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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅰ部
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第27話 牛頭の巨人

 数か月ぶりにふらりと姿を現したガエビリスは以前と何も変わらなかった。

 ぼさぼさの黒髪に青白い顔、それに不思議な光を帯びた青緑の瞳。服装は丈の長い黒のワンピースだ。俺がローチマンから人間の姿に戻っているのを見ても、彼女は特に驚いた素振りは見せなかった。


 俺は住み家にしている岩の隙間から這い出し、地下通路を彼女と二人で歩いた。

 少し歩くと、五本の通路が分岐する広場に辿り着いた。その広場の片隅には誰かが廃材で作った簡素なテーブルと椅子が三組設置されていた。テーブルの上では発光幼虫のランプが青白く燃えている。

 俺たちはそのうちの一つに腰かけた。


「ワタナベさん、頼みがあるの。聞いてくれる?」彼女はそう切り出した。

「いいけど、頼みって何?」

「ある人物を探し出してほしいの」

「人探し?」

 意外だったが、とにかく話を聞いてみることにした。

「……で、いったい誰を探せばいいんだ?」


「海外からの亡命者よ」

 俺は絶句した。いったい何だ、まるで話が見えない。


 驚く俺に構わず彼女は続けた。

「彼はある人物の手引きで海外から貨物船で密航してきたの。計画では私たちの仲間が港で彼と接触し、この地下の街に迎え入れるはずだった。

 だけど数日前、不運にも仲間たちより前に行政局に発見されてしまった。彼は夜警に追われ、命からがら逃げて姿をくらませた……。これが彼の写真よ」


 ガエビリスはテーブルの上に一枚の写真を置いた。

 写真には、牛が写っていた。

 全身筋肉の塊のようなその牛は、二本の頑丈な後ろ足で直立していた。

「これは……その人物は、魔物なのか?」

「ええ。見てのとおり非人類種族よ。種族名はミノタウロス」

「すごいな……」


 俺はその写真をさらに詳しく観察した。

 牛の頭からはどっしりとした巨大な二本の角が左右に伸びていた。面構えは凶悪そのもので、右目は顔面を走るぎざぎざの傷跡で塞がっていた。肩から下は基本的に人間と同じ作りだが、異常なまでに肩幅が広く、ボディービルダーのように筋肉が発達していた。膝から下は巨大なひずめを備えた牛の足になっている。身に着けている物といえば革製の下帯だけだ。右手には巨大な鉄球をぶら下げているが、写真で見てもそれが数多くの実戦で使用され沢山の人間の血を吸ってきた凶器であることがわかる。

 まさに「怪物(モンスター)」と言う言葉そのものの姿だった。


「彼の名はド・ゴルグ。デュスラムの迷宮の守護者だった人物よ」


 デュスラムの迷宮。聞いた事があった。難攻不落のダンジョンとして長年その名をはせてきたが、二年前にある冒険者たちによりついに攻略され、当時世界中で大きな話題となった。


「迷宮は破壊と略奪の限りを尽くされ、今では何も残ってないわ。だけど彼は生き延びた。彼は各地を転々としながら冒険者や軍隊の追跡の手を逃れてきたの」



「この……彼を、ここに受け入れるのか?」

「ええ、そのつもりよ。ここには地上を追われたいろんな非人類種族が住んでるのは知ってるでしょ。彼にとっては少し手狭だと思うけど、しばらくここで辛抱してもらうしかないわね」

「大丈夫なのかなぁ」


 たしかにここには大勢の人間以外の種族がいる。犬のようなコボルト、ヴァンパイア、それにトロルやゴブリンなど。でも彼らは小柄であるか人間と大差ない大きさで、その上長年にわたる人間との共存で基本的に温和な性質の者が多い。

 しかしこのミノタウロスは世界的に有名なダンジョンから落ち延びてきた本格的なモンスターだ。写真に写った背景から判断して身長は3メートルを軽く超えており、見るからに凶暴そうな外見だ。こんな危険な怪物をここに受け入れてしまって大丈夫なのだろうか。俺は不安を覚えた。



「彼は運河沿いの倉庫街で夜警に襲われ、運河に飛び込んで行方不明になった。たぶんその周辺の廃工場などに潜伏している可能性が高いわ。

 当然、夜警も付近を捜索してる。夜警に見つかる前に彼を発見し、私が指定する場所まで彼を案内してほしいの」


「夜警もいるのか。場合によっては、夜警から彼を守らなければならないのか」


「そう。夜警は彼を殺害しようとするはず。だからこそあなたにお願いするの。ローチマン化した時のあなたの戦闘能力なら、夜警と交戦状態になってもしのぎ切れるはずよ」


 夜警と戦う。できればそんな事態は避けたかった。

 彼らとは水龍(ヒュドラ)の一件では行動を共にし、俺の軽挙のせいで結果的に多大なる迷惑をかけてしまった。彼らに対しては申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。大怪我を負わせてしまったシャモス隊員にはいつか謝らなければならないとも思っていた。

 それに夜警の強さは直接この目で見ていた。いくらローチマンに変身したとしても戦って無傷ですむはずがなかった。


「できるだけ避けるに越したことはないな。見つかりそうになったら極力隠れてやり過ごすよ」

「たしかにそれが一番だけど。戦闘になる可能性もいちおう考えておいて」



「もう一つ、渡しておく物があるわ」

 そう言うとガエビリスは懐から一束の獣毛を取り出した。

「これはミノタウロスのド・ゴルグ氏の体毛よ。この匂いを手がかりに彼を探し出して」

 毛束からは人間の鼻でも容易に嗅ぎ取れるほどきつい臭気が漂っていた。ローチマン化すれば彼が通った痕跡を辿るのは容易だろう。


「あと、今回もキンクさんに同行してもらうことにするわ」

「え、またあいつが来るのか」

 あいつのことは正直苦手だった。一緒にいるとなぜかいらつくからだ。

「そう邪険にしないで。ああ見えて彼はかなり役に立つわよ」



 最後にガエビリスは次のような言葉を残して去っていった。

「今はまだ詳しくは言えないけど、いずれ必ずド・ゴルグ氏のような存在が必要になる時が来る。それもそう遠くないうちに。それだけを覚えておいて、ワタナベさん。じゃあ、成功を祈っているわ」

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