近くて遠い(仮)
梅雨らしいどんよりとした空、ジメジメした空気、テラスでティータイムをしていた葉月はいつも以上にイライラしていた。
「天気予報は晴れだったはずです!」
気温は既に二十五度超えの夏日だが、葉月は相変わらずのゴスロリドレス。自分で煽いでいた扇子を畳んで吉澤さんを扇子で指した。
「梅雨ですから、突然の天気の崩れは仕方ないかと」
吉澤さんも葉月同様に気温に適さないメイド服を着ているが、一切表情を変えていない。
「やはり今日のお見舞いはキャンセルしましょう」
再び扇子で扇ぎ始める葉月に、吉澤さんは何も言わずに何処かへ歩いていった。
明音のお見舞い。行くとは言ったものの、まだ一度も実行へ移せていない葉月。行った方が良いのはわかっていた。しかし、明音が自分の姉になった時から今まで、自分の中での明音に対する気持ちはよく分からないままだった。
しばらくして吉澤さんが戻ってきた。
「何処へ行っていたのですか?」
明音の事を考えてか、葉月の声音が弱々しい。
「車を用意しました。約束通り明音さまのお見舞いに行きましょう」
「空が暗いです。これではいい天気ですねと言えないじゃないですか」
「言わなければよいのでは?」
「それでは会話がもちません」
「葉月さまが話さなくても、明音さまから話してくれると思いますよ」
「・・・・・・冷めてますね」
なにも返せない葉月は、とりあえず紅茶でお茶を濁した。
「明音さまは会いたがっていますよ」
「私は、別に・・・・・・」
「病状が悪化してからでは後悔しますよ」
吉澤さんの言葉で、車椅子の明音が葉月の頭の中によぎった。
ふれたら崩れてしまいそうな儚げな女性。
私の反応に対しての悲しげな表情が忘れられない。
いや、忘れられないのではない。
葉月は、明音の悲しげな表情しか知らない。
「明音さんの嫌いなもの、知ってますか?食べ物でもなんでも」
「肉と怪談話です」
「では牛肉のステーキとホラー映画のDVDを用意してください」
「分かりました。病院に鉄板を手配します」
「なにも聞かないんですか」
止められると思っていた葉月は、予想外の吉澤さんよ反応に少し戸惑っていた。
「味付けはどうなさいますか?」
「・・・・・・にんにく」
こうなったらもうどうにでもなれといった葉月の要求は全て通ってしまった。
車で移動すること数十分、大きな病院に着いた。
「本日は特別な許可を取っているのでステーキ焼き放題です」
「そう・・・・・・」
気がついたら明音が入院している最上階の大きな個室のドアの前に来ていた。
葉月はノックをせずにドアを開けた。
「待ってたわ」
ドアを開けたら、仁王立ちをしているゴスロリドレスを着た女性がいた。
「・・・・・・」
何が起こっているのかよく分からないといった表情で葉月は吉澤さんの方に向いた。
「葉月、入口で立ち止まってないで入ってきなさい」
葉月と似たデザインのドレスを着た女性、明音に促されて葉月はとりあえず入った。
「お見舞いに来てくれて嬉しいわ。どう?可愛いでしょこのドレス。吉澤さんに葉月の服の趣味聞いたのよ?」
嬉しそうに話す明音に、葉月は相変わらず黙ったままで、表情も暗い。
「そうだ、葉月の好きなものを聞かせて?葉月のことをもっと知りたいの」
仁王立ちに疲れたのか、明音の身体が少し震えていて、辛そうに見える。
「座りませんか?」
葉月のお見舞い第一声は、明音とは対照的で、距離を感じるものだった。
「そうね、そうさせてもらうわ」
明音は真後ろにあった車椅子に座った。
「今日は葉月から贈り物もあるんでしょう?楽しみだわ!あの鉄板でなにを焼くの?パンケーキかしら?」
なんと答えたらよいものか。
当初の予定では、特に会話もなく、明音の嫌いなものを用意して嫌な印象を与えて自然に疎遠にでもなろうと思っていた。
しかし、明音は葉月と仲良くなろうと必死になっているのは、誰の目にも明らかだった。
「牛肉のステーキです」
予定通り、明音の嫌いな肉を焼くと宣告した。
それでも明音は笑顔を崩さなかった。
「牛肉のステーキ!もう何年も食べていないから楽しみだわ」
