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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅲ部
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第95話 魔王誕生

 幼き日。教主を殺し、教団の館に火を放ち、妹とともに自由を手に入れたあの時。彼は古き名前を捨て、聖典に記されし古代ダークエルフの偉大な皇帝の名を自ら選び取った。

 その名は、ギレビアリウス。

 二人のギレビアリウスは、数千年、否、数万年の歳月を超えて対峙した。


 使徒のギレビアリウスは伝説の皇帝の足元にひざまずき深々と頭を垂れた。


「顔を上げよ。汝は余の恩人なのだからな」


「わたくしが恩人?それはいったい何故(なにゆえ)のことでしょうか」


「汝の存在が触媒となり、余は復活できたのだ。魔王ではない、皇帝ギレビアリウスとしての余が。

 長きにわたり、余は魔王であった。自らが何者であるのかを忘れ去り、ただ破壊に明け暮れる忌むべき存在に墜ちていた。だが、そんなある日、余は汝の名を聞いた。それは久方ぶりに聞く、古き我が名でもあった。その懐かしき響きが、深く埋もれていた余の自我を目覚めさせてくれた。……じつに数万年ぶりにな。感謝しておるぞ、ギレビアリウス」


「そんな、勿体なきお言葉です、陛下。しかし、なぜ偉大なる陛下が魔王などに」


「ふむ。話せば長くなるが、よかろう。聞くがよい……」


 そして皇帝は語った。如何にして魔王なる存在が誕生したかを。



 人間が誕生する以前の太古の昔、地上を支配していたのは、ダークエルフの祖先たちであった。彼らは高度な文明を持ち、大陸全土に広がる大帝国を築いていた。長く続いた平和な時代のもとで経済活動は活性化し、様々な学問や芸術、魔術が花開き、彼らはかつてない豊かさを享受していた。


 だが、歴史の必然として、やがて繁栄する帝国にも衰退の影が忍び寄りはじめた。社会システムの疲弊と硬直化、経済成長の停滞。それに追い打ちをかけるように大規模な地殻変動により全世界で自然災害が多発するようになり、多くの都市が壊滅的な被害を受けて滅び去った。


 後の皇帝ギレビアリウスが生まれたのは、帝国が繁栄の絶頂から衰退へと向かう、そんな時代だった。

 若きギレビアリウスは理想郷がもろくも崩れ去りつつある姿を目にして苦悩した。有能な彼は行政官を志し、帝都で勉学の日々に明け暮れていたが、そんな彼の目に中央政権の腐敗は嫌でも目についた。皇帝や政治家たちは無能で堕落していた。帝国の衰退を止められるだけの力量を持った者は誰もおらず、ひたすら王朝内での権力闘争に明け暮れ、誰も帝国と世界の危機に目を向けようとさえしていなかった。


 ここに至ってついにギレビアリウスは決意した。自らが起つしかないと。

 彼は各地に同士を集めて革命軍を結成し、愚かな内輪揉めを続ける皇帝たちへと戦いを挑んだ。民衆の圧倒的な支持を得た彼は皇帝を打ち破り、自らが皇帝の座に就いた。



 さっそく帝国の再建に取り組み始めた皇帝ギレビアリウスだったが、頻発する世界規模の大災害は収まる気配もなく、全世界で巨大火山の噴火が相次いだ。流れ出した大量の溶岩は森や田畑、町を飲み込んで焼き尽くし、吐き出された大量の噴煙は成層圏にまで舞い上がって空を覆い尽くした。

 日の光を遮られ、世界は暗闇に閉ざされていった。


「……こうして、世界に暗黒期が到来した」皇帝は静かに語り続けた。


 暗黒期。地質学者たちによると、世界にはかつて何度かの暗黒期が訪れたという。全世界が分厚い雲に覆われ、数百年から数万年にわたり地上に光が届かなくなった時代の事だ。日光が届かなくなったため植物は枯れ、それを餌にする動物たちも滅びた。その代わりに地上を支配したのは、太陽に依存せず、魔力をエネルギー源とする異形の生命体、すなわち魔物だった。


 人々は選択を迫られた。このまま滅び去るか。それとも自らの肉体を作り変え、魔物のように暗黒期に適応した新たな種族となって生き延びるかを。皇帝ギレビアリウスは後者を積極的に推進した。いや、新種族への人工進化を国家ぐるみで強行した。

 こうして、闇の血統、すなわちダークエルフという種族が誕生した。



 ダークエルフへと進化することで、何とか帝国の滅亡は回避された。

 だが暗黒期の世界は過酷だった。暗い地上では激烈な異常気象が荒れ狂い、巨大で凶暴な魔物たちが猛威を振るっていた。皇帝は人々を引き連れ、安全な避難場所、地下世界へと導いた。


「……つまり、それがここなのですか」

「然り。この地下迷宮を拠点に、余の帝国は第二の繁栄を迎えた」


 巨大なアースワームを使役して掘り広げた広大な地下迷宮が、ダークエルフたちの新たな都になった。国民は地下世界に適応し、人口を増やしていった。

 種族の進化と地下への大移住という難事業を成し遂げた皇帝は、退位するつもりだった。

 だが彼の目から見て、後継者候補の中に、この多難な時代を乗り切れるだけの才覚の持ち主は皆無だった。安心して全てを任せられる者が現れるまで、彼自身が皇帝を続けるしかなかった。玉座について五十年以上が経過していた。老いた肉体を奮い立たせるため、若返りの術が手放せなくなっていた。



 帝国と人々の安寧を守るため長年重責を負ってきた皇帝だったが、民衆の目から見た彼はまさに神に等しい絶対の独裁者だった。その圧政を覆そうとする者たちが絶えることはなかった。

