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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅱ部
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第61話 暗闇の記憶

 倉本の周囲を浮遊していた魔法の光球がふわりと上昇し、強烈な青白い輝きを放った。


 照らし出されたそこはまさに神殿のような荘厳な空間だった。

 間隔をおいてどこまでも立ち並ぶ柱はどれも巨大で、頭上二十メートルの高さにある灰色の天井を支えていた。石柱は完全な円柱形で、表面には装飾や模様、文字のたぐいは一切なく、のっぺりとしている。床は磨き上げられたかのように平坦で滑らかに広がっていた。

 それ以外には何もない。天井から崩落したと思われる岩の欠片が所々に転がっているだけだ。


 その威圧するような雰囲気に飲まれ、俺と倉本は自然と声をひそめていた。

「これは凄いな。こんな場所が町の地下にあったなんて……。一体どこまで広がっているんだ」

「以前来た時はほとんど調べなかったからな。どこまで奥行きがあるのか見当もつかない」



 やがて、光球は明滅しながらしだいに明るさを落としはじめた。広範囲を照らしていられるのはこれくらいが限界のようだった。二人の周囲を除いて再び迷宮は闇に閉ざされた。

 倉本は興奮した様子で言った。

「それにしても、いったい誰がこんな場所を作ったんだ」

「見当もつかない。ガエビリスはダークエルフに何か関係がありそうな事を言っていた気がするけど……」



 元のぼんやりとした明るさに戻った魔法光をともなって、俺たちは迷宮の壁伝いに進んでいった。以前、この地下迷宮にやってきた時は崖を伝って降りてきた。このまま壁伝いに進んでいけばどこかでその崖にぶつかるはずだった。


 壁はまっすぐに続いていた。右手には、行けども行けどもどこまでも石柱が立ち並んでいるばかり。祭壇や玉座、宝物や遺物の類は確認できない。元々空っぽだったのか、それとも長い年月の果てに朽ち果て、完全に塵と化して消え去ったのか。

 一体この場所はどんな目的で作られたのだろう。墓なのか、神聖な儀式を行うための場所なのか。あるいは何か想像もつかないような意図で作られたのか……。



 歩きながら倉本が訊いてきた。

「渡辺、お前、ダークエルフのこと、どれだけ知ってる?」

「そうだな……、世界各地のダンジョンに潜んでいて、強力な魔術と狡猾さで冒険者を追い詰めてきた邪悪な存在。世間一般の認識ではそういうことになってるな。でも、ガエビリスからはもう少し色々な話を聞いた……」


 俺は地下の街で過ごした頃にガエビリスに聞かされた話をした。人間が自然を愛するように、地底に潜む魔物を愛し、絶滅から救おうとしていること。人間と立場が違うとはいえ、彼らも冷酷で邪悪なだけの種族ではないのだ。



「まったく人がいい奴だなお前は。呆れるよ。渡辺、ダークエルフってのは怖ろしい連中だ。俺は前に一度だけだが、やつらと遭遇したことがある……」



 そして倉本は語りはじめた。

「あれは魔王討伐の数年前だった。あの時期、俺はあえて秋本や佐々木とは組まずに、一人でいろんな冒険者たちのパーティーに加わって行動していた。別にあいつらと喧嘩してたわけじゃない。いろんな冒険者と行動を共にして経験を積もうとしてたんだ」


「ある時、俺の所属していたパーティーが西大陸の黒鉄(くろがね)連山の魔窟に挑戦することになった。メンバーは俺を含め六名。リーダーは元傭兵の歴戦の剣士。高位魔道士も二人いて、当時の冒険者街ではそこそこ名の知れた連中だった。だから、雨の降る暗い森の奥で、ぽっかりと口を開けた魔窟を前にした時にも、あんな恐ろしい目に遭うなんて思いもしなかった……」


「実際、最初は順調だった。宝も手に入れた。でもそれもあいつに出会うまでだった」そこで倉本はひとしきり咳き込んだ。見ると口の端に血がついている。

 しかし、倉本は語り続けた。


「そのダンジョンの最深部には一体の老いたダークエルフが住み着いていた。背は低くてガリガリに痩せ細ってて、見た目は貧相で恐ろしげなところなんてどこにもなかった。だけどそいつはずる賢く、おまけに狂っていた。

 仲間たちはそいつの魔術で、次々と無残な死を遂げていった……。目玉と脳を溶かされて死んだ奴もいたし、混乱魔術で発狂させられて仲間に斬りかかってきた奴もいた。そいつはダンジョンの闇に身を隠し、思いもよらぬ場所から襲いかかってきた。そのたびに一人、また一人とメンバーは消えていった。気がつけば生き残っているのは俺と傭兵上がりのリーダーだけになっていた」

 当時のことを思い出したせいか、倉本の表情は暗く険しいものになっていた。


「リーダーは怯えていた。いつもの豪胆さは嘘のように消え去っていた。二人ともダンジョンの中で完全に迷っていた。そして、いつどこからダークエルフが襲いかかってくるかわからない。あいつ、あのダークエルフは明らかに愉しんでいたよ、俺たちを追い回すのをな。ダンジョンの闇の中で、耳障りな笑い声をあげながらあいつはどこまでも追ってくるんだ。あの厭らしい声は今でも耳にしみ付いてるよ。ヒーーヒーーヒーーーーーー。やっと逃げ切ったと思った途端、すぐ近くであの笑い声が上がるんだ。鼠のようにひたすら逃げて、逃げて、体力も精神力も正気も少しずつ削り取られていく、あの感じ。あの時は俺も死を覚悟した」


「だけど結局、俺たちは生きて脱出できた。決着はじつに呆気なかった。半狂乱になったリーダーが振り回した剣が偶然すぐ近くに潜んでいたダークエルフの頭に当たった。頭を割られてダークエルフはあっさり死んだ。その後の魔王討伐の旅では、もっと巨大でもっと強力な魔物とたくさん戦った。でもあいつ以上に恐ろしい敵はいなかった。ダークエルフに追われて闇の中を逃げまどった、あの時の恐怖と絶望は一生忘れないだろう……」




 迷宮には果てがないように思えた。

 一時、希望を取り戻したかに見えた倉本は再びふさぎ込み、口を閉ざした。俺たちは無言で歩き続けた。


「なあ渡辺、ひょっとして俺たち、何度も同じところを通ってないか」

「え、そんなことはないと思うけど……」


 まっすぐに続く壁に沿って歩いてきたから、それは無いはずだが、自信をもって言い切れなかった。ひょっとしたら、魔法で空間が歪み、無限ループ構造になっているのかもしれない。そう疑いたくなるほど、周囲の景観には変化がなかった。どこまでも続く柱、柱、柱…………。

 と、柱のあいだで何かが動いた。


「倉本!」

「……ああ、何かいたな」

 柱と柱の間を、何か白いものがちらりと横切るのを二人ともがはっきりと目にした。息を凝らしてじっと見ていると、再び遠い柱列の影に動くものがあった。まるで幽霊のようだ。ひどく気味が悪かった。


「なんか不気味だな。いったい何だろう」

「さあな。追うぞ」

「えっ、追うのか。大丈夫なのか」

 俺は思わず不安になって言った。

「あれの後をつけて行けば、地上への出口がわかるかもしれん」

「そうかもしれないが……」

 だが、そんな風には思えなかった。あれはさらに深い地の底の底、地獄へと誘う案内人かもしれない。俺にはそう思えて仕方がなかった。

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