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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅱ部
52/117

第52話 冒険者の街

 俺はグロッカウス街、通称「冒険者の街」にやってきた。

 ここは冒険者を対象とした店や宿屋が並ぶ地区で、質や大きさも様々な、武器店、道具屋、酒場、宿屋、仲介所、それにカジノや売春宿までもが一つの街区に密集して建ち並んでいた。


 ガス燈が点々と灯る石畳の道を俺は歩いていく。

 午後8時を過ぎた今では、ほとんどの店はその日の営業を終えていたが、酒場には煌々と明かりが灯り、客たちの賑やかな声が通りにまであふれ出していた。今しも通り過ぎた店の中で殴り合いのけんかが始まったようだ。瓶の割れる音と男の怒鳴り声、それをはやし立てる他の客の歓声がどっとわき起こる。


 道ですれ違うのは、いかにも冒険者といった感じの、肌や髪の色もさまざまな屈強な男女たちだ。自分の力だけを頼りに危険なダンジョンに挑み、高額の報酬をつかみ取ってきた戦士たち。彼らの多くは命がけの冒険で稼いだ大金を、その日のうちに高価な武器の購入や博打、豪遊などで派手に使い果たしてしまう。良きにつけ悪しきにつけ豪快な人たちだ。

 そんな中で、貧相な体格の俺は明らかに場違いだった。俺は委縮しながら足早に先へと急いだ。



 建物の上に高い石壁がとぎれとぎれに頭を覗かせている場所にやってきた。

 この壁は数百年前に都市全体を取り囲んでいた市壁の名残だった。ここはかつて壁の外側に位置し、貧しい旅人向けの安酒場や木賃宿などが数軒寄せ集まっているだけの場所だった。しかし、いつしか冒険者たちの情報交換の場として使われるようになり、やがて武器店などの関連業種も集まって「冒険者の街」として成長していった。

 市街地の拡大とともに大部分の市壁は撤去され、「冒険者の街」も都市に飲み込まれたが、今でも市壁の残骸は部分的に残っていた。


 秋山たちが事務所を構えていたのは、たしかこの辺りだったはずだが……。

 ここに来るのはずいぶん久しぶりなので記憶があやふやだ。

 俺は表通りを折れて細い裏通りへと入っていった。



 そのレンガ造りの建物は、道の突き当りに壁に寄りそうようにして建っていた。

 これが秋本たちの営む店だった。

「アキモト&クラモト&ササキ商会」

 看板に掲げられた店名は、何のひねりもないストレートなネーミングだ。玄関脇に置かれたすり減ったワイバーンの石像が来客を出迎える。六年前に中古で買ったと自慢していた品だ。勇者に選ばれ魔王を倒した今でもまだ昔と変わらぬ小さな店のままだったことに俺は驚いた。


