12 勉強
「──神ケ谷に決めた!?」
藤田が朝から大きな声でそう言う。その声は教室内に響き渡った。彼が大きな声をあげた理由は簡単で、もみじが神ケ谷高校を受験することを今伝えたからだ。
もみじの反応から、女子野球のある桜坂女子高へ進学するものだと思っていた藤田からすると、もみじのこの決断は寝耳に水だった。
「あんなに悩んでたのに。どうして神ケ谷に?」
藤田はそう尋ねる。当然の質問と言えるこの質問だったが、もみじは即答できないでいた。
浅賀が甲子園に行くと宣言したから、甲子園という夢舞台への想いが増したなど言えるはずがなかったのだ。
もみじが少し険しい表情を浮かべているその時、タイミングがいいのか悪いのか、一番今会いたくない一人の男子生徒が教室に入ってくる。その男子生徒はもみじ達を見つけて笑顔で手を振る。
「おはよう」
「おう浅賀、おはよう!」
浅賀旺士郎。
先日、甲子園に連れていくと約束した男子生徒だ。彼は何もなかったかのように涼しい顔で荷物を教室後方にあるロッカーに置くと、もみじ達が話している隣の席に座る。まぁ、そこが彼の席なので仕方がないのだが。
話は終わっていなかったようで、挨拶を終えた藤田の視線が再度もみじの方へ向く。これは答えるしかない状況だ。
「……別に、甲子園に行きたいって思っただけよ」
もみじは藤田から視線を外しながらそう言う。藤田はもみじの表情を伺いながら、「ふーん」と何かを詮索するように呟く。
普段はお茶らけているのに、こういう時の藤田は勘がいい。
「まぁ、私は嬉しいけどね~。もみじと同じ学校に行けるの」
「そうだな。」
もみじと藤田の会話を聞きつけて、一華と石垣が会話に交ざる。一華は嬉しそうな、そしてほっとしたような表情でもみじの決断を称賛する。彼女のなかでも、おそらく女子野球へ進むのではないかという予想があったのだろう。
「よかったな。な、いしがき~?」
「なっ、お前っ!」
藤田は何か含んだような笑顔で石垣に向かってそう言う。石垣は藤田の言葉を受けて、顔を真っ赤にさせて藤田に詰め寄る。
もみじはその光景を見て、バッテリーを組んでいた石垣が相当自分の進路について心配してくれていたのだと見当違いな思いを抱く。
もみじの決断は概ね好意的に受け入れられていた。しかし、浅賀の一言で場が凍りつく。
「──そう言えば、勉強の方は大丈夫なの?」
「「「………」」」
さっきまであんなに盛り上がっていた3人が一気に静かになる。
「大丈夫よ! これからちゃんと勉強するし……」
そう言ってもみじは強がって見せる。しかし、現実はそう甘くない。
「あ゛~! もうっ!!」
もみじは参考書に自分の顔を埋める。数学の初歩的な問題だが、もみじからすればかなり難しい問題であった。
「お姉ちゃん、うるさーい」
一緒にリビングで勉強していた双葉がそうなじる。双葉はもみじの妹だが、それなりに地頭がいい。問題もするする解いており、もみじとは対照的だった。
「この問題が難しいのが悪いのよ。仕方ないでしょ!」
そう言ってもみじは問題集を睨みつける。睨みつけても答えなどではしないのだが、そうするしか他にこのイライラを解消することはできなかった。
「──もう、ちゃんと勉強しなかった自分が悪いんでしょう?」
「それは……そうだけど」
お茶を持ってきてくれた佐恵子がもみじの今までの学習態度に苦言を呈す。その言葉に、もみじは強く否定ができない。
今まで野球ばかりで勉強など一切していない。赤点を取るほどではないのだが、それに近い点数を常に取っていた。
「まぁ、しっかり勉強しなさい。一人だけ落ちちゃったら恥ずかしいわよ?」
そう言って佐恵子は悪戯に笑う。こうして、もみじの受験勉強が始まるのだった。
放課後の図書室。もみじは参考書を開いていた。もみじの向かいには親友の後藤一華が座っており、もみじの参考書にしるしをつけながら勉強を教えている。
「──ここはこの公式に代入して、次にこれとこれをひっくり返すの」
「え、これ? あれ、これでいいんだっけ?」
真剣に教える一華だったが、流石に表情が引きつり始める。
「……もみじ、本当に大丈夫?」
その表情は絶望が色濃く映し出されていた。彼女の表情から、もみじの現在の学力の悲惨さがひしひしと伝わってくる。
もみじは彼女の今の表情と母親の表情とを脳内で照合する。……うん、一緒だ。
「一華までそう言う。……まだ時間はあるし大丈夫!」
もみじは謎の自信を口ずさみながら拳を握る。やる気はあるのだが、如何せん今までの学習態度に問題があり、基礎がほとんどできていない。一華はもみじの謎な自信にため息が出る。
「……というか、あいつは大丈夫なのかな?」
自分のことを棚に上げて、もみじはそう呟く。もみじが「あいつ」という呼び方をするのはただ一人なので、一華はすぐにその人物に見当がつく。
「浅賀君は勉強できるって噂だよ~。もしかして知らなかった?」
浅賀の学力が高いのは相当噂になっていた。当然もみじも知っているものだと思っていた一華だったのだが、当のもみじは意外そうな表情を浮かべる。おそらく同志だと勝手に思っていたのだろう。
「はぁ……。神様なんていないってことか」
「はいはい、無駄口言ってないで手うごかしな~。勉強頑張るんでしょ?」
もみじの呟きを軽く受け流しながら、一華は次の参考書をもみじの前に広げる。もみじの集中力を切らさないように、短時間で勉強する教科を変えるのだ。さっきまではもみじが一番苦手としている数学だったが、次は比較的得意な社会だ。
「……よし! 頑張りますか」
もみじは手放していたシャーペンを握り直し、参考書に向き合うのだった。
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