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10 とある一日



『しろう! いっしょに甲子園いこう! ぜったい!』

『……うん、約束するよ』


 ピピピピピ――……


 目覚まし時計の音が部屋に鳴り響く。浅賀旺士郎はまだ少し眠たい目をこすりながら、目覚まし時計を手に取る。時刻は6:00。未だ目覚まし時計の音は鳴り響く。


 夢を見た。本当に久しぶりに。


 それはもう7年も前の、遠い昔の記憶だった。彼は顔に擦り傷を作って、頬に絆創膏を張っている少年であり、日焼けして真っ赤になった肌の少年。そして、名前は知らないけど、この地で仲良くなった少年。


 偶にこの場面が夢に出てくる。どこで約束したのか、誰と約束したのかはっきりとは覚えていない。でも、この約束があったから野球を続けてこられた気がした。


 ようやく目覚ましを止めて、浅賀はジャージに着替える。そして、部屋のカギだけを持って扉の方に歩き出す。


 いつもの日課をこなすためだ。





 ここは本当に田舎だ。


 浅賀の住むマンションは6階建てだが、ここらではこのマンションが一番大きな建物になっている。付近には小学校と中学校が一つずつあるだけ。コンビニも中学校の近くの一つだけ。この前、同級生に連れて行ってもらったご飯屋さんは看板すら出していなかった。


 本当に田舎だ。


 浅賀はここに来てからの日課であったランニングをする。まだ6時を少し越えたところで、車が通ることはほとんどない。マンションを出て、田んぼと河川敷の間にあるあぜ道を走り始めると交番に行きつく。そこからしっかりと整えられた道を進む。整えられた道と行っても、車道は2車線だけの道だ。


 その道を進んでいくと小さなコンビニが見えてくる。コンビニと言っても24時間経営しているわけでは無く、営業は7時かららしい。


 コンビニを越えて進んでいくと、民家が建ち並ぶ区間を過ぎ去り、両側に田んぼしかないような道が広がっている。どこまで進んでも同じような景色が広がっている。


 さらに進むと「三田村」という文字の書いたバス停が見える。ここまで20分くらいだ。浅賀はいつもの様にそのバス停で折り返して元来た道を戻っていく。


 これが普段のランニングコースだ。



 帰り道では数人のご老人とすれ違った。「頑張りゆうねぇ」と優しく声をかけてくれる。浅賀はこの地の温かい人情がとても大好きだった。


「あれ? 浅賀じゃんか」

「あ、藤田」


 帰り道コンビニの近くで藤田に会った。藤田は家の前で箒を持って掃除をしていた。彼は意外と真面目なのだ。


「ランニングか? 流石だな」


 そう言って藤田は浅賀を褒め称える。日課になっているため義務感など全くないのだが、こうして褒められると嬉しく感じる。すると、何かを思い出したように「ちょっと持ってろ」といって藤田は家の中に入っていく。


