厳かに告げた。

「これより国王陛下より直々の勅許が下りておる。心して聞くように」

そして彼はエリアーヌの方をちらりと見やった。

「《翠玉の託宣者》殿の仮面をつけての謁見は特例としてこれを認める。その御方は我が国王陛下、王妃殿下、ギルドマスター・ヴァルガス殿、騎士団長ガレオス殿、そしてセシリア姫殿下という、この国が最も信頼を置くべき方々からの絶対的な推薦を得た我らが英雄である。そのお姿のまま王城に滞在することも併せて許可されている。異論のある者はこの五名の方々に直接申し立てをするがよい」


その言葉にもはや異を唱える者は誰一人としていなかった。

(た、助かった…)

エリアーヌは心の中で安堵のため息をついた。


やがて国王アルフォンス四世が威厳に満ちた声で、その功績を高らかに読み上げ始めた。

「――《翠玉の託宣者》。そなたは我が国の深部に潜んでいた帝国の脅威を退け、また暴走する古代の遺産から民の命と暮らしを守った。その功績は王国史に永く刻まれるべき偉業である!」


国王が語る耳障りの良い英雄譚。

しかしエリアーヌの頭の中は全く別のことでいっぱいだった。

(いや、砦の時は内心めちゃくちゃビビってましたけど…)

(ゴーレムはたまたま弱点を知ってただけだし…)

(遺跡の停止も正直半分は運だったような…)

必死に自己評価を下げてこの身に余る栄誉から、心の平衡を保とうとしていた。


緊張のあまり視線をどこにやっていいか分からず彷徨わせる。

その時ふと列席している王妃イザベラの姿が目に入った。王妃はにこやかに式典を見守っているように見える。だがその後ろに控えるあの「影の侍女」が、一人の見慣れない文官風の男にごく小さな巻物を誰にも気づかれぬようそっと手渡していた。男はそれを受け取ると静かに一礼し、音もなく謁見の間から退出していく。

(…? 今の人は誰だろう…)


さらにエリアーヌは列席者の中に、もう一人明らかに「場違い」な人物が混じっていることに気づいた。

いかにも学者然としたしかしどこか飄々とした雰囲気の初老の男性。彼は他の貴族のように儀礼的に拍手するでもなくただ腕を組んで、壇上のエリアーヌの姿とそして今日の式典に招待されているアカデミーの代表者たちの顔を、興味深そうに見比べていた。

(あそこにいる方…どなたかしら…すごく鋭い目をしている…)


エリアーヌが小さな違和感に気を取られている間に、式典はクライマックスを迎えていた。

国王が玉座から立ち上がり侍従が捧げ持つ盆の上から、二つの品を手に取る。


「《翠玉の託宣者》にアルビオン王国最高の名誉である『獅子の金翼勲章』を授与する!」


国王はそう言うとエリアーヌの胸に眩いばかりの勲章を飾った。

そしてもう一つの品――王家の紋章が刻まれた一枚の白銀の身分証――を彼女の手に握らせる。


「そしてこれを。王家の印章付きの身分証だ。これを持つ者は我が王国のいかなる場所へも立ち入りを許可される。そなたの今後の活動のささやかな助けとなれば良いが」


それは国王が与える絶対的な信頼の証。国内のあらゆる扉を開ける最強の「鍵」だった。

エリアーヌはその重みに思わず息を呑む。


「面を上げよ救国の英雄。そなたの栄誉をここにいる全ての者と、分かち合おうではないか!」


国王の言葉を合図に謁見の間は割れんばかりの拍手に包まれた。

騎士団長やアレクシスは心からの誇りと尊敬の表情で。

セシリア姫はまるで自分のことのように満面の笑みで。

そして王妃イザベラは全てが計画通りに進んでいることを確かめるかのように、満足げな深い微笑みを浮かべていた。


その称賛の嵐の中エリアーヌはただ一人仮面の下で、滝のような冷や汗を流し続けるしかなかった。



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