19 入学
もみじは、新品の制服に意気揚々と袖を通す。家の洗濯物とは違う香りに、勝手に胸が高鳴る。
神ケ谷高校の制服は、安岡中学校の制服と同じセーラー服なのだが、色は夏服と冬服で違い、今もみじが着ている冬服用のセーラー服は紺色に赤のスカーフを巻き付けた物だった。
――スカーフ。
もみじは無意識にあの白のスカーフを身につけた可愛い女の子を思い出す。
卒業式以降、浅賀とは会っていない。
頭がよく、人当たりも良い浅賀が落ちているとは到底思えないので問題なく合格しているだろうが、それよりも合格発表の日に彼と一緒に居たあの女の子はどうだったのだろうか。
そんな疑問がもみじの頭を支配していた。
◇
「――であるからして、今日この日をもって君たちは我が神ケ谷高校の一員となり、勉学に部活動に、それぞれ励んでもらいたいです。そして――」
入学式には校長先生の長話はお約束の展開であるのだが、正直、もみじの頭にはそれら一切が全く入ってこなかった。
別に、校長先生の話が面白くないからではない。
……いや、それも少しはあるのかも。
しかし、それよりも右隣に座っている女の子の方が問題だった。
綺麗な髪は以前あった時よりも短くカットされており、横顔は彼女の綺麗な鼻筋をより際立たせる。
もみじと同じくらいか、少し低い身長だが、すらっと長い脚とぴんと伸びた背筋によって、そこにいるだけで圧倒されるほどの美しさを放っていた。
どうやら見事に合格していたようで、今はもみじの隣に座っている。
この入学式の列はクラスの出席番号順に並んでいるという事なので、彼女とは同じクラスで出席番号も隣という事になる。
ちなみに、彼女を挟んで向こう側には一華の姿があり、一華とも同じクラスになれたようで、もみじは内心ほっとしていた。
ただ、もう一つ気になることも。それは、もみじの左隣に座っている大柄な男子生徒だ。
――非常にデカい。
以前、浅賀にも同じような感想を持ったが、それよりも左横に座っている男子の方が大きい気がする。線が太く坊主頭の彼は、180センチを軽く超える身長がありそうだった。
それにしても、どこかで見たことがあるような、そんな気がする。
もみじは両隣に座る二人のことが気になって、校長先生の挨拶の言葉は一切頭に入らなかった。
◇
1年2組の教室に入ると、見知った顔が一つあった。
それは、隣を歩いている一華の彼氏であり、野球部のお調子者でもある藤田だ。
藤田は、興奮した顔でもみじ達を手招きして呼び寄せた後、教室の前方を指さす。
「――ヤバい、あれって杉浦だろ?」
「杉浦?」
もみじは聞き覚えのない名前に、首を傾ける。
すると、藤田は少し呆れたような顔でもみじを見た。
「……杉浦亮二だぞ! 浅賀と同じ橘シニアの、浅賀とずっとバッテリーを組んでたキャッチャー」
「あー! だからどこかで見た気がしたんだ」
もみじは以前見せてもらった雑誌の一頁を思い出す。
確か、完全試合達成の瞬間に浅賀と抱き合っていた大柄の選手がいたはずだ。
ちらっと杉浦の方を見る。すると、例の女子と話している彼の姿がもみじの目に映る。
「……あの二人も知り合いだったんだ」
もみじの呟きをかき消すように、チャイムが鳴り響く。前の黒板には出席番号で席が指定されており、もみじ達はその番号を確認して自分の席に座る。もみじの前の席には、例の女子が座っており、後ろの席には杉浦亮二が座っていた。
チャイムが鳴って数分後に担任の先生が教室に入ってくる。最初に担任の先生が自己紹介をし、その流れで出席番号順に自己紹介をするという運びになった。
どんどんと順番が迫り、ちょうど今、後藤一華の自己紹介が終わったところで前の席の女子が席を立つ。
「才賀悠里です! 中学は東京の学校で、友達が少ないので気軽に声をかけてくれると嬉しいです。趣味はスポーツ観戦で、部活動はチアリーディング部に入ろうと思ってます! よろしくお願いします!」
男子の目は彼女に釘付けだった。いや、男子だけでなく女子からも羨望のまなざしが向けられていただろう。
才賀悠里の自己紹介が終わって、四方から拍手が届く。全員の自己紹介の後に拍手は起こっていたのだが、彼女の時の拍手は心なしか大きく聞こえた。
そんな拍手が鳴りやむのを待って、もみじは立ち上がる。
「齋藤もみじです。安岡中学校出身です。部活動は……野球部に入ろうと思ってます。よろしくお願いします」
疎らな拍手は、「これで終わりか?」という疑問を含んでした。確かに、もみじの自己紹介は必要最低限の情報しか述べられておらず、担任の先生も微妙な表情を浮かべている。しかし、もみじからすればどうでもいい事だった。
もみじが勢いよく席に着くと、後方から誰かが立ち上がる音が聞こえる。
「杉浦亮二です! 俺も中学は東京だったので、あんまり友達がいません。知り合いも、他のクラスに一人いるくらいで、仲良くしてくれると嬉しいです。あ、部活動は野球部です。よろしく!」
非常にに大きな声。
その声の主はキラキラとした笑顔を浮かべており、前のもみじの自己紹介とは対照的でやる気に満ちた自己紹介だった。その後にも色々な人が自己紹介をしていたが、彼以上の大声はなかったはずだ。
ちなみに、このクラスには野球部に入る者は、もみじと藤田、そして杉浦以外にはいなかった。
◇
入学式と少しの学級活動を終えて、今日の学校は一瞬で終わった。
終わった瞬間に、杉浦は急いで教室を出て行き、才賀は周りの女子と楽しそうに会話を始めた。
もみじと一華は素早く配布されたプリントを荷物の中に入れて、一緒に教室を出る。藤田も一緒かと思ったのだが、気付いた時には既に教室にはいなかったため、一華と二人で下駄箱へと向かっていた。
「……そういえば、一華は書道部に入るんだね」
自己紹介の時、一華は「書道部」に入るつもりだという事を話していた。一華は中学時代は何の部活動にも所属しておらず、高校もそうなのだろうと勝手に思っていたもみじからすると、彼女が書道部に入るというのは意外だった。
一華は、少し微笑んで口を開く。
「うん。高校生にもなったし、何か部活動はしておこうかな~って。もみじは今日から部活だもんね」
「……って言っても、私は女だから、練習に参加できるかも分からないけど」
もみじは冗談半分、そして半分の不安を抱きながらそう嘯く。
実のところを言うと、神ケ谷高校の監督とは一度話したことがある。
しかし、その時に勧められたのは「桜坂女子高」への進学だった。おそらく、中学の監督を介して、もみじが進路に悩んでいることを聞いたのだろうが、高校野球では女子の公式戦への参加は認められていないという理由を伝えられていた。
結果的に、もみじは彼の忠告を無視する形でこの学校へと進学してきた。そのため、もしかしたら練習への参加を断られるのではないかという不安がもみじの心の中に渦巻いていた。
しかし、一華はそんなもみじの心の渦を落ち着かせるように、変わらない笑顔を浮かべていた。
「そっか~。まぁ、もみじなら大丈夫だよ!」
一華の全く根拠のない言葉が、何故かもみじの心を落ち着かせる。
何となく、大丈夫な気がしてしまうから、本当に不思議なものだ。
もみじは小さく頷いた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回から高校編です!
楽しんでいただけるように、精一杯書かせてもらいます!




