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23.集い来たれ罪人よ

*作中の訳は内容を分かりやすくするため、直訳に近いものにしています。日本語歌詞で歌われるように作詞されたものもありますが、表現が古く分かりにくいうえ、英詞とは内容がズレている部分もあるため、あえて避け、独自に訳させていただきました。なお、一部は歌に含まれる意味や感性から訳している部分もあります。ご了承ください。

 熱心な眼差しですがりつく老人を、リークはどうしたものかと思って悩んだ。が、やがて膝を折り、老人と向かい合った。思い煩っていても仕方ないと考え、素直な気持ちを返すことにしたのだ。

「そんなことありませんよ。みんな、誰かのために祈ることができます」

「し、しかし……」

「主はすべての人の祈りに耳を傾けていると思います。ただ、主がその人にとって一番良いとお考えになっていることと一致しないから、なかなか叶わないんです」

 リークは言って、空を見上げながらゆっくり立ち上がった。だからこそ、マイクは帰って来ないのだ、と。

「僕も、わかっていたけど、認めるのが怖かったんです」

 その目からは、一筋の涙が流れた。

 天使は神のもとにいるのが一番いいと知っていた。マイクの歌はいつも神に捧げられていて、人々には手向けられていないのだと知っていた。賛美歌とはもともとそういうものだから仕方ないのだが、それでもリークは願った。家族とともにあるのが一番いいことであるように。いつか、人々のために歌われるように、と……

 しかし願望は現実にはならなかった。

 リークは観念したように、そっとまぶたを閉じた。


 マイクはあなたにお返しします。そのかわり、勇気をください。マイクと少女を救えるだけの、強い心を——


 まぶたを上げたリークは、キャサリンとセシルに向いた。

「扉も壊れたことですし、入ってみましょうか」

 セシルは肩をすくめ、キャサリンは難しい顔をした。

「大丈夫かしら?」

「少なくとも、閉じ込められる危険性はなくなりましたよ」

 すると老人が立ち上がって意見した。

「わしは他の者に事情を話して、協力を頼むつもりじゃ。この問題は町の者が片付けにゃならん。それまで待ってもらえんかの?」

 リークはわずかに目を丸めた。

「いいんですか?」

 老人は決意の固い眼差しでうなずいた。

 教会に人が閉じ込められるようになったのは、悪霊化し始めたエミリーを天使とともに閉じ込めた町人への恨みが発端だ。だからやらせてくれと、老人は言うのである。

 何人の人が集まってくれるかは分からない。だがやる価値はあるだろうと、セシルとキャサリンも同意して、話はまとまった。

「じゃあそういうことだから、とりあえずランチにしましょ?」

「こんな時に食事か」

「生きてるかぎり、お腹は空くでしょ?」

「ああそうだ。まったく君は正しい」

 セシルは笑って答え、時計を見た。

「夜まで六時間ある。食事をしながら、じっくり作戦を練ろうじゃないか」


***


 夕刻。

 教会へ行くと、松明を持った数名の町人がリークたちを迎えた。

「集まったのは、わしを入れて十二人じゃ」

「ほう? で、なぜ松明を?」

 セシルが尋ねると、老人はうなずいた。

「すべてが終わったら、教会を焼き払うことに決めたんじゃ」

「神に祈らないのかね」

「ここではな。別の場所へ建て直す」

「終わらなかったら?」

「なに。火は悪魔の嫌うところじゃ。武器になる」

 その会話に割り込むように、三十代の若者が松明でリークを照らした。

「そいつがパンドラの天使か? 間違いないんだろうな」

「間違いないわい」

「いいのかい? 箱も焼いちまって」

 問われたリークは頭をかいた。

「僕に聞かれても困りますけど、特に何もなければどうぞ」

「んじゃ、遠慮なくそうさせてもらうよ」


 それからリーク、セシル、キャサリンの三名と老人は教会の中へ入った。町人は松明を持ったまま、教会を取り囲むように立った。礼拝堂の左右の窓からは、その灯火が見える。

「さて。この状況で出て来るかな?」

「待つしかありませんよ」

 セシルは顎をつまみ、リークは定位置に腰かけながら答えた。それを見咎めたのはキャサリンである。

「いいの? 神様の視線から外れちゃって」

 リークは思わず苦笑した。

「やだなあ。言ったじゃないですか。見てるのは僕だけじゃないって。感じ取れるかどうかの違いですよ。たいしたことないんです。それに、今日はみんなを見守っていてもらわないと」

