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扇子言語のある世界のお話

婚約破棄と言われたが、そもそも婚約していません

作者: 雅せんす
掲載日:2024/09/02


 バリー伯爵家の次男である俺、ジェフリーは12歳の時にお見合いをした。

 相手は隣の領地のトリコット伯爵家の娘で、名をエイミーと言った。

 

 トリコット伯爵家は一人娘のエイミーが、婿を取って爵位を継ぐことになっていた。

 両親達は友人同士で、俺とエイミーは同じ年であり、年回りもちょうど良いお見合いであった。

 領地が隣ということもまた都合が良かったようだ。


 エイミーは俺と同じ年で、灰褐色の真っ直ぐの長い髪に、黒に近い紫の瞳の地味で陰気な娘だった。

 せっかく俺が話しかけてやっているのに、あ、とか、う、とかそれしか言わない。


 一方、俺は煌びやかな金の髪に翡翠のような瞳の、誰もが美しいと褒めそやす容姿をしていた。

 そんな俺の婚約者が、こんな地味な女だなんて誰がどう見ても不釣り合いとしか言えない。


 全く会話が弾まない俺達を見かねたのか、母上に庭園でも案内してあげなさいと言われた。

 俺は渋々エイミーをエスコートして、母上自慢の庭園まで来た。

 そして庭園の奥まで来て、母上達が完全に見えなくなったところでその手を振り払った。


「俺はお前なんかと婚約するなんてごめんだ」

「あ」

「お前、さっきから全然まともにしゃべらなくて気持ち悪い」

 エイミーは誤魔化すように扇子を振った。


 俺はそのままズンズンと庭園を進んだ。

 後ろからパタパタと走って俺を追いかけるエイミーの足音がするが、そんなものは気にしないで歩いた。


「キャッ」

 悲鳴と共にズデッと転ぶ音がした。

 案の定、エイミーが転んでいた。

 その鈍臭い姿に余計イライラする。


「あてつけ?」

 俺はそのままイライラと進んだ。

 本当に、その存在全てに苛つく。

 絶対こんなのが婚約者なんて嫌だ。


「あら?ジェフ、エイミー様は?」

 いつの間にか、母上達がいるお茶会の場まで戻っていたようだ。

 しまった、あいつのせいで怒られる。


「えっと、その、エイミー様はもう少し花を見ていたいそうなので……。そう、母上達が遅いのを心配しないよう伝えに来ました。すぐにエスコートに戻ります」

「そうなの?庭園はわかりづらいわ。早く戻ってあげなさい」


 よし、何とか誤魔化せたようだ。

 あとは、あいつに口裏を合わせるように言っておけば大丈夫だろう。


 そう思った時、3つ下の弟のアルストリアがエイミーをエスコートして来た。

 とっさにまずいと思ったが、口下手な弟のことだ。

 知らない人がいる前でしゃべりはしないだろう。


「あら、アルスがエイミー様を連れて来てくれたのね」

 案の定、アルストリアは余計なことはしゃべらずコクリとだけ頷いた。


「アルスはお部屋に戻ってらっしゃい。さあ、エイミー様、ジェフの隣にどうぞお座りになって」

 エイミーは暑かったのか扇子を振ってから、小さく「はい」と答えて俺の隣に座った。


 陰気なエイミーが俺の隣に座ったので、思わず不快げに顔を顰めてしまった。

 母上と目が合って、慌てて顔を取り繕った。

 

