10.J
「それじゃあ、あなたはマイクが何度も生まれ変わってるっていうの? 同じ家に?」
ゴールドバーグ家をあとにして再び山間の町へ向かう途中、キャサリンはリークを問いただした。リークは困って目を泳がせた。家系図の中で見つけた『マイク』は五人だが、実際よくある名前だし、近年のを除くと年代が離れすぎている。写真も肖像画もないし、容姿に関する記述もない。同一人物と断定できる材料は何もないのだ。
しかし三十年前の天使がゴールドバーグ家の人間だったことは事実だ。彼は祖父の弟の子で、都心に住んでいたことも分かっているし、年代も合っている。
「確証があるわけじゃありません。でも、そんな気がするんです。特に、あの町に現れたっていう天使は……髪や目の色が偶然で同じなのか、必然なのか、それは分かりませんけど」
「なんのために? 悪魔退治? 天使は彼一人なの?」
「ちょ、ちょっと、そんないっぺんに質問しないでくださいよ。ていうか、僕だって分かりませんよ」
「本当? 何か知ってることがあるんじゃないの?」
「え?」
「だって血がつながってるし、年が一番近い兄弟だったし、なんていうか、その」
「なんですか?」
「初めて取材に行った時、私はてっきり、あなたが評判の少年なのかと思ったくらいなんですもの」
「ええっ!?」
「なぜ驚くの? あなた天使みたいだったわ」
真顔で答えられ、リークは思わず赤面した。
「ま、まあ子供の頃なんて、みんなそんなふうですよ」
「あら、ご謙遜」
「してません!」
「はいはい。とにかく、町へ着いたら教会へ行ってみましょう?」
「あ、はい。そういえば肝心な所に行ってませんでしたね」
リークは返答しつつ、つらつら考えた。血がつながっている、ということを。キャサリンに言われてハッとしたのだ。容姿が似てくるのは、遺伝子によるものだ。そう考えると三十年前の天使がゴールドバーグ家の人間ならば弟と似ていても不思議ではない。それは生まれ変わりなどではなく、偶然なんじゃないか、と。
教会は山の麓にあった。手入れの行き届いたバラ園に囲まれているが、礼拝堂内は二十席ほどしかない小さな教会だ。中へ入ると少しひんやりとして涼しい。奥に祀られた十字架とマリア像はステンドグラスからもれる陽を受けて輝いている。
リークは通路側の真ん中よりやや後ろの席に腰かけた。先に中へ入って十字架を眺めていたキャサリンは、腕組みをして唸った。
「なんにもなさそうねえ」
「そうですね」
リークは答えながら、肩掛けカバンにしまっておいた家系図のコピーを取り出した。見ていて気になるのは、五人のマイクが末子、または末子の子に限定されていることだ。そしていずれも、若年にして他界している。逆に長子は男にしても女にしても長生きだ。まるで家系図を絶やすなとでも言わんばかりで、奇妙な感じがする。
きっとジョージ兄さんは長生きするな、とリークは思いながら、再びコピーをしまった。
その様子をいつのまにか何気に見ていたキャサリンが、言った。
「都心に住んでたっていう彼の家が分かるのなら、行ってみない?」
***
行動力のあるキャサリンのおかげで、リークは山間の小さな町から大都会へ飛んだ。目的地はブロードウェイに近いアパートである。
「すみません。ここにゴールドバーグさんはお住まいでしょうか」
一階の管理人室でキャサリンが問い合わせると、肥満ぎみの管理人が軽く肩をすくめた。
「いや、だいぶ前に引っ越したけどな」
「どちらへ?」
「UKに行くって話だったが」
「UK!?」
キャサリンは思わずリークを振り返った。そして再び管理人へ向き直った。
「電話か手紙で連絡取れないかしら」
「そりゃ無理だ。知らないよ」
「そう。ありがとう」
キャサリンは言いおいて踵を返すと、リークの腕をつかんでアパートを離れた。
「しょうがないわ。ヒースローまで飛びましょう」
「えっ、行くんですか!?」
「ここまで来たら行くしかないわ。大丈夫。チケット代は出してあげる」
「いや、そんなの悪いですよ。自分の分くらい出します」
「いくらすると思ってるの? 入社したてのあなたに出せる額じゃないわ」
キャサリンの言う通りである。一人往復二千ドル前後のチケットだ。手持ちはもちろんないし、銀行へ走ってもそれだけの預金はない。
「すみません。毎月少しずつ返しますから」
飛行機の座席に座りつつリークが言うと、キャサリンは爽やかに笑った。
「気にしないでよ。半分は経費で落とすから」
そうしてヒースロー空港へ到着した二人は、まず電話帳でリークの親戚を探した。
「うーん。結構あるわね」
「ですね。でもファーストネームは分かってますから、絞り込むのは簡単ですよ」
「お言葉を返すようだけど、ジョンなんて名前ザラにあるわよ?」
キャサリンは分厚い電話帳をリークに押し付けた。中身を見たリークは一瞬、冷や汗が出た。まるまる一ページ『ジョン・ゴールドバーグ』だったからだ。だがすぐに一点へ目がとまった。
……ジョン・A、ジョン・C、ジョン・F、ジョン・J。つまりミドルネームである。
「でも、ジョン・J・ゴールドバーグは一人ですよ?」
リークが言うと、キャサリンは目を見開いた。
「ほんと? 奇跡ね」