 店内ではまだ明かりが灯っていた。

 俺はノックし、扉を押し開けた。


「ああ、申し訳ございません。本日の営業は終了……。なんだ、渡辺じゃないか」

 カウンターの向こうから顔を出したのは倉本だった。


「どうした、倉本。誰だ?」店内から佐々木の声が聞こえた。

「いや、それが、……渡辺が来やがった」

「渡辺だと?ちょっと待て」

 どたどたと足音を鳴らして走り、佐々木も姿を見せた。

「よお渡辺、お前がここに来るなんて珍しいな。一体どうしたんだ」

「すまない、今日はちょっと頼みがあって来たんだ」

「頼み?まあ、とにかく中に入れよ」


 俺は佐々木たちに、事務所の奥の応接室に通された。

 店にいたのは倉本と佐々木の二人だけだった。

 秋本は横井さんとの新婚生活を楽しむため早々と帰宅していた。そう、秋本と横井さんは大聖堂での列聖式の数日後、ついに正式に結婚したのだった。


 低い卓を囲んだソファに腰を下ろすと、さっそく俺は切り出した。

「……お前たちに、仕事を頼みたいんだ」

「はぁ?」倉本が呆れたような声を出した。

「仕事って、冒険の依頼ってことか?」佐々木も目を丸くしている。

「そうだ。突然こんなこと言い出して、まともに受け取ってもらえないのはわかってる。でも、今はお前らに頼むしかないんだ」

「……まあ、とにかく落ち着けよ。とりあえず、話を聞こう。何があった」



 倉本にうながされ、俺は話し始めた。

 リゲリータとの再会と、彼から聞かされた地下の街の異変とガエビリスの幽閉について。


「うーん。そのゴキブリ人間の言う事が本当だとしたら、えらい話だな」

 佐々木が腕組みして言った。

「俺らの仕事というより、こりゃ夜警とか、治安維持局の担当案件だよな」

 倉本が言った。


「だからそれじゃガエビリスまで殺されてしまう。彼女もダークエルフなんだぞ。

 頼む。彼女だけでも救い出してほしい。彼女を救出したら、その後で夜警に通報する」


「どうする?倉本」佐々木が訊いた。

「そうだな。正直、個人的には興味を引かれている。あの地下の街を攻略するのは面白そうだ。

 ……だが渡辺、お前、仕事を依頼するからには料金は払えるんだろうな。言うまでもないことだが、俺たちは今やこの街で一番人気の冒険者なんだぜ。なんせ魔王を倒したんだからな。世界中の金持ちや商人、貴族から入った依頼で予約は5年先まで一杯だ。しかもそいつら金に糸目をつけず払うような連中ばかりときてる。そんな先客たちを差し置いて、お前の依頼を優先させるからには、追加料金込みでたんまり払ってもらわないとな。冷たいようだが、俺たちも商売でやってるからな」


「金は、お前たちに払えるような大金は……今はない。この先、必ず払う」

 俺はうつむいて、膝の上にのせた拳を握りしめた。


「はぁ、やっぱりそんな事だと思ったぜ。話にならん。すなおに夜警本部に駆けこむことだな」

 倉本はソファから立ち上がりかけた。

「おいおい待てよ倉本。ちょっとそりゃ冷たすぎだろ」

 佐々木があわててそれを止めた。


 佐々木は俺の方を向いて言った。

「なあ渡辺、一つ聞くけど、あのダークエルフの女、あいつはお前の何なんだよ」


 ガエビリス。精神矯正措置を受けてぼろぼろになっていた俺を救ってくれた人。たとえ一時とは言え俺に力を授けてくれた人。恩人であり大切な仲間だ。

 だけど、それだけじゃない。離れて暮らす今となってはっきりわかったが、俺は彼女のことが好きだった。何を考えているかわからず、つかみどころのない変わった人だけど、また会いたいと切実に思っていた。


「……大切な人だ」

「それってつまり、彼女ってことか」

「いや、そんな関係じゃない。とにかく今はまだ」

「好きなのか?」佐々木は俺の瞳をじっと見つめて言った。

「ああ、そうだ」俺はその視線を真正面から受け止めながら言った。


「ふふ、お前って、あんなのが好きだったんだな」倉本が笑った。

「わ、悪いかよ……」俺は耳まで真っ赤になっていた。


 倉本が立ち上がって言った。

「よし、いいだろう。お前の愛に免じてこの依頼、受けてやろう。だが条件がある」

「なんだ、依頼料のことか」

「いや、違う。そもそもお前に金なんて全然期待してない。条件はこうだ。お前も俺たちに同行するんだ」

「待て、俺はもうローチマンに変身できない」

「そんなの関係ない。好きな女を助けに行くんだろ。お前本人が行かなきゃ話にならん」


「そういうことだ、渡辺」佐々木がにやにやしながら言った。

「ありがとう。足手まといにならないよう、気を付ける」

 俺は二人に頭を下げた。



「よし、話は決まった。渡辺の話の内容から判断すると急いだほうがよさそうだ。さっそく今から計画と準備を始めよう」

 倉本はそう言うと別に部屋に姿を消し、数枚の図面を手に戻ってきた。


「これがこの前、秋本たちと一緒にお前を連れ戻しに地下の街に行った時に使った侵入ルートだ」

 図面には下水道や地下水路、坑道跡など都市の地下の構造が詳細に描きこまれていた。


「これ全部、お前が調べたのか?」

「ああそうだ。秋本と俺で情報収集した。行政局や図書館から可能な限り図面を集め、よくわからない部分は実際に現地に行って調査した。行政局もこの都市の地下の事はほとんど把握していないようだったからな。わからないことは自分で調べるしかない」倉本が言った。


「そこまでしていたのか」

「ああ、当然だろ。冒険の第一段階は徹底的な情報収集から始まる。それがミッションの成否を握っていると言っても過言ではないからな」

 倉本は冒険のことになるととたんに饒舌になるようだった。


「おそらく前につかったこのルートは警戒されているだろうからもう使わない方がいい。変わりにここから入ろう……」

 作戦会議は深夜まで続いた。

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