「ねえ、エイミー様。ジェフは同じ年だし結婚相手にちょうど良いかと思うんだけどどうかしら?」

「……ありがたいお話です」

 エイミーは虫でもいたのか、扇子をキレッキレに動かしていた。


「そう。わかりました。ジェフもいいわね?」

 母上が大きく頷いて俺を見た。

「……はい」

 俺は不貞腐れて答えた。

「では、また後日改めて話し合いましょう」


 こうして、俺達のお見合いは成立してしまった。


   ◆


 それから、婚約者になったエイミーはしょっちゅう家に遊びに来るようになった。

 俺は煩わしく思い無視したが、よほど俺のことが気に入ったのか気にせずにやって来た。


 しょうがないからしゃべってやっても、エイミーは「えっと」だの「あの」だの全く会話が弾まなかった。

 場を持たすように、エイミーが扇子を振るのがまた腹立たしかった。


 俺は相手をするのにうんざりして、アルスにエイミーを押し付けて逃げた。

 どうせ、母上にバレる前に戻れば大丈夫だ。

 あの2人は寡黙で、余計なことを言わないと知っていた。



 そんな一年を過ごし、とうとう俺達はユガンタ学園に入学した。

 俺は、エイミーが婚約者だとは誰にも言わなかった。

 こんな陰気で地味な女が婚約者だなんて、恥ずかしくて言えるわけがない。


 エイミーもそれはわきまえているようで、俺が婚約者ということは誰にも話さなかった。

 そして、俺はこの学園で運命の出会いをした。


 ルイーゼ・モンモ伯爵令嬢。

 蜂蜜色のフワフワの髪の、煌めくようなピンクの大きな瞳の女の子だった。

 表情豊かで可愛らしいルイーゼに、俺は夢中になった。


 ルイーゼは俺と仲良くなると、その複雑な生い立ちを涙ながらに話してくれた。


 ルイーゼの母とモンモ伯爵は愛し合っていたが、気の毒なことに、横恋慕した前妻にその仲を引き裂かれたのだそうだ。

 そして前妻が病で亡くなり、モンモ伯爵はすぐさま二人を引き取った。それをおもしろく思わない3つ上の異母姉に、辛く当たられているというのだ。


 学園では、年の最後にダンスパーティーがあった。

 本来であったら、婚約者であるエイミーをエスコートするべきだろう。

 しかし、俺はいつもルイーゼをエスコートした。

 ドレスも俺がプレゼントした。


 家から将来のためにと、まとまった金をもらっていた。

 この金を使ってエイミーと出かけたり、プレゼントを贈れということだろう。


 もちろん、俺はルイーゼのために遣った。

 俺の瞳の翡翠色のドレスは、ルイーゼの綺麗な鎖骨と胸元を見せるデザインでよく似合っていた。


 エイミーは、いつも自分で用意した自身の瞳と同じ紫色のドレスを着て、料理を食べてすぐに帰って行った。

 だが、俺は気にしなかった。

 よくわきまえたエイミーは、文句も言わなかった。

 

 どうせ、卒業したらエイミーと結婚しなくてはならないんだ。

 それまでは愛しいルイーゼと過ごしたかった。


 

 それは、卒業を間近に控えたある日のことだった。

 ルイーゼが泣きながら俺にすがりついた。


 意地悪な異母姉に、卒業と同時に商会を営む平民に嫁がされるというのだ。

 ルイーゼの可愛らしさに、彼女の異母姉が嫉妬したせいだった。


 卒業したら、ルイーゼとは別れるつもりでいた。

 しかし、平民になど愛しいルイーゼを奪われたくはなかった。


 エイミーは、どうせ俺のことが好きでいいなりだ。

 だったら、婿入りにルイーゼを愛人として連れて行けばいいじゃないか。

 エイミーは愛する俺と結婚でき、俺は愛するルイーゼと別れずにすみ、ルイーゼは平民に嫁がなくて良くなる。

 全てが丸く収まる良い方法じゃないか!


 ルイーゼに話すと、不安そうに潤んだ瞳で俺を見つめた。

「でも、エイミーは嫌がるんじゃないの?」


 確かに、エイミーとはいえ、俺を愛するがゆえにルイーゼを連れて婿入りは嫌がるかもしれない。

 親に訴えられては厄介だ。

 この計画には、エイミーの協力が必要だった。


 そうだ!婚約破棄をすると脅せばいいんだ!

