第53話 同行者
翌日、俺は倉本、佐々木の二人とともに地下の街に潜入することとなった。
今回、秋本は同行しなかった。どうしても避けられない用事があるらしい。
しかし、その点に関して俺は何の不安も抱いていなかった。倉本も佐々木も魔王と戦った戦士なのだ。勇者に選ばれたのは秋本だったが、純粋に戦闘能力で評価すると二人とも秋本と遜色ないレベルだ。
今回、地下への侵入ポイントは下水道を使わず、遺棄された地下水道を選んだ。
下水道と違い、地下住人があまり利用しない場所だからだ。俺も倉本に図面を見せられるまで、そんな場所があるなんて知らなかった。この都市の地下は入り組んでいる。下水道や坑道だけでなく、地下水道や遺跡、忘れられた地下室や納骨堂まであるという。過去からのおびただしい異物が地面の下に埋もれているのだ。
朝もやの漂う道を三人で歩いていく。
地下水道への入り口は町はずれにある水門小屋だ。まだ薄暗く、人通りは少ない。
その時、佐々木が言った。
「おい、倉本」
「ああ、気づいてる。尾行されてるな」
俺は急いで後ろを振り向いた。50メートルほど後に人影が見えた。背格好からして、いつもの奴だ。夜警め、こんな時間まで俺のことを見張っていたのか。
「人数は一人だけか。どうする」倉本が言った。
「そうだな、……ちょっと待て」
そう言うが早いか、佐々木は急に180度方向転換し、尾行者めがけて駆け出した。
朝もやの向こうにいる尾行者は傍から見てもわかるほど動揺していた。巨体に見合わぬスピードで突進してくる佐々木から逃れようと、そいつも走り出した。だが間に合わなかった。そいつは佐々木にがっしりと手首をつかまれて捕獲された。
そいつは佐々木に引きずられるようにしてこちらに連れて来られた。甲高い声でわめいて必死に抵抗していたが結局逃げられなかった。
「おう、捕まえたぜ」
そう言って佐々木は俺たちの前に尾行者を突き出した。
「やっぱりあんただったか……」
それは夜警の女隊員、シャモスだった。
俺とはヒュドラ事件の調査で同行し、その後、ローチマンになった俺を追い詰めて捕縛した人物。俺とは浅からぬ因縁がある相手だった。
「渡辺、知り合いか?」佐々木が訊いた。
「まあ……前にちょっと色々あってね。彼女はシャモス、夜警隊員だ」
「ほう、こんな若くて可愛いらしいのに。まだ未成年にしか見えないぞ」
シャモスの腕をがっしりとつかんだまま、佐々木が言った。
「し、失礼な!私は未成年じゃない。これでもちゃんと大人……21歳だ」
シャモスが顔を赤くして言った。
意外だった。俺もせいぜい17歳くらいだと思っていた。
いや、そんな事より、これからいざ地下の街に侵入しようという時に夜警隊員であるシャモスに見つかってしまったのは問題だった。このまま帰すわけにはいかない。
「佐々木、彼女はどうするんだ?」俺は聞いた。
「そうだな、この娘にも来てもらおう」佐々木は鷹揚に言った。
「はぁ?だって彼女は夜警なんだぜ……」
「だからこそだよ。下には何が待ち構えているかわからんし、戦える人間は少しでも多い方がいい」
「お前たち、さっきから何の話をしている。下とか戦える人間とか。そもそもお前らは何なんだ、ワタナベの仲間か。ワタナベと同じテロリストの一味なんだな!まさか、お前らもゴキブリ人間じゃないだろうな!」シャモスが言った。
「最初だけ正解だ。だが俺たちはテロリストでもゴキブリ人間でもない。シャモスさん、きみはササキやクラモトって名前に覚えはないかな。あともう一人、アキモトって名前の仲間もいるんだが、あいにく彼は今日ここにいなくてね」
それまで黙って話を聞いていた倉本が言った。
「ササキ、クラモト、アキモト……え、まさか。あ、ほんとだ」
シャモスの顔に理解の色が広がった。それとともに態度が豹変した。
「し、し、し、失礼しましたー!私としたことが魔王と戦いし偉大なる聖戦士のお二方に何と失礼な事を。お、お許し下さい!」