表情は笑っていても、心の底から楽しみな感じはしなかった。
おそらく何年も食べていないのは本当なのだろう、どういう経緯で食べなくなったのかはわからないが、自ら希望して食べたいものではないだろう。
吉澤さんが鉄板で牛肉を焼き始めた。
塩、コショウのふりかたはプロさながらの動きだ。
「吉澤さんはすごい人ね、流石葉月のメイドさんね」
「明音さんのメイドさんはどのような方なんですか?」
葉月の問いかけに、明音は少し間を開けてから答えた。
「私にメイドはいないわ。いるのは医者と看護師。有事に備えるなら、メイドより医者と看護師でしょ」
医者や看護師とは別にメイドがいても良いのでは。そう思ったが口にしなかった。本人も分かっているだろう。その上でメイドを自分の近くにおかなかった。もしかしたら大森家の人間を避けているのかも知れない。葉月も大森家の人間だが。
「そうなんですか。今日は鉄板でステーキという非常識なお見舞いで・・・・・・その、大丈夫ですか?」
「非常識だって気付いてたんだ。葉月は天然さんなのかと思ってた」
明音の言葉から皮肉さは感じなかった。
純粋に葉月のことを天然お嬢様だと思っているようだ。
「私は天然じゃなくて、イジワルなんです。お肉、嫌いなんですよね?」
葉月の笑顔は皮肉に満ちていた。
「ふふ、なんか姉妹というより職場の先輩後輩みたい」
明音は葉月の発言に対して特に気にする様子もなく、葉月とのやり取りそのものを楽しんでいるようだ。
「なにか可笑しいですか?」
葉月は明音に対して拒絶の姿勢を見せているのに、ただ笑うだけの明音に不信感を抱いていた。
「そうね、わざわざ自分からイジワルなんて言っちゃうところとか可愛い」
「調理完了しました」
葉月がなにか言い返そうと口を開いたが、吉澤さんの調理完了報告に阻まれた。ステーキは二人分だった。
黒いステーキ用のプレートの上には牛のステーキが、にんにくのスライスと醤油ベースのソースの香りが食欲をそそる。
「美味しそう。葉月、吉澤さん、ありがとう。いただきます」
明音はナイフとフォークでステーキを一口大に切り、そのまま口に運んだ。
「食べるんですか・・・・・・」
苦手と聞いていたが、明音は普通に食べた。
普通を装ったのが演技なのか、吉澤さんが嘘をついたのか。
葉月は気になって明音に聞いた。
「お肉、嫌いだと聞いたんですが」
「お肉か魚だったら魚を食べる程度よ。ここ数年は魚を食べているの。お肉も出されれば食べるわよ?」
「はぁ・・・」
葉月は自分で吉澤さんに指示をしたとはいえ、まさか通るとは思わずに言った嫌がらせだったので悩んでいたが、杞憂に終わって力が抜けたようだ。
「葉月の気の抜け顔初めて見たわ。私の前ではずっと硬い表情だったから。可愛い」
葉月は明音に指摘されて初めて自分の表情が弛緩しているのに気がついた。
「その、ごめんなさい。本当はこんな嫌がらせなんてしよう思ってなかったんです。照れ隠しで言ったらそのまま実現したと言いますか・・・」
「いいわよいいわよ。改めてお見舞いなんて、どうしていいかわからないわよね。私も葉月に会うの、どうしていいかわからなかったから」
「そうなんですか。では、その服装は?」
「さっきも言ったけど、まずは相手と同じ格好になることで警戒心を解こうと思って。逆効果だったかしら?」
「そうですね、明音さんは清楚な服装が似合っています」
「あら嬉しいわ。警戒心が解けた証ね」
発言すれば相手の思う壺。そう思った葉月の顔は笑っていた。
「今度は私が明音さんの格好を真似して来ますね」
「ふふ、次はいつになるのかしら」
「気が向いたらにします」
「あんまり遅いと私、天国に行っちゃうからね」
「えっ・・・」
葉月の顔から表情が消えた。
「冗談よ、葉月が気が向いたらとか言うから拗ねただけよ」
「そうなんですか・・・・・・なるべく早く来ます」
まだお互いに冗談が通じないレベルで噛み合ってない二人の仲だが、それでも姉妹として、前よりも一歩前に進んでいると二人は確信していた。
もしかしたら書き直すかも知れないということでタイトルに(仮)を付けています




