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11 決意




 未だ残暑が残る9月中旬だが、朝はそれなりに過ごしやすくなった。8月の猛暑日では、少し外に出るだけで汗が出るほど気温は高かったが、今の季節の朝方は10分くらい外を歩いていても汗をかくことはなかった。


 夏休み中、自堕落な生活を送っていたもみじだったが、学校が始まって少し経ったことで徐々に規則正しい生活に戻ってきていた。しかし、朝はやはり苦手で未だ脳の半分くらいは活動していなかった。


 教室に入ると、普段以上の熱気が場を包んでいた。もみじは手で顔を仰ぎながら自分の席に向かう。すると、自分の席の近くに人だかりができていることに気が付き、その場に立ち尽くす。その様子を見た一華がもみじに近づいて来る。


「おはよう~」

「おはよう……」


 いつもの様に明るい挨拶をする一華に対して、もみじの挨拶は暗い。普段も似たような物ではあるが、今日の挨拶はその普段を軽く凌駕していた。


 もみじの視線は集団に釘付けだ。見たところ女子が異常に多い気がする。

 

「……何、あの集まり」

「なんか、浅賀君が神ケ谷高校に進学するって話を聞きつけて、女の子たちが群がってるみたいだよ~」


 一華の返答に、もみじは小さく体を反応させる。先日、もみじは浅賀に対して神ケ谷高校への進学を勧めた。彼らならば、県内最強と名高い「縞黒高校」への進学も可能だっただろう。おそらく声もかかっていたはずだ。


 にもかかわらず、浅賀は神ケ谷高校への進学を決意したのだ。おそらく、もみじのせいで。


「理由はなんて言ってた?」


 もみじは小さな声でそう尋ねる。視線は集団から外れない。

 流石に一華も少し訝し気な表情を浮かべてもみじの顔色を伺う素振りを見せるが、少し間を置いてから話し始める。


「確か、近いからとかそんな理由で言ってた気がする」

「……ふーん」


 一華の答えに、もみじはようやく視線を集団から外す。そしてトイレに行くために一旦教室を出ていった。


 もみじがトイレから帰って来た時には集団の人数も減っていた。ようやく席に座れると、もみじは鞄を持って席に向かう。


「齋藤さん、おはよう」


 自分の席に向かって歩いているもみじに、浅賀は挨拶をする。もみじの席は浅賀の隣なので、無視するわけにはいかない。


「……おはよう」


 もみじは視線を合わせることなく、小さな声で挨拶を返す。はたから見れば失礼な態度であろうが、今はそうするしかなかった。

 







 今日最後の授業の終わりを知らせるチャイムが教室に鳴り響く。安岡中学は昼休みが終わった後に掃除を行うため、最後の授業が終わると「終学活」という学級活動の時間がある。学級活動といっても、配布物が配られたり連絡事項を告げられるだけのものであり、5分から10分もせずに終わる。


 終学活が終わるとその場で解散となる。

 2年までは部活動に属している者は部活に向かうが、3年の9月ともなると部活動に向かう者はいない。皆が同じように帰路につく。


 しかし、今日は少し違った。それは、委員会の集まりがあるからだ。


 一華は学級委員をしており、石垣は美化委員。藤田は一華を待つために図書室で時間を潰すらしい。

 いつもは大体この4人で帰るのだが、今日は一人で帰ることになったのだ。いや、一人ではないか……。


「ねぇ、ほんとに神ケ谷に決めたの?」


 もみじは少し前を歩く男子生徒に声をかける。すると、端正な顔たちの美青年が振り向く。そして、首を傾けて怪訝な表情を浮かべる。


「……齋藤さんがそうした方がいいって言ったんでしょ?」


 美青年である浅賀は当然の様にそう答える。確かに、先日もみじは彼にそう勧めた。そしてその場で彼は了承していた。しかし、どこか現実離れしていたのと、本当にそれでいいのかという疑問がもみじの中にあった。