 

 そうしたら、俺と別れたくなくてルイーゼのことを認めるだろう。

 俺がそう言うと、ルイーゼが目を輝かせ抱きついた。

 


 こうして卒業式のあと、まだたくさんの生徒が残っている教室で、俺は婚約破棄を宣言したのだった。


   ◆


「エイミー・トリコット!お前との婚約を破棄する」


 ジェフリーがわたしを指差し、婚約破棄を宣言した。

 わたしは、右手で扇子を開いて左斜め45度に傾けて中指を伸ばした。


〝てめえ、何言ってんだ!?〟


(おいおい、本当に頭大丈夫か?この男?)


 婚約破棄もなにも、そもそもわたしはこの男と婚約していないが?



 わたしがこのわけのわからないことを言っている男と初めて会ったのは、12歳のときだった――。



 わたしは小さい頃から、人見知りの恥ずかしがり屋で、しゃべることが苦手な子供だった。

 特に威圧的な人は苦手で、全く言葉が出なかった。


 本当に扇子言語があってよかったと思う。

 この世界には扇子言語という、扇子の開き方、角度、添える指などで本音を伝える文化があった。

 しかも、扇子言語で伝える本音は全てが許されるのだ。

 もし、それで怒るような貴族がいたら慰謝料が発生したりして大変なことになる。

 

 コミュ障でもあるわたしには、本当にありがたい言語だ。


 さて、そんなわたしであったが、一人娘なので婿を取らなければならなかった。

 選ばれたのは、隣の領地の同じ年のジェフリーだった。


 隣の領地だし、爵位も一緒だし、同じ年だし、ほぼ決まりの婚約前提のお見合いだった。


 初めて会ったジェフリーは、確かに見た目は格好良かった。しかし、その目は明らかにわたしを下に見て馬鹿にしていて、はっきり言って第一印象は最悪だった。


 彼は、その容姿でチヤホヤされることが多かったようだ。

 金髪に翡翠の瞳の彼に比べて、わたしは灰褐色の髪に黒に近い紫の瞳の地味な容姿をしていた。 

 彼は、そんな地味なわたしとの婚約が不本意だったのだろう。


 話しかける言葉もきつく、わたしはうまく話すことができなかった。

 見かねたジェフリーのお母様が、庭園でも案内してあげなさいとおっしゃった。


 わたしは、ジェフリーと2人は嫌だった。

 しかし、もしかしたら親の前だから粋がっているだけかもしれないと思いエスコートを受けた。

 だって、お友達の弟がそうだもの。

 

 しかし、そんなことは全くなかったようだ。

 迷路のような庭園の奥までくると、その手を振り払われた。

 わたしはびっくりしてジェフリーを見ると、心底馬鹿にした目で彼はわたしを見ていた。


「俺はお前なんかと婚約するなんてごめんだ」

「あ」

 あまりに威圧的なその物言いに、わたしは言葉に詰まった。


 代わりに右手で扇子をガッと開いて下に向けてピッと薬指を伸ばした。

〝ドン引き〜〟


「お前、さっきから全然まともにしゃべらなくて気持ち悪い」

(あ゙!?初対面の女の子にこんな態度を取るお前もな!?)


 わたしは今度は左手で扇子を半開きにして、下から上に力一杯気持ちをこめて振った。

〝きも!!〟


 ジェフリーは言うだけ言うと、わたしを置いてズンズン歩いて行く。

(は!?こんな広い庭園に置いてくって、本気で正気を疑うんだが!?)


 わたしは慌てて、ジェフリーを追いかけた。

 しかし、お見合いに履いてきた慣れないヒールにわたしは転んでしまった。


「あてつけ?」

 彼はそれだけ言って、行ってしまった。

 わたしは唖然とその背中を見送った。

 

(いやいや、この人はない!)

