第8話 捜索①
そして、調査当日。
俺は作業員のキリスと、都市治安維持機構の担当者二人とともに旧市街地にいた。遺体発見現場の付近だ。
昼間でも人通りの少ない寂れた通りの真ん中で、俺を含む四人はマンホールを取り囲んで立っていた。
路上でバラバラに引き裂かれた遺体の一部が見つかり、そして血痕がこのマンホールにまで続いていた。遺体発見時、マンホールの蓋はずらされて隙間ができていた。つまり、犯人はこの下に潜んでいる可能性がある……。
鋳鉄の蓋に刻まれた市の名前と図案化された市のシンボルマークは長年にわたり足や車輪に踏まれ、摩耗して薄くなっていた。俺はマンホールの蓋の取っ掛かりに金具を引っかけ、ずらして開けた。真っ暗な縦穴が地下に向かって伸びている。その底から吹き上がってくる風はかすかな異臭がした。
一緒に調査に参加しているキリスが、紐の先についた瘴気測定計をマンホールの中に静かに下ろしていく。表示盤の針がしばらく左右に振れた後で安定し、数値を指し示した。
「硫化水素濃度、酸素濃度、どっちも許容範囲内だ」キリスが言った。
「じゃあ、俺から先に降りますんで」
俺は身をかがめて、マンホールの壁に取り付けられた鉄の梯子を下り始めた。降りながら、上から見下ろしている治安維持機構の男女二人に呼びかけた。
「梯子、けっこう滑りやすいんで、気つけてくださいよ」
「了解した」
男の方が答えた。マンホールの縁で円く縁どられた空を背景に、若い女と年かさの男の顔が覗きこんでいる。
やがて、女の方が先に梯子を降りてきた。肌にぴちっと密着した黒いレザーの服を着込んでいるので、下からだと尻の丸みがよく見える。続けて、もう一人の男がきびきびした身ごなしで降りてきた。キリスは非常時に備え、地上に待機する。
治安維持機構の男女二人、クルゼンとシャモスは、モンスター駆除で名高い、あの夜警の隊員だった。
三人はマンホールの底に降り立った。
かなり古い下水道だった。壁はごつごつした石をアーチ型に積み上げて作られている。夜警の二人は興味深げに周囲を見回している。
「ほう、意外と立派なものだな」年かさの男の方、クルゼンが言った。
「それに意外と臭いもないな。もっと強烈なのを予想していたが」
言いながら、鼻をくんくんをうごめかせる。髪を短く刈り込んだ浅黒い肌の精悍な男だ。
「…………」
女の方、シャモスは黙って顔をしかめている。こちらは対照的に色白で、銀色の短い髪がハリネズミのようにちくちくと突っ立っている。背は低く、どう見てもまだ十代の少女だった。こんな子供が恐れを知らぬ夜警の一員だとはとても信じられない。
「このあたりは今でこそ人口が少なく汚水の発生量も少ないのですが、昔は中心街でしたからね。汚水の量は多かったでしょうし、それに合わせて大きな下水道が作られたんです。それにここは合流式なんで、雨水も流れ込みます。定期的に雨水で下水道の汚れが洗い流されるので臭いがマシなんです」
俺はささやかな知識を披露してみせた。
「なるほどね」クルゼンが言った。
「では、さっそく案内を頼むよ」
「はい、了解しました。まずは予定通り、流れに沿って上流側に向かいます」
俺たちは足元を流れる汚水の細流にそって歩きだした。
「…………」
シャモスはあいかわらずしかめ面のまま無言で歩いていた。
彼女は小柄でありながら、グラマーな体型の持ち主だった。レザーに包まれた胸は大きく、上に羽織った黒いハーフコートの裾から覗く太ももと大きな尻はむっちりとして肉感的だ。どうしても視線が吸い寄せられてしまう。いかんいかん。
と、彼女と目が合った。思いっきり鋭い目つきでにらみ返される。助平な目線で見てたのがばれたのだ。俺は慌てて視線を反らした。
手にしたランプの光をあちこちに向けながら、クルゼンは水路内に残された魔物の兆候はないか調べていた。
「う~ん、この辺にはいないかな。シャモス、何か見つけたか?」
「いえ、クルゼン様。特に異常は見つかりませんが……」
「どうした、不機嫌な顔して。具合でも悪いのか」
「いえ、その、……私、苦手なんです。その、……あれが、どうしても」
そう言って、心底嫌そうに壁の一点を指さした。
「ああ、ゴキブリね。たしかにいるな」
壁のあちこちに黒いゴキブリがチョロチョロと動いていた。続けてクルゼンは言った。
「だがシャスモ、我々は夜警だ。今回のように魔物や怪物どもの住処に踏み込んで行く任務もたくさんある。当然、気持ち悪い物にも、目を背けたくなる物にもたくさん出くわすことになるだろう。ゴキブリ程度で動じていたら話にならん。これも訓練の一環だ。慣れたまえ」
「も、申し訳ございません……」
クルゼンに叱られ、シャモスは悄然とうなだれた。
マンホールの上流側に何も見つからなかったため、次は下流側に向かって捜索範囲を広げた。
「これは……」クルゼンが足元に何かを発見し、汚水中から拾い上げた。
ランプの光にかざして観察する。白い、陶器のような欠片。
「……人間の頭蓋骨の破片だ」
回収した骨片をクルゼンはシャモスに手渡す。彼女はそれを保存袋に収容した。
下流に向かうにつれ、見つかる骨片は増えていった。クルゼンの判定によると、それらは順に上腕骨の一部、脊椎骨。下顎骨だという。
「こっちだな。犯人は被害者を襲った後、この先へ逃げているぞ」
二人は水路を足早に進み始めた。俺は急いでその後を追いながら言う。
「待ってください!その先は……」
その先で水路は井戸の底のような空間にぶつかり、そこで行き止まりになっていた。汚水はゴミや浮きカスが漂う円形の池に流れ込んでいる。かなり水深がありそうだ。
「これは?」
「伏越です。下水道が川を横断するための構造です。この先にはソウ川があるので、下水道は川の下をくぐってサイフォンの原理で向こう側に流れています」俺は説明した。
「これ以上、進めないのか」
「はい、伏越の中は水で満たされてます」
「そうか……」クルゼンはあごに手を当てて思案した。
予想通りの展開だった。
魔物は水陸両棲の怪物で、この伏越に潜んでいるに違いない。
行政府の会議室ではじめて夜警の面々と引き合わされ、事件の詳細の情報を得た時から俺は確信していた。




