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11.探し物

 電話でオファーを取った二人は、ジョン・ジョッシュ・ゴールドバーグ氏のもとを訪れた。平均的な収入の人間が住むレンガ造りのアパートである。

 ジョンは妻のエレナと二人で暮らしている。現在六十六歳で、当時のことはよく覚えていると言った。

「いまさら息子のことを聞かれるとは思っていなかったけどねえ」

 ジョンはキャサリンの名刺を眺めながらソファに腰かけ、二人を上目遣いに見やった。口調と声が父親のスティーブに似ていて、リークは妙にくすぐったい気分だったが、態度には出ないよう気をつけた。親戚ではなく、あくまでも記者として向かい合いたいという希望をキャサリンに提示したからだ。

「血縁者だと言ったほうが聞き出しやすいんじゃないの?」

 とキャサリンは意見したが、リークは首を横にふった。

「マイクのことは憶測ですし、かえって感情を逆なでするかもしれません」

「そうだけど」

「突っ込んだ話が出ないようなら、そのときは言います」

「そう。わかったわ」

 そんなわけで、キャサリンは自分の名刺だけを渡した。

「よろしくお願いします」

「ライフ新聞か。向こうにいたときは読んでたな」

「ありがとうございます」

 キャサリンはにこやかに対応した。

「さっそくですが、どのようなお子様だったのか、お聞かせください」

 ジョンは口元をゆがめた。

「どうもこうも……そちらの調査は完璧ですよ。せっかくですが、あえてお話することはありません」

「では、息子さんは天使だったとお認めになられるのですか?」

「さあ? 私は実際に見ていませんので。あの町に行ったことはないんですよ」

「お確かめにはならなかったのですか?」

「何を確かめるんです?」

 ジョンは指を組んでキャサリンを見据えた。

「私はあの子に、ただの人間でいてもらいたかったんですよ。学校へ行って、恋人を作って、仕事をして、結婚をして、父親になる。それが望みだった。よその町へ行って悪魔と戦って親より先に死ぬ、なんて……そんなバカな話がありますか」

 キャサリンは返答につまった。ジョンはスティーブと同じ目をしていた。何十年前の話だろうと、ジョンにとって息子の死は昨日のことなのだ。

「帰ってください」

 ジョンは溜め息まじりに言った。しかし、リークが食い下がった。

「写真はありませんか」

 ジョンはリークに目をやった。視線をそらさず、まっすぐにジョンを見る青年の眼差しは真摯である。

「……持ってこよう」

 しばらく睨み合ったが、ジョンは根負けし、アルバムを持って来た。リークは受け取り、おそるおそる開いてみた。写真はモノクロだった。母親に手をつながれた少年は、在りし日のマイクと同じ顔をしている。

「栗色の髪、鳶色の瞳——でしたか?」

 リークの質問に、ジョンはやや眉尻を上げた。あの町である程度のことを聞いてきたのだろうとは思ったが、髪や目の色になんの意味があるのか計りかねたのだ。

「ああ」

 返事を聞いておいて、リークはページをめくった。そして一枚の写真に目がいった。少年が手にぶら下げるように持っているテディベアが気になったのだ。それもやはりモノクロだったが、首に巻かれた大きなリボンの真ん中に、チャームらしきものが光っているのは分かる。

「このテディベア、もしかして、グリーンじゃありませんでしたか?」

 ジョンは眉をしかめながら、身を乗り出してアルバムをのぞいた。

「ん? ああ、そうだが?」

 リークは大きく息を吐いて、横にいるキャサリンに顔を向けた。

「僕が十五の時のクリスマスでした。めったに何も欲しがらないマイクが、グリーンのテディベアを欲しがったんです。クローバーのチャームがついた。昔持ってたって、言ったんです」