 転んだわたしを心配することもなく、置き去りって!?

 絶対こんなのが婚約者なんて嫌だ。


 それにしても、出口はどっちだ!?

(あのクソ野郎!絶対許すまじ!)


 その時、トントンと誰かが肩を叩いた。

「あ゙!?」

 わたしは荒んだ心のまま振り返った。

 多分、メンチも切っていたかもしれない。


 今思い返してもこの出会いはない。やり直したい!


 そこには天使がいた。


 紫の艶々な髪に、翡翠の瞳の可愛らしい男の子が、わたしに睨まれて涙目でプルプル震えた。

(か、可愛い!!)


「ハッ、も、申し訳ありません」

 わたしはすぐさま謝った。

 男の子はニコリと笑ってくれて、首を横に振った。


 しばらく、わたし達の間に沈黙が流れた。

 2人で、チラチラとお互いを見つめては、口を開きかけて閉じてを繰り返した。

 わたしは、意を決して話しかけることにした。


「あの、その、……もしかして、ジェフリー様の弟君ですか?」

 確か、ジェフリーは3人兄弟だ。

「はい。あの、えと……アルストリア、です」

 男の子は小さな小さな声で、顔を赤くして名前を教えてくれた。


 どうやら彼もわたしと同様に、人見知りの恥ずかしがり屋でしゃべるのが苦手な様子だった。

 わたし達は親近感がわき、一気に仲良くなった。


 アルストリアは、エスコートして茶会の場所まで連れて行ってくれた。

 ジェフリーとは違って、優しく丁寧なエスコートにわたしはドキドキした。


「あら、アルスがエイミー様を連れて来てくれたのね」

 アルストリアがコクリと頷いた。


「アルスはお部屋に戻ってらっしゃい。さあ、エイミー様、ジェフの隣にどうぞお座りになって」


 わたしはこのままアルストリアと別れたくなかった。

 彼に向けて、右手で扇子を開いて、心を込めて左胸に当てた。

〝あなたが気になってます〟

 手が震え、扇子が小刻みに揺れる。

 わたしの精一杯の勇気だ。


 アルストリアは、ポッと顔を赤らめると嬉しそうにはにかみ頷いた。

 わたしは心の中でガッツポーズをした。

 屋敷の方に去って行くアルストリアの小さな背中を熱く見つめた。


 そして、わたしを置いて行きやがったジェフリーを見た。

(こんな奴の隣なんてなぁ)


 わたしは左手で扇子を開くとバサリと下からスナップを利かせて振った。

〝不快〜〟


「……はい」

 わたしは返事をして、渋々ジェフリーの隣に座った。

 ジェフリーのお母様とわたしのお母様の視線が、わたしの隣に座る彼にいった。

 それに気づかず、ジェフリーは不快げに顔を歪めてわたしを見ていた。

 お母様達の視線に気づいて、表情を取り繕ったようだがもう遅い。

 

「ねえ、エイミー様。ジェフは同じ年だし結婚相手にちょうど良いかと思うんだけど、どうかしら?」

 わたしの答えはもうわかっているだろうが、ジェフリーのお母様は、最後の確認にわたしに尋ねた。


「……ありがたいお話です」

 表向きには当たり障りなく答えた。

 が、わたしはキレッキレに扇子を振った。


 右手で扇子を開いて真っ直ぐ立て、そのまま下に向けてテイッと突き出した。

〝断固拒否!〟


 そして、閉じた扇子の軸をピッと上にした。

〝マジ勘弁!無理!〟


「そう。わかりました。ジェフもいいわね?」

「……はい」

 ジェフリーのお母様は、アルストリアが去った方を見て頷いた。

「では、また後日改めて話し合いましょう」


 こうして、わたしとジェフリーのお見合いは綺麗に無くなった。

 