「そう言う齋藤さんは決めたの?」


 黙って歩くもみじに、浅賀はそう尋ねる。


「私は――」


 もみじは瞬時に思考を巡らせる。そして、考えを放棄した。


「……ねぇ、ちょっと付き合って」

「――え?」


 戸惑う浅賀の手を引いて、もみじは歩みを早める。浅賀は少し戸惑っていた様子だったが、素直にもみじの歩くスピードに自分の歩みを合わせた。






「――付き合ってって、ここ?」

「そう、ちょっとむしゃくしゃするから」


 たどり着いたのは岡村バッティングセンターだった。もみじがよく気晴らしにやってくる場所である。しかし、何も言わずにつれられてきた浅賀は少し難色を示す。


「一人で行けばいいじゃん」

「お小遣い。前に打ち過ぎて使い切っちゃったの!」

「……つまり、お金を貸せと?」


 もみじは黙っている。正直、ここに向かっている途中で自分のお小遣いが無い事に気が付いた。しかし、「付き合って」といった手前、もう引き返せなかったのだ。


 黙り込むもみじを見て、浅賀は小さなため息をつく。


「……分かったよ。今回だけ特別な」


 そう言って眉を八の字にして優しく笑う。浅賀が良い奴なのは知っているが、もみじは何故か素直にそれを受け入れられないでいた。






 中に入ると、いつもの様に受付には充子が座っていた。そして、もみじ達に気が付くと少し首を傾ける。


「……あら? 二人とも仲いいの?」


 充子はもみじ達にそう尋ねる。その言葉にもみじは少し引っかかる。


「……二人とも?」

「この間ぶりです。また来ました」


 引っかかるもみじとは裏腹に、浅賀は丁寧なあいさつを充子にする。言葉遣いも丁寧で、よくできた若者という雰囲気を醸し出している。


 別に浅賀の事は嫌いではないが、何かあるごとにもみじの中で引っかかりを覚える。


「そう、今日も打つのかい?」

「いえ、今日は齋藤さんの付き合いですから」

「……あらそうなの」


 もみじをのけ者にして二人だけで会話が続く。ストレス発散の為に来たのに、その事に対してストレスを感じ始めていた。


 もみじの表情から不機嫌さを感じ取ったのか、充子は「ちょっと待ってて」と一言いって去っていく。おそらく、いつもの様にマシンをいじりに行ってくれたのだろう。


「はい、これ」


 そう言って浅賀は財布から千円札を取り出してもみじに渡す。


「……ありがとう」

「いいよ、別に。むしゃくしゃした時くらいさ」


 そう言って優しく笑う。なぜかその笑顔をどこかで見たことがある気がした。それはもう、ずっと前に。









 千円分を打ち終えて、もみじ達はまた帰路に立つ。時間にすると20分程度しか経っていないはずだが、何故かもっと長い時間一緒にいた気分だった。


 もみじは黙って隣を歩く青年を見上げる。なぜか、その光景に違和感を覚える。石垣や藤田とは違う誰かとその姿がかぶった気がした。


 だからだろうか、もみじは口を開く。


「ねぇ、あんたは甲子園に行けると思う?」


 もみじは唐突にそう尋ねる。


 二人の足は止まり、視線が交差する。しかし、浅賀は何も言わずにもみじを見ていた。何となく、もみじの言葉が終わっていないことを察したのだろう。


「……神ケ谷高校って、もう何十年も前だけど一度だけ甲子園に出たことがあるの。私たちが生まれる前の話だけどね」


 神ケ谷高校は一度だけ甲子園に出場している。それはもう随分前の事で、その時はものすごく盛り上がったらしい。


 少人数の部員で、たった一度だけの甲子園。そんな話を昔から聞いてきた。そして、いつも夏になると期待するのだ。そんな簡単な話ではないとは知っているが、毎年期待しているのだ。


「私は神ケ谷高校が甲子園に行くところをもう一度見たいんだ。出来れば自分の手で叶えられると最高だけど……」


 もみじは俯く。


 自分が男だったら、迷うことなく神ケ谷高校に進学する。そして、自分の力でその光景を見て、自分の力でこの町を盛り上げられる。


 しかし、そうはいかない。もみじが女子で、高校野球では公式戦に出ることすらできないからだ。


 ただ、その夢は消えない。いつか聞いたあの光景を見てみたいという、その夢は。


「――ねぇ、神ケ谷高校を甲子園に連れていける?」


 もみじは浅賀にそう尋ねる。それはもう質問ではなく願いだった。浅賀は一度長い瞬きをする。そして、大きな瞳でもみじを見据える。


「……うん、約束するよ」


 浅賀はもみじにそう言う。初めて言われたはずの言葉なのに、もみじの心にその言葉は強く響きわたる。どこか懐かしいそんな言葉を聞き、もみじは決意するのだった。


「……私、神ケ谷に進学する」


 もみじの決意は傾いた空に消えていく。しかし、もみじの決意は揺るがなく、甲子園という大舞台を見据えていた。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


ブックマーク登録、評価ポイントを頂けると嬉しいです。マイペースではありますが、これからも投稿していきますので、どうぞよろしくお願いします<(_ _)>

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