悠久の時の果てに
はるか古、神話の時代。
夜空には、一つの自然月と、そして、二十四の人工月が輝き、人々は星々の海を駆けていたと云う。
「先駆者」と呼ばれたその超文明は、万物の根源たる魔法粒子を自在に操り、その科学力は神の御業と見紛うばかりであった。軌道上に浮かぶ二十四基の発生装置――地上からは、機械仕掛けの月として見えるそれらは、彼らが遺した無限の繁栄を約束するはずの遺産だった。
だが永劫に続くかに見えたその文明は、ある日忽然と歴史から姿を消す。
あまりに高度に進化した故の自滅か、あるいは人智を超えた外敵との大戦か。真実を知る者は誰もおらず、ただ夜空に浮かぶ人工月が、二つまで減ったという事実だけが、その終焉の激しさを物語っていた。
それから幾万年。
文明は地に堕ち、人々は獣と変わらぬ暮らしから再び歴史を紡ぎ始めた。
石を削り火を熾し、やがて青銅と鉄の時代が訪れる。先駆者の記憶は風化し、完全なる「おとぎ話」となった。天に二つだけ残った機械仕掛けの月は主を失ったまま、ただ悠久の時の中で忘れ去られた魔法粒子を大気へと補充し続けていた。
その静寂を破ったのが、約千五百年前、大陸に興った「ソル・インビクトゥス帝国」である。
彼らは偶然にも大気に満ちた魔法粒子の存在と、その活用法を発見した。再現はできずともその力は絶大だった。帝国は魔法という圧倒的な力で大陸を席巻し、その傲慢さの象徴として首都そのものを天空に浮かせた。
天上の民は地上の民を虐げ、魔法を独占し永遠の支配を夢見た。
しかし彼らは知らなかった。自分たちが使う魔法の力が幾万年もかけて蓄えられた、限りある資源であるということを。
帝国はわずか五百年の栄華で、先駆者が遺した膨大な貯蓄を食い潰してしまう。
千年前。
帝都を支えていた魔法は力を失い、天上の首都は轟音と共に地上へ墜落した。
知識を独占していたエリートたちは瓦礫と運命を共にし、帝国の魔法技術は完全に失伝した。
こうして二度目の、そしてより鮮明な「喪失」が人々の心に深く刻まれた。
魔法とは栄華と、そして必ず訪れる破滅をもたらす、呪われた力なのだと。
そして現在。
帝都墜落から千年。
世界は魔法なき時代の平穏に慣れ親しんでいた。
人々は鉄と汗と、そして血で歴史を紡いできた。
もう天を見上げる者は少ない。
千年前の悲劇を繰り返しはしないと、誰もが固く信じている。
だが大気は再び満ちようとしていた。
帝国が使い果たしたはずの魔法粒子が、この千年という時をかけ忘れられた二つの人工月によって、再び世界を飽和させようとしている。
それは三度目の文明の夜明けか。
それとも歴史が証明した、避けられぬ崩壊への序曲か。
まだ誰も知らない。
ただ物語の歯車は、静かに、そして確かに回り始めていた。




