第14話:二つの戦い
【水利制御施設・深部】
ゴーレムが沈黙した広間を抜け、一行は遺跡のさらに奥深くへと進んでいた。
壁や床には正体不明のパイプや明滅を繰り返す水晶が埋め込まれている。その光景は騎士たちにとってまるで異世界のようだった。
「団長、お怪我は」
アレクシスが騎士団長の肩を気遣う。
「かすり傷だ。問題ない。それよりあの《翠玉の託宣者》殿の動き…見たか。まるで全てを知り尽くしているかのようだ」
騎士団長は先頭を迷いなく進む仮面の人物の背中を見つめながら、畏敬の念を込めて呟いた。
やがて一行は巨大な鉄の扉の前にたどり着いた。扉の中央には複雑な紋様が刻まれたパネルが埋め込まれている。
「ここが制御室のようです」
エリアーヌはパネルに手を触れ古代文字の配列を指でなぞる。
「これは一種の認証ロックですね。…解読します。少しお時間を」
彼女が解析を始めようとしたその瞬間だった。
通路の天井、その闇の中から二つの人影が音もなく舞い降りてきたのだ。
「…ん? なんだお前らは。騎士団か」
大柄な男が面倒くさそうに一行を見下ろす。その隣で小柄な男がエリアーヌの仮面に気づき、驚いたように目を見開いた。
「げっ…! よぉ、仮面の姉ちゃんじゃねえか。また会ったな。どうやら俺たちとは縁があるらしい」
「開かずの砦」で取り逃がした帝国の暗部。彼らはこの遺跡の再起動を仕掛けた張本人だったのだ。
「貴様ら、帝国の犬か!」
騎士団長が傷を押さえながら叫ぶ。
「ご名答。こいつの再起動が俺たちの仕事でね。邪魔するってんなら死んでもらうぜ!」
小柄な男が指を鳴らすと通路の左右から、ガション、ガションと数体の警備ゴーレム(小型)が姿を現した。
「団長! 皆さん!」
エリアーヌの声が凛と響いた。
「ゴーレムとあの二人を食い止めてください! とりあえず動きを抑えていただけるだけでも結構です!」
「しかし貴殿一人では!」
「時間がなさそうです! このままでは施設全体が崩壊する可能性があります!」
エリアーヌの切迫した声に騎士団長は歯噛みしながらも決断する。
「…分かった! アレクシス! お前を含め全員で《翠玉の託宣者》殿をお守りしろ! 何としても時間を稼ぐのだ!」
「はっ!」
アレクシスはエリアーヌの前に立ちはだかるように剣を構えた。彼の背後でエリアーヌは認証パネルの解析に全神経を集中させる。
二つの戦いが同時に始まった。
一方ではアレクシスたち騎士と帝国の暗部&ゴーレム部隊との激しい死闘が繰り広げられる。
「くらえっ!」
アレクシスの剣がゴーレムの腕を弾く。だがすぐに別のゴーレムが死角から襲いかかる。数で勝る敵を相手に騎士たちは必死の防戦を強いられていた。帝国の二人組はそれを嘲笑うかのように、巧みな連携で騎士たちを翻弄する。
そしてもう一方ではエリアーヌと暴走する古代のシステムとの、静かなしかし熾烈な頭脳戦が始まっていた。
(ダメ…! パスワードの階層が予想より三層も深い…!)
指先から流れる魔力でパネル内部の術式構造を探る。膨大な情報が脳内を駆け巡る。
(このまま正攻法で解読していては間に合わない。別のルートは…? 動力炉の制御系から直接認証システムをオーバーライドできないか…?)
ゴウン、ゴウンと遺跡の振動が徐々に激しくなっていく。壁の水晶が危険な赤色で明滅を始めた。施設が限界を迎えようとしている証拠だ。
「くっ…!」
アレクシスが大柄な男の一撃を受け、壁際まで吹き飛ばされる。
「終わりだな、坊や!」
男がとどめの一撃を振り上げた、その時。
「――開きました」
エリアーヌの静かな声が響いた。
ゴゴゴゴゴ…と重い音を立てて、巨大な鉄の扉がゆっくりと開き始める。
「なにっ!?」
帝国の二人組が驚いて振り返る。その一瞬の隙をアレクシスは見逃さなかった。
「今だッ!」
彼は最後の力を振り絞って立ち上がり、仲間たちと共に反撃に転じる。
エリアーヌは開いた扉の向こう側――暴走するエネルギーが渦巻く制御室の光景を一瞥すると、騎士たちに叫んだ。
「あとはお願いします!」
彼女は一人、危険な光の中へと迷いなく飛び込んでいった。