 少し古いけど、雰囲気のある家だ。木造建築で瓦の屋根。塀もコンクリートではなく、大きさの不揃いな石を積み上げたものだった。


 1分も経たずに藤田は戻ってきた。そして、手に持っていたスポーツドリンクをこちらに投げる。


「この前約束したジュースな!」


 そう言ってニコッと笑う。なるほど、これが彼女持ちという要因なのだろう。






 マンションに帰って、シャワーを浴びる。ひと汗かいた後のシャワーは気持ちが良かった。


 朝ご飯をちゃちゃっと済ませて、学生服に着替える。9月になったが、まだまだ気温は高い。学ランを着るのは1か月は先になりそうだ。


 8時前にマンションを出る。


 中学校まで歩いて10分くらい。自転車通学も許可されているが、基本的にはみな歩いて登校しているようだった。


 早朝とは違い、浅賀と同じ中学生や私服で登校する小学生などが集団になって歩いている。何人かの少年が浅賀に話しかけてくる。確か、少年野球部の子供たちだったはずだ。


 浅賀は彼らと話しながら道を歩いていく。コンビニのあたりで中学校と小学校へ進む道が分かれる。少年たちは「またね~!!」と大きく手を振っていた。





「あ、浅賀くん。おはよう!!」

「おはよう」


 正門前で1人の女子生徒が声をかけてくる。クラスメイトだから名前くらいは覚えている。しかし、彼女は挨拶だけして走り去っていく。少し頬を赤らめながら。


「浅賀先輩おはようございます!!」

「おはよう」


 下駄箱のあたりで、また女子生徒に話しかけられた。次は2、3人の集団だった。浅賀が返事をすると、彼女たちは「キャー!!」と黄色い声を上げて立ち去っていく。浅賀は慣れた様子で下駄箱から上履きを取り出して履き替える。すると、そこには一通の手紙があった。

 これもいつもの事だった。


「浅賀~! おはよう!!」

「……おはよう」


 元気よく声をかけてきたのは藤田だった。しかし、浅賀は疲れた様子で返事をする。顔には笑顔があったが、目がそう訴えていた。


「……モテるのも大変だな」


 藤田はそう呟く。そうこうしている間にも、浅賀の周りには人が沢山訪れていた。





 浅賀は勉強ができる。


 浅賀が元々通っていたのは東京の私立中学校だった。そこは超進学校へ進学する者たちがしのぎを削る場所であり、浅賀はその中でも常に上位に食い込むレベルだった。


 当然、中学の範囲は学習済みであり、高校の学習もそれなりに学んでいる。つまり、公立中の勉強など授業を受けなくても大丈夫なのだ。


 ただ、浅賀は真面目に授業に取り組んでいた。そのため、先生たちは浅賀を「神」と称えていた。






 放課後になると、浅賀は野球部に顔を出すために大きなバッグを背負ってグラウンドへ向かう。いつもこんな大きなバッグを背負って行くわけではないが、今日は特別だ。


「これ、部で使ってください」


 そう言って、浅賀はシニア在籍時に使っていたグラブやスパイクをバッグから取り出す。浅賀レベルになると、グラブやスパイクなどの用具はメーカーから与えられる。そのため、不必要に用具が増えていくのだ。


 後輩たちは、浅賀のバッグから出てくる野球用具を見て目を輝かせる。大手メーカーの中でも、かなり質のいい物がたくさん出てくる。これを使えると思うと、俄然やる気が出てくる。


「ありがとうございます!」


 野球部員一同、浅賀に頭を下げる。浅賀は小さく手を上げてそれに応える。






 野球部の練習に少し顔を出した後、浅賀はとある場所に向かう。そこは甲高い金属音とゴムが擦れた時に出る独特な匂いが特徴的な場所だった。


 浅賀が建物に入ると、一人のおばさんが浅賀を見つける。そして、どこか懐かしそうな表情を浮かべながら浅賀の方に近づいて来る。


「……あらあら、確か神崎さん家の」

「はい、祖母がお世話になっています」


 神崎とは母の旧姓であり、浅賀の祖母と充子は仲がいい。そのため、浅賀がここに来るとよく話しかけてくる。


「今日も打ってくのかい?」

「はい。リハビリもかねて、ですけどね」

「……そうかい」


 浅賀は充子と少し話してから、すぐにケージの中に消えていく。そして、数秒後には甲高い金属音とホームランの的に当たった時に流れる特徴的な音楽が聞こえてくる。


「……リハビリ、ねぇ」


 充子は浅賀のスイングを見ながらそう呟く。確かに、何か悩んでいるような気もしなくはない。しかし、それ以上に見える「時間」の深さ。


 流れる音楽を聴きながら、充子はずっと彼のスイングを見つめた。






今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 『10 とある一日』まで拝読しました。 浅賀くんの状況が少しずつ解ってきました。 子供の頃の約束を果たすために、この地に戻ってきて、一緒に甲子園に行こうとしているのですね。 でも、その相…
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