10.私の犯した、罪 -スミレside-
ウルスラという国はね、女王の予言によって治められている国で……私は皇女……つまり、次に女王になる立場だったの。
女王の一族はもともとみんな不思議な力を持っていてね……特に私は、強い力を持っていたの。
ユズルに不思議な力があるのも、私の血を引いているからなのよ。
もともとは女王の孫娘がそのまま女王になり、予言を行う……という形だったのだけれど、いつしか時の欠片という女王の証を継承する形になったらしいわ。
それでね……私の力の一つに、異世界であるミュービュリを覗き、ゲートを開いて行き来するというものがあったの。
私はミュービュリが好きで……女王になる前、いつも覗いていたの。
そのときにね、とても素敵な人がいて……その人をいつも見ていたの。
でも、実際にミュービュリに行く気には到底なれなかったの。
ウルスラ王家では、ミュービュリに関わることは禁忌とされているから。
なぜ禁忌なのか……理由はわからないけどね。
でも、皇女の立場で……禁忌を犯す訳にはいかないものね。
そしてもうすぐ18歳というときに……いよいよ、女王になることが決まったの。
でもね女王になると……『結契の儀』と言って、好きでもない人と結ばれ、女の子を生むことになるの。
どうしても覚悟が決められなくて……こっそり王宮の裏庭で泣いていたの。
神官も誰もいない場所に逃げたかったの。
そしたらね……古い祠を見つけたの。
不思議に思って中を見たら、黒い布に包まれた細長いものが出てきたの。
開いたら剣の柄が見えて……そこから――記憶がないの。
気が付いたら……私は、ミュービュリで、ずっと視ていた人の傍で、ミュービュリの人と同じような姿になっていたの。
毎日がとても幸せで……これは私が女王になる前に、あの剣が見せてくれた夢なんだな、と思っていたの。
でも……そのうち、急に怖くなったの。
とても幸せだったけれど、もう一方で、このままじゃいけない、危険だと――。
何かが訴えてくるの。
それは日に日に大きくなって……ある日、私は夢から醒めたの。
もとの世界に帰りたい――そう強く思った瞬間、また私の記憶は途切れてしまったの。
――気が付いたら、私はウルスラ王宮の自分のベッドに横たわっていたの。裏庭の祠の近くで倒れていたんですって。
だから……やっぱり夢だったのか、と思ったわ。
夢の世界に、私は逃げ込んでいたんだわ……って。
そして私は……ミュービュリを覗くのをやめてしまった。これからは女王としてちゃんと役目を果たさなくては……そう、本気で思っていたのよ。
そして女王になり……やがて、私は妊娠していることが分かったの。勿論、儀式の結果だと思っていたわ。
でも……生まれたのが、あなただった。
――わからない?
ウルスラの女王はね、絶対に女の子しか生まないの。
女神ウルスラの加護があるから、これはもう、違えることはありえないの。
長い長いウルスラの歴史でも、こんなことは……。
――そう。女の子しか生まないはずの女王が男の子を生んだ。……これは、未曽有の出来事。
私はウルスラ王家に……混乱をもたらした。
このことで……私は罪に問われたの。
私は必死で夢の話をしたけど、誰にも信じてもらえなかったの。
あのとき祠で見た剣も、誰も知らない、と言うの。
だから、こんなおかしなことが起こったのはミュービュリに行くという禁忌を犯したからだろうと……ミュービュリの人間と関わったからだろうと、そうなじられたの。
先代の女王が健在だったから……それは激しく叱られたわ。
私は王宮の奥に一生幽閉され……そして私の妹に女王を継がせるということになったの。
でも……実際に、そうね。
女神ウルスラの加護が届かない場所――ミュービュリ。
私はそこで、あなたを授かった……そのことに、他ならないわね。
私は……わざとではないけれど、逃げたいという甘えが引き起こしたことかもしれない、剣だけのせいではない、と考えるようになった。
確かに……罪は、罪。甘んじて受けようと思ったわ。
でも……先代女王に、あなたを生かしておくことはできない、と言われたの。
異世界と関わることは禁忌だから、異世界の血が入った、しかも男の子であるあなたは消さなければならない、と……。
私は、それだけはどうしても許せなかったの。
だって……自分の子供よ? しかも……私が本気で好きだった人の子供よ?
どうして諦めることができるの?
そのとき――私の中にはまだ、時の欠片があった。
これを使えば、ウルスラから逃げられる……そう思ったのよ。
なぜなら、ゲートを越えて追いかけて来れる人間は……いないから。
だから私は、そのときの私のすべての力を時の欠片にかけて、ミュービュリに逃げたの。
……そして辿り着いたのが……約千年後の、この世界だったのよ。
そう……時の欠片は時間を操る触媒になる。
ゲートを越えてウルスラから可能な限り遠くへ逃げたい……という想いが、時間を越えさせた訳ね。
千年も違うから、勿論以前と全然違う世界だったわ。
かなり無理をしたから、記憶も少し飛んでいて……でも、親切な老夫婦がね、面倒を見てくれたの。
スミレとユズルという名前も、この方達がつけてくれたのよ。
……ユズル。
私の紫の瞳……ユズルに比べて、色も薄いし……濁っているでしょう?
このときの無茶で、力の大半を失ってしまったからなの。
だけど……時の欠片のおかげで、少しの予知はできた。
あれだけ強い力を持っていた私が……予知と、わずかの幻惑を使って、どうにか生き延びてきたの。
逃げて逃げて……やっとこの場所に辿り着いたけれど……。もう、駄目ね。
ユズル……私は……ミュービュリに春が来る頃……あなたの前から消えてしまう。
……ごめんね、ユズル。
私は逃げるだけで精一杯で……結局、あなたにすべてを押しつけてしまう。
あなたとずっと一緒にいたいという自分の気持ちばかり優先させてきた、その報いね。
もっと早くに言えればよかった……でも、あと少し、もう少し、このまま平和に、穏やかに……。
そう思っていたら、どうしても言えなかったの。
ごめんなさい……ユズル。




