15.真相の入口
「ではさっそく、行ってみるかね」
翌朝、二人の向かいに腰かけていたセシルが言った。いま食後のコーヒーを飲み干したところである。
「行くって?」
リークが問うと、セシルは笑った。
「決まっているだろう。あの教会だよ」
「また出るんじゃないですか?」
「恐れていては何も始まらんよ。君はパンドラの天使だろう?」
リークは目元をしかめた。
確かに、悪魔と呼ばれるあの存在が見誤るとも考えられないし、それならば、マイクが死んでしまった理由も分かる。だが、見つけたらそれで終わりなのか、と思うと妙な気分がするのだ。「そうだと思ったが違ったので去った」とも取れなくはない。
しかしリークは、会いたい人に手を振ると必ず会えるという能力が、ギフトだと思わないほど無頓着ではなかった。その時に感じる神の視線から故意に目を背けていたが、心は常に縛られていた。それがマイクの過去や死と関係することなのか。あるいは思い過ごしなのか。確認しようと思うなら、やはり悪魔との接触は避けられないのである。
「あの」
「ん? なにかね」
「夢にはメッセージがありますか?」
「ああ、時にはね」
「僕、よく同じ夢を見るんです。忘れた頃にふと」
セシルは片眉を上げた。
「興味深いね。どんな夢かな?」
「明るい木立の中を歩いているんです。白い服を着た、たくさんの人と。辺りには歌声が響いています。現実には聞いたこともない歌なんですけど、美しい歌です。でも一番の奥の泉に行くと、ふっと聞こえなくなって、周りにいた人たちもいなくなってしまいます。そこで立ち尽くしていると、対岸にマイクがいて——それで終わりです」
「泉はどんなふうだ?」
「鏡のようで、少しも波が立っていません」
「触れたことは」
「ありません」
「では、今度は触れてみたまえ」
セシルは言って、立ち上がった。リークは座ったまま、セシルを見上げた。
「何か分かるんですか?」
「分からんよ。だが大抵は、違うことをすると真意が見えてくるものだ」
「詳しいのね」
とはキャサリンが言った。セシルはキャサリンを見て笑顔をつくった。
「ただの職業病だ」
***
「案外、頼りになりそうじゃありませんか」
セシルについて行きながら、リークはキャサリンにこっそり耳打ちした。キャサリンはやや苦笑いである。
「本当はあなたに頼りになってほしいんだけど? ゴールドバーグさん?」
「そんな、プレッシャーかけないでくださいよ。ちょっと気になることもあるし」
「なに?」
「あの悪魔、おじいさんの証言と少し違いませんか」
キャサリンは眉をひそめた。確かに、他の様子は合致するが、目の色だけ違うのだ。
「まさか、何体もいるんじゃ……」
リークの呟きに、キャサリンはぞっとした。
「やだ。怖いこと言わないで」
とはいえ、可能性は高い。天使が一人ではないように、悪魔も一人ではないはずだ。
キャサリンは不安になって、セシルに問いかけた。
「ちょっと、聞きたいんだけど」
「なにかね」
「悪魔は一人じゃないでしょ? 複数の悪魔に襲われたりしたらどうするの?」
セシルは口の端を上げて笑った。
「確かに悪魔は一人じゃない。だが一カ所に集中して現れたという事例はないよ。そうそう取り憑ける人間もいなければ、場もないだろうしね」
「場?」
「低級霊が集まりやすい場所のことだよ」
「今度の悪魔は前の悪魔と違うようだけど」
「所詮、引き分けたからね。もっと強力なのを寄越したのかもしれない」
「……最悪ね」
キャサリンはぼやいたが、結局は教会へ来た。記者魂である。真相を究明するまで引き下がれないのだ。
セシルを先頭にして、三人は意を決するように足を踏み入れた。ステンドグラスからは陽光が差して、礼拝堂内を明るく照らしている。開け放した扉にストッパーをはめ、慎重に中へ進む。そこでセシルは、おもむろに片膝つき、通路の床をノックした。
「なにやってるの?」
「このあたりに地下室がある」
キャサリンはまばたきながら、リークと顔を見合わせた。
「驚いた。全然気づかなかったわ」
「床板は普通に打ちつけてあるからね」
セシルは言い、内ポケットから手のひらに収まるサイズの釘抜きを取り出した。キャサリンはそれを眺めつつ腕組みをした。
「用意がいいわね」
「目的が分かっていれば、備えるべき道具はおのずとそろう」
通路の中ほどにあった板をすっかり外してしまうと、下へ降りる階段と、地下室の扉が現れた。
「何があるんです?」
リークの質問に、セシルは軽く振り返った。
「資料とガラクタだが、君が本当にパンドラの天使なら、何か見つかるかもしれない」
リークは渋い顔をして目をそらせた。偶然に見つけたものでそう判断されても困るが、偶然こそ奇跡という捉え方もできるため、返答につまったのだ。
何も見つからなきゃいいのに。
そんなことを心の中で呟いてしまったが、マイクのことを知る手がかりがほしい今は、何としてでも見つけなければならない。リークは複雑な気分で、階段を下りるセシルとキャサリンのあとに続いた。




