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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅰ部
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第9話 捜索②

 淀んだ伏越(ふせこし)の水面を眺めながら、俺はひとりほくそ笑んだ。

 やはり、魔物はここにいる。



 行政府、下水道整備事業課での打ち合わせの日。

 夜警の担当者が机の上に市内地図を広げた。あちこちに赤い点がプロットされている。魔物襲撃事件の遺体発見現場だ。その隣に、下水道整備事業課の役人がもう一枚の図面を広げた。市内の下水道の配置を示す地図だ。下水道は市内全域を文字通り網の目のように走っている。


「現場の位置を、こちらの図面の上に示してみます」

 夜警の担当者が、地図とにらめっこしながら、赤い頭のついた押しピンを図面の上に次々と刺していく。しばらくして、すべての現場の位置が下水道図面の上に示された。


「……このようになります」夜警の担当者が言った。

「これは……」

「うむ、きれいに三号幹線沿いに並んでおるな」親方が言った。


 三号幹線は市内に現存するもっとも古い下水道で、旧市街地の地下を曲がりくねって走っている。赤いピンの多くはそれに沿った場所か、近い場所に集中していた。


「その通り。この明白なパターンから、魔物は三号幹線内のどこかに棲息していると考えられます」

夜警担当者が言った。

「そこで、この三号幹線を七つの区域に分け、それぞれを皆さんと我々の合同チーム七班で捜索を行いたいと考えます」


 その後、打ち合わせは班員の割り振りと、具体的な捜索方法の詳細に移っていった。

 だけど、俺は見逃さなかった。旧市街地に集中する赤いピンから外れ、ソウ川の対岸にも二本の赤いピンが立っていることを。

 街では様々な事件が起きている。殺人事件も死体遺棄も日常茶飯事だ。一連の襲撃とは無関係な事件なのかもしれない。だが、三号幹線は対岸へも伸びている。

 ソウ川の川幅は百メートルを超える。川には橋が架かっているが、その上を魔物が人から見とがめられずに自由に行き来したとは考えにくい。それに、川の上はたくさんの船が往来しているので、人を襲うような怪物が泳いでいればすぐに見つかるだろう。対岸へ渡るにはやはり下水道を使ったに違いない。

 水で満たされた百メートルのトンネルを泳いで渡れるのは、水棲または両棲の怪物だけだ。だからこそ、襲撃現場はどれも下水道から近い場所に限られている。

 そして、水棲の怪物が息をひそめるのに最適な場所と言えば、やはり川の下を走る下水道の伏越。その旧市街市に近い側に住み着いているに違いない。

 俺はソウ川に近いこの地区の捜索に立候補した。


 だけど、仮に魔物を見つけたとして、どうなる?

 結局、魔物を倒して脚光を浴びるのは夜警(ナイウォッチ)たちで、俺はただ、それに協力した民間人のガイドでしかない。このままだと、ほぼ確実に誰からも注目されないだろう。それでは意味がない。

 その日から俺は準備を進めた。魔法を使えない人間でも、金さえ払えば攻撃手段はいくらでも手に入る……。



 そして、三号幹線内部。

「とにかく、魔物はこの奥にいる可能性が非常に高い。一度地上に戻り、対策を考えよう。それに他の班でも何か見つかっているかもしれない」クルゼンが言った。

「そうですね、戻りましょう」シャモスもそう言って、くるりと背を向けようとした。


「待ってください!」俺は叫んだ。声が下水道内に反響した。

 夜警の二人は怪訝な表情を顔に浮かべ俺を見た。


「そんなに悠長な事を言っていていいのですか?

 魔物は今、ここにいるんですよ。僕たちが今、ここを後にしたら、その間に犠牲者がでてしまうかもしれない。それに、他の班と一緒に大勢で押しかけたらどうなります?きっと物音に驚いて対岸へ逃げてしまうでしょう。それでは捜索は振り出しです。今です。今やるしかありませんよ!」


「…………」二人は無言だった。たしかに俺の言動は不自然だ。かえって警戒感を抱かせてしまっただろうか。

 しかし、クルゼンは言った。

「……たしかに、君の言う事にも一理あるな」

「クルゼンさん、いいんですか」

「いいんだシャモス。試しにこの先の水中を魔術で探ってみよう」

「……了解しました」


 シャモスは一つの振り子を手に、伏越の黒い水面を覗き込むようにして立った。

 ダウジング。探し物の魔術だ。振り子の先が時計回りに円を描く。一分経過、二分経過。何も起きないまま時間だけが過ぎていく。五分経過。シャモスの眉間のしわが深くなる。こめかみを汗が流れ落ちた。


 十分が経過した頃だった。

「……何か、いました」シャモスが口を開いた。

「何がいる?」クルゼンが静かに聞いた。

「わかりません……ごちゃごちゃしていて()えにくくて」

「どこにいる?」

「この先、すぐのところに……ほんの20メートルくらいのところに隠れていました。大きい……。ですが、勘付かれました。こっちに向かってきます!」

「なんだと!?」

「ええっ!」俺とクルゼンは同時に驚きの声を上げた。


 次の瞬間、暗い水面が弾け、それが姿を現した。

「うぁあ……」俺の口からうめき声が漏れた。

 それは無数の大蛇だった。

 からみ合う黒い大蛇の群れが、巨大なかたまりとなって水中から押し寄せてきた。


「逃げろ!」

 クルゼンが叫んだ。俺の腕をつかむ。反対側の腕をシャモスがつかむ。二人に引きずられるようにして元来た道を走る。背後からはざらざら、シュウシュウいう不気味な音が聞こえてくる。振り返る余裕などない。ヘッドランプの光が狂ったように下水道の壁面を跳ね回る。ばしゃばしゃを汚水をはね散らかしてマンホールへと急ぐ。


 俺は息を荒げながら必死に走った。

 しかし、さっき一瞬見えたあれはなんだったんだ。大蛇の塊。そんな怪物の話なんて聞いたことがない。

 俺は魔物の正体を、巨大化した人喰い蛭かそれに近いものと予想していた。巨体で、強力な牙があるが、乾燥に弱く、水から出れば極端に動きが鈍くなる。だから夜間にしか地上に出られない。

 だが、魔物はそんなちっぽけなものではなかった。

 もっとおぞましく、怖ろしい何かだ。


 と、隣りで小さな叫び声が上がった。

「あっ!」シャモスが足を滑らせて転倒した。そう見えた。しかし、彼女の足首には黒い大蛇の一匹が牙をくいこませて喰らいついていた。大蛇の胴体が力強くうねった。次の瞬間、シャモスの姿は大蛇と共に闇の奥に引き込まれて消えた。

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