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異世界下水道清掃員  作者: 白石健司
第Ⅰ部
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第16話 断章:勇者の夢②前編

 荒野に激しい雨が降り続いていた。

 重い雨粒は弾丸のように勇者、秋本俊也の肉体を容赦なく打ち続けた。

 彼のまわりにはかけがえのない四人の仲間たちがいた。皆、彼と同じく冷たい雨に打たれながら耐えていた。


 周囲の景色は雨に煙り灰色一色に塗り潰されていた。

 降りしきる雨のカーテンの向こうに、巨大な影がそびえ立っていた。

 異形の巨人だった。背丈は10メートル以上。分厚い筋肉に覆われた体。四本の腕の先にはそれぞれ鉄アレイ型の武器を握っていた。

 魔王城への入り口、トロイヴ高原を守る最後の番人だった。


 巨人は一本の腕を水平に伸ばし、手首をひねって武器を傾けた。

 鉄アレイ型の武器は重力操作兵器だった。

 その瞬間、凄まじい重量が秋本たちに襲いかかってきた。体重がどんどん倍増し、ぬかるんだ地面に足がめり込んでいく。天から降り注ぐ雨粒は重力増加により文字通り機関銃の掃射に等しい威力で襲いかかってきた。このままじっとしていたらいずれ自重で圧壊するか雨粒の銃弾に撃たれて確実に死ぬだろう。


 仲間の一人、紗英が防壁魔術を展開して頭上からの銃撃を遮った。同時に別の一人、倉本が攻撃魔術「光の槍」を放った。必殺の槍が巨人の心臓めがけて一直線に飛んでいく。しかし巨人は重力操作により空間を捻じ曲げ、光の槍をあらぬ方向へと逸らした。


 しかしそれが巨人に一瞬の隙を生んだ。勇者はそれを見逃さなかった。

 倍加した体重をものともせず勇者は巨人に向けて走った。巨人に近づくほど重力増加は激しくなっていく。いまや体重は数百キロにまで増大し、全身の骨と筋肉が悲鳴を上げていた。

 一瞬遅れて勇者に気付いた巨人は重力弾を続けざまに放った。重力弾そのものは目に見えないが、その弾道は雨の中に穿たれたトンネルとなってはっきりと視認できた。勇者はたくみに重力弾をかわしながら接近していく。着弾した重力弾は地面をやすやすと貫通した。

 そしてついに勇者は巨人の両足の間に達した。強大な重力に全身を押し潰され立ってるのがやっとだった。全身の血液が足元に押しやられて脳が貧血状態となり目の前に黒い斑点が踊った。この状況で、勇者は渾身の力で剣を振り上げた。

 「無の剣」セクタ・ナルガの漆黒の刃が一気に伸び、巨人を股下から一刀両断した。

 その瞬間、重圧が消えた。そして一拍遅れて巨人の体内からこぼれ落ちた大量の血と臓物が勇者の頭上に降り注いだ…………。



 秋本俊也は目を覚ました。

 また魔王群との戦闘の夢だった。今回は魔王領の奥深く、魔王城への最後の関門トロイヴ高原での戦いの夢だった。

 北方大陸に上陸した後、魔王城への進路を切り開くため兵士たちと共に苦しい戦いを続けてきた。毎日たくさんの命を失いながら、彼らはついに魔王城を目と鼻の先に控えたトロイヴ高原にまで到達した。生き延びた兵士たちは上陸地点からそこに至るまでに確保した拠点を死守してくれていた。ここから先は自分たち五人だけで進むしかない。残るは魔王城のみ。果たして魔王を討ち取れるだろうか。否、やり遂げなければならないのだ。世界を救うために。あの時に感じていたプレッシャーが甦ってくるようだった。


 ベッドにいるのは彼一人だった。すでに紗英は起き出して朝の支度をしている様子だった。

 窓からは燦々と朝日が降り注いでいた。

 秋本は大きく伸びをするとベッドに身を起こした。


「あら、起こしちゃった?ごめんね。まだゆっくり寝てていいよ」

 寝室の入口から紗英が顔を出した。

「いや、もう起きるよ。腹が減った」

「うん、ちょっと待ってて。もうすぐできるから」

 台所からはベーコンを焼くいい匂いが漂っていた。


 二人が暮らすのは集合住宅の一室だった。世界を救った英雄の家としてはあまりにも質素で手狭だった。だが秋本はこの部屋が気に入っていた。何より紗英の存在をいつでも近くに感じられるのが良かった。

 この部屋は彼らが六年前にこの都市にやってきて以来、ずっと住んでいる部屋だった。


 六年前か、と秋本は思った。

 たったそれだけしか経っていないのか。あの時とは何もかも変わってしまった。

 まさか俺が世界を救う勇者になるなんて。

 秋本はベッドに腰かけながらかつての日々を思い起こした。



 ――六年前。

 この世界に転位して約一年間、何とか生き延びてきた六人は、村を出ることにした。

 言い出したのは野村だった。


「言葉も話せるようになったし、日常的な魔術もだいたい覚えたし、この世界での生き方の基礎はマスターしできたと考えていいだろう。そろそろ何か行動を起こすべき時じゃねーかな。いつまでもこんな田舎にひっこんでる理由はないと俺は思うね」

 この世界に来て一年が経ち、みんなが身に着ける物は村人から譲り受けた衣服に変わっていたが、野村だけは頑なに以前と同じ金田一幸助風の帽子を被り続けていた。


「たしかに野村の言うとおりだ。俺も外の世界を見て回りたいって思い始めてた。他のみんなはどう思う?」

 秋本は他の四人にも水を向けた。


 それに対し、紗英を含む四人も口々に賛成した。いつもは引っ込み思案で不器用な渡辺でさえ、

「いつまでもぬるま湯に浸かってるのは良くないよな。この世界相手にどこまでやれるか、俺たちの力を見せてやろうぜ」。そう興奮気味に言っていた。

 そういうわけで、彼らは一年間世話になったことに対する感謝の意志を十分に伝えてから、外の世界へと旅立った。



 ひとたび村の外に出ると、様々な困難が襲いかかってきた。中でも最大の問題は魔物だった。

 当時はまだ魔王が健在で、いたるところに魔物がいた。

 村の中は住人たちが共同で張り巡らせた結界である程度は保護されていたが、外は完全に無防備だった。昼となく夜となく襲い来る怪物相手に、自分たちだけで身を守るしかなかった。

 しかしこの旅で戦闘経験を積んだことで、彼らは自分たちの中に眠っていた戦士の素質に目覚めていくのだった。

 そして旅の途中で、秋本と紗英は恋人同士となり結ばれた。



 転位者六人は世界のあちこちに立ち寄りながら旅をつづけ、最終的にこの都市に落ち着いた。そして秋本と紗英はこの部屋を借りて一緒に住み始めた。

 他の四人もそれぞれの道を模索し始めた。

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