 キャサリンは目を見開いた。

「なんですって?」

「昔っていうのが前世だったら、つじつま合いますね。結局、僕の家にはなかったし、あったのはずいぶん前だって言ってたし」

「それで?」

「……それで?」

「どうしたの?」

 キャサリンの問いに、リークは寂しげに苦笑した。

「僕は見つけられなくて、イヴの日に、マイクは交通事故で」

 キャサリンはうなだれるリークの腕を、思わずつかんだ。

「ごめんなさい」

 リークは少し驚いて、顔を上げた。

「あ、いえ。いいんです。僕のほうこそ、すみません。こんな話」

 そこへ、ジョンが割って入った。

「どういうことだ。君は——いったい何者だ」

 リークは、いつのまにか立ち上がっているジョンを見上げた。

「すみません、黙ってて。リーク・ジョッシュ・ゴールドバーグです。僕の父はあなたの甥に当たります」

「お、甥?」

 ジョンはいっとき考え込んだが、ふと思い当たったようにリークをまじまじと見つめた。

「スティーブか!? 君は、スティーブの子か!」

「はい」

「なんだ。それならそうと言ってくれれば」

「すみません。でも、疎遠になってたし」

 そこまで言って、リークは「あっ」と声を上げた。そしてもう一度ジョンを見上げた。

「ライフ新聞、読んでたんですよね?」

「ん? ああ」

「ごめんなさい」

「え?」

「マイクのことが記事になっていたら、会えたかもしれないのに」

 リークが何を気に病んだのか、すぐに察したキャサリンは胸を痛めた。

「でもきっとまた、つらい想いをしたわ」

 そのフォローに、リークはハッとして息を詰まらせた。それから二人は、リークの弟としてのマイク・ジョッシュ・ゴールドバーグの話を、ジョンに聞かせた。


 ジョンは部屋をウロウロと歩き回った。マイクの話に動揺しているのだ。

 そんな時にどうかとも思ったが、リークはいつも持ち歩いている写真を見せた。もちろんカラーだ。少年の日のリークの横に、ジョンの息子と瓜二つのマイクがいる。

 ジョンは額に汗をにじませながら、写真を凝視した。

「信じられない。生き写しだ」

 それは確かに、似ているという範疇のものではなかった。外見だけではなく、微妙な表情まで同じである。いくら血のつながりがあろうと、まるで同一人物のようにソックリということは、まずありえないのではないだろうか——そう思えるくらいだ。

「あの子はまだ悪魔と戦っているのか?」

 ジョンの疑問に、リークは戸惑った。

「わかりません。少なくとも僕は、見ていないんです」

「事故の日は?」

「僕はテディベアを探すのに必死で、帰った時にはもう。猫を助けたって話だったんですが。それに、死ぬことを予言していましたし。悪魔とは無関係だと思うんです」

 ジョンは深く息を吐いた。

「テディベアか」

 そんな呟きに、リークは反応した。

「それ、もうないんですか?」

「ああ。変わった色のせいか少し奇妙だったし、あの子を思い出すのもつらくてね。ガレージセールに出したんだ」

「買った人は?」

「覚えていないよ。子供には違いなかったと思うが」

「奇妙、というのは?」

 そう尋ねたのはキャサリンだ。ジョンは手にしていた写真をリークへ返し、向かいのソファに腰を下ろして答えた。

「なにかあったわけじゃない。ただ、あの子が変なことを言っていたので」

「変なこと?」

「このクマがグリーンなのは、天使の嫉妬を集めたからだ……とか」

 キャサリンとリークは眉をひそめた。

 グリーンはしばしば「嫉妬」の意味で表される。そこからの連想だとしても、子供の発言にしては確かに不自然だ。いくら息子の形見とはいえ、ジョンが手放したくなる気持ちも分からないではない。なまじ普通ではなかっただけに、尚更である。

「セールに出したのはいつですか?」

 リークが問い、ジョンは顎をつまんだ。

「うーん。十五年ほど前かな?」

「じゃあ、以前住んでいたアパートの前ですね?」

「ああ」

「ほかに何か覚えていることはありませんか」

「何か探していた」

「え?」

「マイクは何かを探していた。何を探しているのか尋ねてみると、こう答えた。〝それは箱の中にあって、クライストの中になく、神の祝福の中にあって、信仰に関係なく、十字架に宿るものだ〟と。意味は分からなかったが、よく覚えているよ」

 キャサリンとリークにも意味は分からなかった。その探し物が重要なものであるのか、今も探し続けているのか、いずれも知ることはできない。

 だがリークはふと思った。探し物が見つかったから、神のもとへ帰ってしまったのではないか、と。しかし、それとは別に欲しがっていたテディベアは見つからなかった。リークが見つけてくるのを少しは期待して、クリスマスの朝まで待っても良かったのではないか、とも思える。


 結局、いくら考えても答えは出ないので、キャサリンとリークはいったん引き上げた。ロンドンにある格安ホテルに二部屋とり、それぞれに分かれて一息入れる。

 リークは缶コーヒーを飲みながら、窓辺へ腰かけ、暮れゆく町並みを眺めた。

「……箱の中にあって、クライストの中にない。神の祝福の中にあって、信仰に関係なく、十字架に宿る、か。なんだろう?」

 その時、建物の間に沈んでいく太陽の光が、リークの顔に当たった。眩しさに思わずまぶたを閉じ、ついで薄く目を開く。すると、脳裏に焼きつくようなセピア色のロンドンが視界に広がった。

「綺麗だな」

 リークは呟き、立ち上がった。そして大きな窓に向かい、腕を高く上げ、またこの場所に来たいと願って手を振った。

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