 領地に帰る馬車の中で、わたしはお母様にアルストリアのことを伝えた。

 絶対に彼と婚約したかった。


 そう思ったのはわたしだけではなかったようで、すぐに今度はうちの領地でアルストリアとのお見合いが組まれた。

 わたし達の婚約はスピーディーに結ばれた。


 

 わたしはアルストリアに会いたくて頻繁に彼の領地へ遊びにいった。

 もちろん、彼もよくわたしの領地へ遊びに来てくれた。


 彼の領地へ遊びに行くと、ジェフリーと顔を合わせることもあった。

 いつも不快げにわたしを見て舌打ちして、わたしが挨拶をしようとしてもさっさと行ってしまう。


 気まぐれに話しかけてくることもあるが、「しょっちゅう遊びに来るな」とか「地味女」とか意地悪を言われた。


 わたしはジェフリーが苦手なので、そのたびに口ごもってしまった。

 いつもアルストリアが申し訳なさそうに謝ってくれた。


 でも大丈夫だ。わたしは代わりに、奴にキレッキレで扇子を振っていた。


 右手で閉じた扇子を30度に傾けて右薬指をカッと立てる。

〝このクズ!〟


 また時には、左手で扇子をガッと開いて右斜め45度に傾けることもあった。

〝絶許〟



 そんな嫌な思いをすることもあったが、わたしとアルストリアはゆっくりとお互いを理解し合い、愛を育んでいった。


 そんな一年を過ごし、とうとうわたしはユガンタ学園に入学する年になった。

 これからは王都の寮に入るので、今までのように頻繁に会えなくなってしまう。

 

 アルストリアは、わたしが王都に出発する前日に会いに来てくれた。

 寂しくて泣いてしまったわたしに、アルストリアは指輪を贈ってくれた。

 アルストリアの髪の色の、アメジストの指輪だった。


 嬉しくて、わたしはまた泣いた。

 アルストリアは優しく抱きしめてくれて、わたし達は初めて口づけしたのだった。


 学園生活の3年間、その指輪はチェーンに通してずっと首から提げていた。

 わたしの大切な宝物だ。


 わたし達は、日記のように手紙を送り合った。

 会えない時間が、わたし達の愛をさらに大きく育んだように感じる。


 一方、残念ながら同じ年であり、クラスメイトにもなってしまったジェフリーだが、お互い関わることもなく過ごすことができた。

 変に突っかかって来られたら嫌だなと思っていたので、そこはひと安心だった。


 わたしは仲の良い友人もでき、楽しい学園生活を送った。


 ジェフリーの方も、恋人ができたようでわたしにわざわざ突っかかる暇もないのだろう。

 彼の場合は、学園在学中に婿入りを探すか、文官や騎士試験を受けないと、卒業と同時に平民になるようなので忙しいはずだしね。


 ただ、嫡男以外の貴族令息が必死にやっている中、勉強をしている様子もなく、騎士訓練はサボりがちでやる気もなく見えるのは気のせいだろうか?


 もしかして、平民の彼女と結婚するから気にしないとか?

 そう、ルイーゼはなぜか貴族のように振る舞っているが平民だ。


 モンモ伯爵の奥方が亡くなったと同時に、伯爵の愛人である平民の母親とルイーゼは住むところがないとか言って伯爵家に居ついてしまったのだそうだ。つまり、ただの居候だ。

 ちなみに、ルイーゼと伯爵の間に血の繋がりはない。


 お茶会でお会いしたモンモ伯爵令嬢が、あきれたように話していた。

 ルイーゼは思い込みが激しいらしく、モンモ伯爵令嬢が苦言を呈すると意地悪されたと大騒ぎし、自分は伯爵令嬢だと言いふらして困っているそうだ。


 学園では、年の最後にダンスパーティーがあった。

 残念ながら、婚約者であってもまだ学園入学前のアルストリアとは参加することができない。

 でも、アルストリアはいつも素敵な紫色のドレスとメッセージを贈ってくれた。

 紫はアルストリアの髪の色だ。


 そっと彼の独占欲を感じて、わたしはそのドレスを抱きしめ赤くなった。

(う〜!アルス、好き!)