「それもそうね。感じ取れるのはたいしたことだと思うけど、あなたがそう言うなら、そう思っておくわ」

「じゃあ歌でも歌いますか?」

 突拍子もなく言われて、セシルとキャサリンは目を丸めた。緊張に顔をこわばらせていた老人も驚いている。

「歌えっていうの?」

「待ってるあいだ、退屈じゃないですか」

「そういう問題?」

「日曜の礼拝がない教会なんて淋しいです。このまま焼かれるんだったら、なおさら。お別れに歌くらい捧げませんか」

 キャサリンは両手を腰に当て、肩で息をついた。

「わかったわ。何を歌う?」

「Bringing In The Sheaves、なんてどうですか?」

「いいわね」

「じゃあ決まり」


〝Sowing in the morning, sowing seeds of kindness

 Sowing in the noontime and the dewy eve……〟

(朝に蒔かん 善意の種を 

 昼にも蒔かん 露の降りる前にも)


 二人が歌い始めると、途中からセシルが加わった。やがて老人もゆっくりと声を合わせる。と、中から聴こえてくる賛美歌に気づいた数名が、近くにいる者と互いに顔を見合って、肩をすくめた。

「歌うのか?」

「みたいだな」

 こうして、外の組もつられるように歌い始めた。


〝Bringing in the sheaves, bringing in the sheaves

 We shall come rejoicing, bringing in the sheaves……〟

(刈り入れる日は近い 集い来たれ罪人よ

 収穫とともに 喜びは訪れる)


 歌声は辺りに響いていた。松明の灯は幻想的に浮かび上がっていて、聖夜を思わせる。

 老人から話を聞いて気になり、こっそり様子をうかがいに来ていた者や、偶然通りすがった者は、そこへ導かれるようにして集まった。


〝Sowing in the sunshine, sowing in the shadows,

 Fearing neither clouds nor winter’s chilling breeze;

 By and by the harvest, and the labor ended,

 We shall come rejoicing, bringing in the sheaves〟

(種を蒔かん 朝に夕べに

 のどけき日も 木枯らし吹く冬の日も

 やがて収穫となり 労の報われる時が来る

 分かち合わんその喜び 集い来たれ罪人よ)


 いつしか集まった人々は、松明を持つ者たちの間に立ち、共に声を合わせて歌った。


〝Bringing in the sheaves, bringing in the sheaves

 We shall come rejoicing, bringing in the sheaves

 Bringing in the sheaves, bringing in the sheaves

 We shall come rejoicing, bringing in the sheaves〟


 その時、空の彼方にまた稲妻が走り、教会の屋根に落ちた。否、直接は礼拝堂の中に飾られている大きな十字架に落ちたのだ。

 十字架が閃光を放つと、リークら四人は慌てて身を伏せた。途端に、耳をつんざくような叫び声がし、黒い塊が祭壇から転げ出た。悪魔である。そして輝く十字架のもとには、天使の姿があった。マイクだ。

 マイクは矢をつがえ、悪魔に放った。矢を受けた悪魔はもがき苦しみ、のたうち回った。

〝うううっ……おのれぇ……〟

 その声はしわがれていたが、前とは明らかに違う響きがある。男のような太く低い声の中にも、老婆のような声が混在しているのだ。

「何が起こったのだ」

 セシルがそばでリークに問うたが、そんなことは分からない。リークは首を横に振って、ただ息をのみ、状況を見守った。

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