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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅰ部
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第20話 迷宮探索①

 俺は数か月ぶりに下水道の中を歩いていた。この悪臭と、防水合羽の下にこもる湿気と熱気が懐かしくさえあった。

 何年も清掃作業で働いてきたせいで、自分でも気づかぬうちに下水道の環境に体が馴染んでしまっているようだった。


「何かそれらしい痕跡はある?ワタナベさん」

 後ろからガエビリスが声をかけてきた。彼女も同じような灰色の合羽を身に着けている。

「いや、ここには無さそうだな……」

 俺は発光幼虫のランプをかざし、下水道の壁の様子を探った。壁の穴を埋めた跡、周囲と材質が違っている場所は見つからなかった。


 今いるのは市内で最も古くに下水道が敷設されたとされる地区だった。むき出しになった荒削り岩壁はなるほど地下坑道を再利用したもののようだった。俺たちはここで数百メートルにわたり岩壁の様子をつぶさに調べたが、怪しい箇所はなかった。むき出しの岩壁はやがて後の時代に建設されたレンガ積みの下水道に繋がって終わっていた。

「やっぱり何もないな」


「まあまあ落ち込むなよ、次行こうぜ次。ポジティブシンキングさ!」

 第三の人物が耳障りな甲高い声で言った。俺は思わず顔をしかめた。

 今回の調査の協力者の一人、キンク・ビットリオだ。

 彼は俺と同じ元・被矯正者だ。何らかの犯罪で精神矯正刑を受け、廃人と化していた所を保護されて地下生活者となった。歳はおそらく20代だろう。甲高い声で早口でしゃべる男で、何となくこいつのことは好きになれなかった。


 前腕にこそばゆい感触があり、そこからひそかな振動が伝わってきた。

(…そうですよ。あきらめるのはまだはやいです)

 ローチマンだった。俺を地下生活者たちのもとに、ガエビリスのもとに連れてきたゴキブリの怪物だ。

 俺と、ガエビリスと、キンク、それにローチマンの四人が地下迷宮を捜索するチームだった。


「とにかく、いったん撤収しよう。作戦を練り直すんだ」

 俺は言った。清掃作業で長時間下水道で過ごすのに慣れている俺と違い、ガエビリスとキンクはきつそうだった。いくら地下生活に慣れているとはいえ下水道の中の劣悪な環境は体に堪えるのだろう。

「わかったわ」明らかにほっとした様子でガエビリスが言った。




 俺たちは再び地下通路にあるガエビリスの部屋に戻った。そこが迷宮捜索チームの活動の拠点だった。俺たち四人はうずたかく積み上がった水槽とケージの山の間に置かれた机を取り囲んだ。人と一緒になって等身大のゴキブリの怪物がテーブルを囲んでいる異様な光景にはなじめそうになかった。

「…………」

 ローチマンは言葉を発することなく、長い触角を曲げて、口元にごちゃごちゃついた付属肢で丁寧にクリーニングしている。


 ガエビリスは机の上に手描きの地図を広げた。おおまかに描かれた都市の地図だった。

「最古の下水道が建設されたロムニン地区ではないとして、次の候補はどこかしら?」

 そう言いながら彼女はロムニン地区の上にバツ印をつけた。


「うーん、どこだろうなッ。一番深い場所ってのはどうかな?」唾を飛ばしながらキンクが言った。

「それもあり得るかもね。地下迷宮は下水道よりも深くにあるはずだし。ワタナベさん、市内の下水道で一番深い場所はどこになるの?」ガエビリスが言った。


「たしか、下水処理場の真下のはずだったと思う」

「え、そうなのか?」キンクが言った。

「なんで下水が流れていくかというと、緩やかな勾配がついてるからだ。下水は重力に引かれて自然と上から下に流れていく。だから下水道は下水処理場に向かうにつれてだんだん深くなるように作られている、って親方から聞いた」

「なるほどねぇ!よく知ってるなぁ。ワタナベさんすっげぇ!」

 キンクが早口で言った。ほめているようにも聞こえるし馬鹿にしているようでもあり、いずれにせよ癇に障る言い方だ。


「ただ、問題があるんだ。下水処理場の地下には市内全域から大量の下水が集まって来てる。だから水位が深くて流れも早いし、とても人が入れるような場所じゃない」続けて俺は言った。

「それに、下水処理場の地下は比較的新しい時代に作られたはずだ。昔は下水処理場なんかなくて、川に直接流してただけだったからな。何より、もし仮にそんなところに地下迷宮への入り口があったなら工事の時にとっくに見つかっているよ」

「そうでしょうね……」


「ローチマンが知らないかな」俺はガエビリスに聞いてみた。

 ローチマンは下水道にも住んでいる怪物だ。当然、下水についても詳しいはずだ。

 よく考えたら、そもそもローチマンに下水道を捜索させればいいんじゃないのか。わざわざ俺などに頼む必要はない気がする。何か理由があるのだろうか。


「あなたは何か考えがある?」

 ガエビリスは触角の手入れを続けているローチマンに優しく話しかけた。ローチマンの触角がガエビリスの手に触れて細かく振動した。メッセージを伝達している。

「うんうん……。そうね。ありがとう」ガエビリスは言った。


「彼が言うには、迷宮の入口らしい場所は見たことが無いけれど、カルブレム地区の地下ならば何か隠されてるかもしれないって。あそこには行ったことが無いそうよ」

 カルブレム地区。ロムニン地区に並び古い時代からある地区だが、今では重工業地帯となっている地域だ。工場の排煙により周辺の環境は劣悪で、地区全体には荒んだ雰囲気が漂っている。エルフや異国からの出稼ぎ労働者が多く住んでいて住人の質は総じて低い。

 工場からの有毒な廃液でスライムも死滅するようで、この地区の下水道で清掃作業をしたことはなかった。たしかにローチマンもあそこには立ち寄りたくないだろう。

 調べてみる価値はありそうだった。

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