 ダンスパーティーでは、友人と美味しい料理を食べて帰った。

 模擬社交の場だから、とりあえず雰囲気だけ味わえばオッケーだ。


 あとから聞いた噂によると、ルイーゼは娼婦のように胸元が開いた下品なドレスを着てジェフリーと悪目立ちしていたらしい。

 いちおうアルストリアの手紙を通してお義母様に知らせると、すでにジェフリーには将来のためのまとまったお金を渡して縁を切っているそうだった。


 まあ、彼はわたしには関係のない人だ。


   ◆


 と、この瞬間まで思っていた。


「おい、聞いているのか!?婚約破棄されるのが嫌だったら、ルイーゼを連れて婿入りすることを認めろ!」


 わたしはあまりの訳のわからない内容に、ポカンとしてしまった。

 しかし、周りがわたし達に注目している。

 

「え?婚約者なの?」と、囁き合う声も聞こえ出した。


 これは扇子言語で悠長に言っている場合ではない。

 後ろの方の人には、無駄にでかい声のジェフリーの言ったことが真実のように伝わってしまう。


(絶対嫌だ!)

 わたしは生まれて初めて、たくさんの人がいる前で腹の底から声を出した。


「わたしは、そもそもあなたと婚約していません!!」

 え?どういうこと?と周りがしんと静まった。

 ジェフリーとルイーゼもポカンと口を開けた。


(よし、今がチャンスだ)

 わたしはさらに畳み掛ける。

 気分は舞台俳優だ。


「ジェフリーがわたしを婚約者だと思い込んでいたとして、あなたは学園でわたしと話したことはありますか!?」

「……いや、ない」

 そうだろう。同じクラスだったというのに、ジェフリーはわたしを避けていた。


 御令嬢方が左手で開いた扇子をバッサバッサとあおいだ。

〝不快〜、不快〜、超不快〜〟


「ダンスパーティーでわたしをエスコートしたことありますか!?」

「……いや、ない」


 御令嬢方が、一斉に右手で扇子を開いて下に向け薬指を伸ばした。

 揃ってとても綺麗だ。

〝ドン引き〜!〟


「わたしに贈り物をしたことはありますか!?出かけたことは!?」

「……いや、ない」

 もうジェフリーの声は消えそうなほど小さい。


 御令嬢方は、とうとうバキリと扇子を折って床に捨てた。

〝地獄に堕ちろ〟



 しかし、追い詰められたジェフリーはバッと顔をあげた。

「じゃあ、婚約しよう!婚約破棄されたくなかったら、ルイーゼを連れて婿入りすることを認めろ!」

(はあ!?)

 ここにきて、一周回ってなぜか話が戻ってきた。


 わたしがはっきりお断りを口にしようとした時、誰かに庇うように抱きしめられた。

「は?ジェフリー、僕の婚約者に何言ってんの?」


 それはそれは低い声が教室に響いた。

 振り向くとアルストリアがいた。


 後ろには、怒り心頭のわたしの両親と、アルストリアの家族が鬼の形相でジェフリーを睨んでいた。


「ごめん、もっと早く来ればよかった」

 アルストリアが、わたしを優しく抱きしめた。

 わたしはホッと力を抜いた。


「おい、アルス!兄に向かって呼び捨てなんて失礼だろ!?」

「こんな愚かな人を兄上なんて呼びたくもない。ジェフリーはエイミーにきっぱり振られただろ?エイミーは僕の大事な婚約者だ」

 アルストリアがはっきりと告げてくれた。


「お前の婚約者だと!?だいたい、いつ俺がそいつに振られたって言うんだ。あのお見合いの時、ありがたいお話って言ってただろ!?」

(え?)

