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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅰ部
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第21話 迷宮探索②

 次の日。俺たちは地下通路を歩いて、カルブレム地区へと向かった。


「なぁ、ワタナベさん、聞いてくれよ」

 キンク・ビットリオが歩きながら話しかけてきた。顔の距離が近い。すえた口臭が鼻を突いた。

「何だよ……」

 俺は内心でうんざりした。ここ数日、迷宮捜索チームの一員としてこいつと行動を共にしているが、なぜか気に入られてしまったらしい。まるで親しい友人でもあるかのように頻繁に話しかけてくるようになった。


「あのさ、いいもん手に入れたんだ。これ見てくれよ」

 キンクはポケットからキラキラした小さな物を取り出した。剣を持った戦士を象った人形のようだ。


「かっけーだろう?夜警(ナイトウォッチ)のグリザム大佐人形だぜ。ゴミ漁りの強欲爺と粘り強く交渉してやっと手に入れたレア物だよ。これを入手するまでどれだけ苦労したことか、涙なしには語れないね。で、グリザム大佐だよ。やっぱりいいねぇ。夜警でありながら真鍮のロッドでなくて剣を使う伝説の隊員さ。この剣は魔力の伝導性が異常に高くて魔法共振効果……」


 キンクは異常な早口で話し始めた。こいつはこの手の男児向けの玩具に目がなく、たくさん収集しているようだ。好きな話題になると極度に集中し、口の隅に泡をためながら凄い勢いで話す。

 俺は適当に相槌を打ちながら歩き続けた。これから下水道の捜索を控えているのに無駄なエネルギーは使いたくない。キンクは相変わらず熱っぽくグリザム大佐人形について語り続けている。


 俺はこれから向かうカルブレム地区のことを考えた。

 下水道には有毒な汚染物質がつきものだが、工場からの廃液が流れ込むそこでは有毒物質の濃度が高くより危険だ。酸欠状態になっている可能性も高い。そのために瘴気濃度測定計も準備してもらったし、有害物質から身を守るための防毒マスクとゴーグルも持ってきていた。

 いったい彼女はこんな装備をどこから調達してくるのだろうか。色々と謎の多い人物だ。彼女はまだ俺に話していない秘密をたくさん持っているのは間違いなかった。俺はローチマンと並んで前を進む彼女の後姿を見つめながら思った。


 それに、ローチマンだ。ローチマンという種族について、俺はほとんど何も知らない。

 以前は下水道清掃作業中に闇の中をこそこそ逃げていくのを目撃したり、夜警に駆除された残骸が町に転がっているのを見たことがあった程度で、ただの臆病で弱いモンスターの一種という認識しか持っていなかった。

 しかし、このローチマンに出会ってその認識は大きく変わった。ローチマンは知能を持っていた。触角の振動による意思の伝達という変わった方法を使うが、その伝えるメッセージの内容は驚くほど人間的で優しかった。

 これはこの個体だけの突然変異なのか、それともローチマンという種族全体に備わった性質なのだろうか。地下生活者たちが暮らす坑道跡の地下通路には他のローチマンも何体か見かけたが、そいつらと意志疎通をしたことはなかった。迷宮捜索チームに加わっているのが目の前を歩いているこの一体だけだということも考慮すると、種族の全個体に知能が備わっているわけではないのかもしれない。


 迷宮捜索チームの人選ということなら、キンクがメンバーに入っているのも謎だ。こいつは俺と同じ保護された被矯正者だが、下水道清掃作業員ではなかったようだ。下水道について詳しい訳でもない。何か捜索に役立つ特殊技能を持っているのだろうか。

 何から何まで、よくわからないメンバーだ。



 俺たちはカルブレム地区の下水道に入り込んだ。

 すでに全員、防毒マスクとゴーグルを身に着け完全装備の状態だ。マスクの中は暑く息苦しかった。早く捜索を切り上げて終わりにしたい所だ。

 普段は何も身に着けていないローチマンだが、今回は有毒廃液による腐食から身を守るために他の三人と同じように防水合羽とゴーグルを装着していた。大まかな体型は人間とほぼ変わらないので、何とか着ることができた。ただし触角を合羽の下にしまい込んだため、他人との意思伝達はできなくなってしまった。


 足元を流れる下水は異様な色をしていた。虹のような七色の液体が互いに混ざり合って水面に複雑な模様を描きながら下流へと消えていく。液体の正体は何なのか見当もつかない。この世界の工場では化学薬品だけでなく魔術的な反応も利用されているという。錬金術で使われる万物を溶解する危険な液体でないことを祈るのみだ。不気味なことに、多かれ少なかれどこの下水道にも住み着いているスライムがここには一匹もいなかった。


 下水道自体は石を隙間なく組んで作られていた。かなり古そうだ。

 調べていくと、後から急いで補修したように石の組み方が粗雑になっている部分が数か所見つかった。これは意外と有望かもしれない。

 特に目の前にあるこの箇所。手で石をどけることができそうだ。


「なぁガエビリス、ちょっとこれを見てくれ」

 別の場所を探っていたガエビリスがこちらにやって来て隣に並んだ。

「ここの石、動かせそうね……。ちょっとみんな、集まって!」


 俺たち四人は力を合わせて石を持ち上げ、壁から取り除いた。石をどけるとその向こう側に空洞が覗いた。

 これはひょっとして本当に迷宮への入り口なのかもしれない。期待が膨らんでいく。

 俺たちは防水合羽の下で汗を流しながら、さらに続けて石を動かしていった。

 30分後、ようやく壁に通り抜けられるほどの隙間が空いた。


 向こう側は暗闇に閉ざされていた。暗闇の奥から冷たい微風が吹いてきて、足元を流れる下水から立ち上る湯気が風にたなびいた。


「行くわよ……」

 発光幼虫のランプを掲げながら、ガエビリスが闇の中に一歩を踏み出した。

 その時だった。俺は暗闇の奥にかすかな空気の振動を感じた。

「危ない!」

 俺はとっさにガエビリスを突き飛ばした。彼女の持っていたランプが壁に当たって砕け散った。ランプの中にいた発光幼虫たちは水中にこぼれ落ち、その刺激でぱっと炎が燃え上がるように強い光を放った。

 つかの間、隠し通路の中の光景が青白い光に浮かび上がった。


 それまでガエビリスが立っていたあたりに、槍のように長く鋭いものが突き刺さっていた。

 それは脚だった。長い脚を辿って視線を上にあげていくと、隠し通路の天井に巨大な怪物が張り付いていた。

「何だこれは……」俺は嫌悪感のあまりうめいた。

 それはまるで巨大な毒虫のような怪物だった。全身は黒く艶やかな外骨格に覆われ、体の両側に無数の細長い脚が並んでいる。その印象は、ゲジゲジとカマキリとハサミムシの混合獣(キメラ)。虫嫌いの人間にとっての最悪の悪夢が具現化したかのような姿。


 俺はガエビリスの手を引き、隠し通路から引っ張り出した。

「おいみんな!逃げろ!」俺は大声で叫んだ。

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