シャモスはそう言って、まるで土下座せんばかりの勢いで佐々木と倉本に平謝りした。
「うん、わかってくれたのならいいよ。シャモスさん、そこで頼みがあるんだ」
佐々木が言った。
「はい、何なりとお申し付けください!不肖シャモス、聖戦士さまのご命令とあらばいかなる犠牲を払っても成し遂げて見せます!」
「まあまあ、そう硬くならなくていいよ。頼みっていうのは、今日一日、俺たちと行動を共にして欲しいんだ」
「ありがたき幸せです、聖戦士さま!是非ともご一緒させてください!」
「うん、ありがとう。夜警本部には事後になるけどこちらから連絡を入れておくよ。ところで、武器は持ってるかい?」佐々木が訊いた。
今朝のシャモスは夜警の黒いコートを着ていた。携帯している武器は真鍮のロッドと一振りの短剣だった。倉本はそれだけあれば十分だと判断した。
こうして、急遽メンバーを一名追加し、俺たちは都市の地下への冒険と出発した。
それは荒れ果てたレンガ造りの小屋だった。空き地に生い茂った藪にすっかり覆い隠されて、そんなものがそこにある事など誰も気づいていないようだった。
水門小屋。かつてこの都市に供給される水量を調節していた設備。
数百年昔、この都市の住人たちに飲み水を供給するため、20キロ離れた山間部の湖から地下水道が引かれた。しかし都市の規模が拡大し水への需要も高まるにつれ、この水道では必要量をまかなえなくなっていった。さらには水源地の湖の水質も悪化したため、百年ほど前にこの地下水道は使用を停止された。
代わりに現在では、都市の近くを流れる川の上流の水を浄水場で浄化して水道水に利用していた。
俺たちは藪を切り開き、壊れた扉から水門小屋に入った。
部屋の中は空っぽで薄暗く、ただ地下へと向かう階段の降り口だけが口を開いていた。ランプを点灯し、狭くてぬるぬる滑る階段を一列になって降りていく。階段は螺旋を描きながら、急角度で地下深くへと向かっていた。たどりついた地下室には、錆びてぼろぼろに腐蝕した水門の残骸だけが残っていた。
俺たち四人は空っぽになった地下水道に飛び降りた。かつて都市の人々に供給するため大量の清浄な水が流れていた地下水道には浅い水たまりが残っているだけだった。地下水道は闇の中を一直線に伸びていた。俺たちは無言のまま水路を進んでいった。
地下水道は石組みで作られていた。それは百年間放置されて傷んでいた。石の隙間から木の根が侵入し、カーテンのように垂れ下がっていた。所々で石組みが崩れた個所もあった。石灰が鍾乳石のように伸びているところもあった。
地下水道では異常は何も起きなかった。
それにしても、かつての仲間と再び冒険に出かける日が来るとは思いもしなかった。
俺は、俺たちがこの都市にたどりつく前の旅の日々を思い出していた。あの時は本当につらかった。必死に戦い続ける仲間たちの中で、魔術の使えない自分一人だけが足手まといで、つねに無能の烙印を押され続けているような毎日だった。
もうあんな思いはしたくない。彼らとはもう二度と一緒に行動しない。そう誓ったはずだったが、今こうして俺は再び彼らと行動している。
今も俺には魔術は使えない。戦えない。だけど今度は逃げたりはしない。たとえ無能と罵られようと、俺は俺のできる範囲で最善を尽くす。すべてはガエビリスを救うためだ。
「……止まれ」倉本が言った。全員が停止した。
「たしかこの辺りだ。この壁のすぐ向こう側に一本の坑道が走っている。その坑道は地下の街のはずれに通じている。ここで壁を崩し、坑道へ侵入する。爆破魔術で発破するから、みんなこの場から離れてくれ」
倉本がカウントダウンを開始した。
ゼロになった瞬間、衝撃が走り、轟音とともに壁が崩れ落ちた。
俺たちは壁の破れ目から、坑道側に入り込んだ。
坑道跡のトンネル網、すなわち地下の街は異様な変貌を遂げていた。