「わたし、扇子言語で〝断固拒否〟〝マジ勘弁!無理!〟と、お断りしましたが?」


 わたしが扇子言語のポーズをしてみせると、ジェフリーが純真無垢な瞳で、何それとばかりにコテリと首を傾げた。

(おいおい、マジかよ)


「お前はその年になっても、扇子言語をきちんと覚えていないのか?」

 お義父様が厳しい表情でジェフリーを見た。


「失礼な!ちゃんと覚えてますよ。でも、悪い扇子言語なんて俺は絶対言われることないんだから、覚えなくてもいいじゃないですか!」


(怖!)

 その謎の自信が怖すぎる。

 この場のみんながドン引いたのを感じた。


 貴族が扇子言語を覚えないなんて、ヒモなしのバンジージャンプ、素っ裸で戦場に行くようなものではないか。

 そんな恐ろしいこと、よくできるものだ。


「じゃあ、あなたに餞別としてまとまったお金を渡した時に〝あなたとは縁を切ります〟と扇子言語で伝えたのもわかってなかったのね?」

「へ?縁切り?あの金はエイミーに遣えってことじゃ?ルイーゼに全部遣ってもうないのに……」

(うわ〜……)

 わたしに贈り物をするのにもらったと思ったお金を、全部ルイーゼに遣っちゃったのかぁ。


 周りの御令嬢方は予備の扇子を取り出すと、右手で開いた扇子を下に向け薬指を伸ばした。

〝ドン引き〜〟


 お義母様もお義父様も、わたしに無礼をしまくったジェフリーに大変ご立腹だった。

 ジェフリーの態度のせいで、円満だった領地同士の関係が崩れる可能性だってあったのだ。

 入学までは様子を見たが、改善の余地なしと判断されジェフリーは縁を切られたそうだ。


 もちろん、同情の余地はない。


「もうあなたは平民になるのだから、扇子言語はどうでもいいわね」

 お義母様は、あっさり投げた。

 元侯爵令嬢であったお義母様は、切り捨てるのも早かった。

 お義兄様も、ほとほとあきれた視線をジェフリーに向けていた。


「何で俺が平民になるんだよ!?」

「だって、ジェフリーは婿入り先ないし、伯爵家とはもう縁を切られただろ?」

 アルストリアが答える隣で、うんうんと頷いた。

 逆に、どうしてそれで貴族のままと思うんだろう?


 やっと状況がわかったようで、ジェフリーが真っ青になった。

「え!?ジェフは平民になるの!?無理!」

 脱兎の如く逃げようとしたルイーゼの腕を、ハシッとジェフリーが掴まえた。


「見捨てるなよ」

「嫌よ、離して!」

「あんなに愛し合っただろ?」

「本当無理!」


 その場にいた御令嬢方が、一糸乱れず閉じた扇子の真ん中を右手で握り45度腕を曲げた。

〝ファイト!〟



 その後、あの2人がどうなったのかは誰も知らない。



   ◆


 それから3年後、アルストリアの卒業と同時にわたし達は結婚式を挙げた。

 

 女性陣は右手でパッと開いた扇子を高く上げ、きっちり8秒振った。

 そして、空高くに色とりどりの扇子が舞った。


〝あなたのこれからに幸多くあらんことを!〟

 



 

読んでくださり、ありがとうございました。

題名を「婚約破棄と言われたが、そもそも婚約していません」に変えました(^^)


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― 新着の感想 ―
舞い上がる『扇子』 兎に角、お幸せに。 ※(感想)なんかほっこりしたな。
扇子言語のある世界、羨ましいなああぁ! 一方で、元々クズの素質しかなかったとはいえ、未成年の息子に対して契約や書類の絡む重大な決定を扇子言語で済ませて何も伝えないってそれはそれで虐待、ネグレクトでは…
気になったこと 男性は扇子言語を(覚えるけど)使わない? 『ドン引き~』がIKKOボイスで脳内再生される罠よ…
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