 無数の暗殺計画が企てられたが、そのほとんどは事前に察知され未遂に終わってきた。だがある日、巧妙に仕組まれた破壊魔術が市内視察中の皇帝の至近で炸裂した。皇帝は肉体の八割を失う致命傷を負った。


 だが、皇帝は死ななかった。

 皇帝の命を救ったのは、若き第七皇妃ガエビリスだった。

 数々の秘術に通じた魔道士一族出身の彼女は、損傷著しい皇帝の残骸をかき集めると、ただちに培養槽に漬け込んで、蘇生の術を開始した。七日七晩、槽の前で不眠不休で続けられた秘儀の後、皇帝は意識を取り戻した。次の日には皇帝は自ら起き上がり、しっかりとした足取りで培養槽の外へと歩み出た。


 蘇った皇帝に、皇妃ガエビリスは言った。


「陛下の玉体は、陛下だけのものにはございません。我ら闇の血統の者すべての命運が、陛下の双肩には掛かっているのです。かような出来事は今後二度とあってはなりませぬ。陛下は不滅であってもらわねばならぬのです。(わらわ)にお任せあれ。眷属の者どもが陛下のため全力を尽くします故……」



 皇妃の一族の魔道士たちは、皇帝の肉体に強力な魔術を施した。

 それは、不滅の魔術と呼ばれる禁断の秘法だった。

 それは単なる若返りや、蘇生の術の類ではなかった。もはや魔術の範疇を超えた、一柱の守護神のようなものだった。災害、暴力、戦争、狂気、病、老衰……この世界に存在するいかなる害悪からも、術の対象者を完璧に守護し、不滅の存在にするのだ。時の流れでさえもこの術の前では無力だった。


 想定を超えたあらゆる災いにも対処できるよう、不滅の魔術は自律思考し、定期的に自己進化を繰り返す仕組みになっていた。その複雑さゆえ情報量は膨大で、準備から発動までに丸一年もの歳月を費やした。さらに術発動の贄として、皇妃ガエビリスは自らの命を捧げた。



 永遠不滅の存在となった永生皇帝ギレビアリウス。その精神と肉体の力は衰えるどころか年々増す一方だった。

 だが皮肉にも、これが帝国に決定的な衰退をもたらしてしまった。何百年にもわたり、あまりにも偉大すぎる皇帝に頼ることに慣れきった民は生物学的に退化し、自分たちの意志で未来を切り開く力をすっかり失っていたのだ。

 気づいた時にはすべてが遅すぎた。命じられた事だけを機械的に繰り返す無能力者の群れを前にして、皇帝は絶望した。このような者どものために、自分は未来永劫死ぬことさえ許されず、皇帝であり続けねばならぬのか。


 もう、終わりにしよう。これ以上、帝国を存続させる意味などない。


「よって、余は自らの手で帝国を滅ぼすことにしたのだ」皇帝は薄笑いを浮かべながら言った。


 軍に勅命を下し、自国の領土を蹂躙させた。自国民を虐殺させ、略奪を好きなだけ許した。羊のように殺される民も、野獣のように殺す兵士たちも、異常な命令に疑問を抱くこともなく従順に従った。


 だが、兵士や民の中には、ごくわずかだが、まだ正常な判断力を有している者がいた。彼らは反乱軍を組織して、木偶同然の正規軍の隙を突いて、玉座にまで迫った。それを見た皇帝は思わず嬉しくなった。闇の血統にも、まだ強い意志を持った者が生き残っていたとは。ひょっとすると、彼らが新たな国を立て直してくれるかもしれない。皇帝はじっと座ったまま、彼らが裁きを下してくれるのを待った。


 だが皇帝は不滅の魔術に守護されていた。

 反乱軍の攻撃から守るため、術は皇帝の肉体を自動的に作り替え、魔物ような恐ろしい姿に変貌させた……。皇帝が次に気づいた時、目の前に反乱軍の姿は無く、ただ膨大な量の血の海が広がっているのみだった。皇帝自身の手も、血にまみれていた。

 こうして、最後の希望は消え去り、闇の血統の帝国は滅亡した。



 その後、皇帝ギレビアリウスは地下迷宮を後にし、地上を放浪した。文明に頼らず過酷な地上で生存させるために、不滅の魔術は皇帝の肉体を改変し続けた。強力な魔物を倒して食料とするための鋭い爪と牙、鎧のような皮膚、巨大な体。その姿はもはやダークエルフの片鱗さえ留めていなかった。獣化した肉体に合わせ、精神も獣同然に退化し、皇帝は自分が何者であるのかを忘れ去っていった。



 一万年が経過した。火山活動の終息とともに空を覆う暗雲はしだいに消え、再び地上に日の光が差し始めた。暗黒期が終わったのだ。大地は緑に包まれ、わずかな避難場所でかろうじて生き延びてきた動物たちは再び世界に満ち溢れていった。その中には、原始時代の人間も含まれていた。

 人間はたちまち世界中に広まり、狩猟採取から農耕社会へと移行し、各地で新しい文明を興していった。


 皇帝は人間たちとの接触を避けた。だが、不幸にも遭遇が起きた時、それは必ず人間の側に惨劇をもたらした。古代人は皇帝を畏れ、荒ぶる神として敬った。だが、社会の進歩とともに人間は力を蓄え、強力な軍隊を組織するようになると、不遜にも皇帝を討伐しようと考え始めた。この頃から皇帝は「魔王」と呼ばれるようになる。

 人間の攻撃が激しくなればなるほど、不滅の魔術の力で魔王も強化された。だからはじめから人間に勝ち目はなかったのだ。強大化する一方の魔王に人は為す術もなかった。



「以上が、魔王誕生の物語だ」皇帝ギレビアリウスは長い話を終えた。

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