18.午後のひととき
それからまもなくして悪魔は退散し、残された四人は教会の外へ出た。夕日に照らされた町は明るい。その中で消えそうなマイクを、リークは静かに見つめた。
「もう行くの?」
リークの問いに、マイクはうなずいた。
「また戦う?」
「邪魔をされればね」
「探し物のこと?」
「うん」
「パンドラの箱?」
「違うよ」
「僕?」
マイクは首を横にふった。
「ある意味そうだけど、違うんだ」
「じゃあ何?」
「知らないほうがいいよ」
と言ってうつむくマイクの姿は、在りし日の頃と少しも変わらない。リークは眩しそうにして、軽く目を伏せた。
「それなら、神様に言っといてよ」
急にリークがそんなことを言うので、マイクは驚いて顔を上げた。
「なに?」
「僕の願いを叶えるつもりがあるなら、もう一度……マイクを家族に返してくださいって」
マイクは目を見開き、顔を背けた。
「それは分かってるんだね」
「そりゃ分かるよ」
「何が分かってるの?」
と尋ねたのは、キャサリンだ。黙って二人の会話を聞いているつもりだったが、つい口をはさんでしまったのだ。リークはマイクを見たまま、その問いに答えた。
「手を振った相手に会えるのは、僕の能力じゃないってことです」
「え?」
「僕が会いたいと思って手を振ると、神様がその願いを叶えてくれるってだけで、僕自身が力を持ってるわけじゃないんです」
「……それもある種、ギフトじゃないの?」
「ええまあ、そうだと思いますけど。ただ分からないのは、どうしてそれが僕なのかってことで」
キャサリンはハッとした。
「そうだわ。あなた、どうしてリークの言うことなら聞くの?」
唐突に疑問を投げられて、マイクはまばたきした。
「断れないんだ。今度こそ聞かないって思っても、聞かなきゃいけない気分になるんだ。でも嫌じゃないよ。リークが喜んでくれたら、嬉しいよ。神様もきっと、そうなんじゃないかな?」
「あら、そうなの」
キャサリンはなんとなく拍子抜けした顔で答えた。
「なんていうか、素敵な家族愛よね」
「そうだね。リークはずっと兄さんだし」
「へ?」
「たまにいないけど、会う時はいつも兄さんなんだ」
今度はリークがまばたいた。
「なにそれ」
「え?」
「家系図には僕の名前なんかなかったよ?」
「兄さんはすぐ生き別れちゃうから。生まれる前から養子先が決まってたり——だけど大人になると必ず会えたよ? ちゃんといたのは今回が初めてだったから、びっくりしたけどね」
「ぜんぜん記憶にないや」
「仕方ないよ」とマイクは言った。それは、声にならない声だった。帰る時が訪れたのだ。まだ何か言いたそうな顔は光の中にかき消え、リークはしばらくその場所に立ち尽くした。そして、ふと我に返った。
「あ、肝心なこと聞けなかった」
そばでセシルとキャサリンが肩をすくめた。
「とりあえず帰りましょ?」
リークはうなずき、二人についてホテルへ戻った。途中、町の人に会って西から太陽が昇った理由を聞かれたが、セシルが「調査中だ」と適当にあしらった。
それから部屋へ入ると、キャサリンとリークは釘を刺された。
「奇跡が起こった以上、記録して教会へ報告しなければならない。視察も入るだろう。そのあいだ行動は慎んでくれたまえ」
するとキャサリンが大きく息を吸い、両手を腰に当てた。
「相変わらず偉そうね」
「そうかね? 普通に話しているつもりだが」
「わかった。普通の基準がズレてるのよ」
「失敬だな」
「どっちが?」
「まあまあ、二人とも、仲良くしてくださいよ」
リークが間に入ると、セシルは胸を張った。
「天使もこうおっしゃっている。小さなことにはこだわらず、仲良くしようじゃないか」
キャサリンは頬を引きつらせ、リークは苦笑いした。
「それなんですけど、やっぱり僕、天使っていうのとは違うと思うんです」
「おいおい。今更なんだね」
「たぶん、なんですけど、他に言いようがないからそう言われているだけで、本当に天使ってわけじゃないんじゃないかって気がするんです」
「何故だね」
「マイクを見てたら、違うなって思って。天使っていうのはあんなふうで、僕みたいなのじゃないですよ。あのハンガー、僕が持っても弓にはなってくれませんでしたし」
「ああ。しかし、弓と見破った目はどう説明するのかね」
「それはそれ、これはこれですよ」
「たいした説明じゃないか」
セシルは言って、部屋のキーを取った。
「さて。食事に行こう」




