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×(カケル)青春オンライン!  作者: 毒島リコリス
十二章

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現実逃避

 怒涛の日曜日が終わり、翌日は振替休日だった。

 時間が経つにつれて、真青と交わした話が本当に現実だったのか、ただの俺の妄想だったのかわからなくなってきた。母が朝食を作ってくれるのをいいことに、少しだけ寝坊してリビングに行くと、

「春果ちゃんに聞いたよー!若いっていいね!」

母が上機嫌だった。

「このままフリじゃなくて本物の彼氏になれるように頑張りなさいよ」

「えっ、いやァ、はは……」

筒抜けだった。と同時に、やっぱり妄想や夢ではなかったらしいことがわかって、胃の底がきりきりと痛み始めた。明日、どんな顔で学校に行けばいいのだろうか。


× × ×


 現実逃避すべく、早急にくろすでログインして島に引きこもることにする。と、世間では平日のはずなのに、家の中からミシンの音が聴こえてきた。

「あれ、マオマオ。もしかして、そっちも昨日体育祭だった?」

「っ!びっくりした。うん、そう……。くろすのところも?」

中に入り、小さな後ろ姿に声をかけると、マオマオはびくっと大振りに肩を震わせて振り向いた。

「やっぱり、そういう行事って被るんだなァ。今日はミカミカはいないの?」

「うん。三上さん、バイオリンやってるから……。昨日練習できなかったから、今日は午前中ずっとレッスンだって」

「へえ」

受験生だというのに習い事まであるとは、家柄のいいお嬢さんも大変だ。マオマオも、塾に通わねばならないので最近はログイン頻度が落ちているらしい。改めて、中三の一年間も一切ゲームを止めるという選択肢を持たなかった俺は、かなり不真面目だったのだなと自覚した。まあ、無事に高校生になっているのだからいいではないか。

「今日は、何するの?」

マオマオが裁縫の手を止め、椅子から立ち上がった。

「農業の続きかなァ。最近忙しくて、草むしりくらいしかできてなかったから」

先ほどちらりと畑を見たが、また雑草が元気に伸びていた。現実のことで胃を痛めている間も、そ知らぬ顔をしてのびのびと生えてくる奴らが憎い。こんな孤島なのにどこから種が飛んでくるのだろうか。いや、システムなのはわかっているのだが。

「農耕のランクが上がったら、広範囲を一気に手入れできるようになるらしいんだけどね」

広大な農地を管理しているプレイヤーはどうやっているのかと思ったら、そういうことらしい。他にも、機械を購入したり農具の改良でも、作業効率を上げられるとのことだった。

「ビニールハウス建てれば?」

「んん、それも検討する」

島の設置物にはビニールハウスもある。天候や気候の影響を受けなくなり、雑草も生えなくなる優れものだが、ちょっといい値段がする上、素材も必要になる。しかし、この雑草を撲滅するためには必要な投資か。というか、先日までろくに生産に興味を示していなかったはずのマオマオが、いつの間にか島に詳しくなっている。いいぞ、その調子だ。

「てか、ハウス建てても使えなきゃ意味ないし、とにかく何か植えてみようかな」

土がSランクでなくとも、肥料や工夫で作物の品質は上げることができるそうだ。逆に、いくら土がSランクでも、管理を怠ればいい作物はできない。奥が深い。なにしろ俺は初心者なので、その辺の管理について学ぶところから始めなければならないだろう。もがみさんの言う通り、店売りの種の品質をどこまで上げられるかやってみるのも楽しいかもしれない。並行して家畜を育て、肥料作成に勤しむのがよさそうだ。

「とりあえずジャガイモとタマネギはSランクが作れるようになりたいなァ」

あらゆる料理に使うので、この二つは外せない。外部ウィンドウを開き、攻略サイトで初心者でも育てやすい作物や育て方を調べていると、庭の時計を見たマオマオも、外部ウィンドウで何か見始めた。何を見ているのかと、覗き込む。

「今日、六月のイベントの告知来るから」

「そっか。もう月末だもんね」

とーすとでは、アップデートの一週間前の午前十時に、その予告が公式サイトに載る。週替わりで何かしらのキャンペーンやアップデートは来ているが、大きなアップデートは概ね月一で、第一月曜日に行われる。

 サイトには、『六月アップデート予告!』という大見出しの下に、来週の予定が載っていた。

「対人戦エリアストレンジアズコロセウムに宝石学園フィールド実装。マップは従来のイベントエリア宝石学園とほぼ同じ。へえ」

宝石学園エリアには、校舎・体育館・グラウンド・プール、そして敷地の奥に小さな裏山があり、エメラドほどではないが、単一マップとしてはなかなかの広さを誇る。また、他のマップの地形バリエーションを凝縮したようなつくりになっているため、戦闘マップとなるとなかなか面倒臭いフィールドだ。しかしこの時期に来るということは、学生大会を見越しての実装なのだろう。慣れておく必要があるなと思いつつ、マオマオがスクロールする画面の続きを追い、俺は目を疑った。

「らぶぃくん……?」

そこには、例のウサギが、いつもより若干気の強そうな顔をして大きく表示されていた。

「コラボレーションイベント『らぶぃくんといっしょ』開始!ゴーレム錬成で人気キャラクターらぶぃくんを錬成し、一緒に戦おう!って……」

あのウサギ、とうとうマザーグランデにまで進出してきやがった。錬成レシピの他、らぶぃくんと仲間たちのきぐるみと、彼らをモチーフにした衣装のレシピも実装されるらしい。なんということだ。きぐるみだなんて、作るしかないではないか。

「ゴーレム錬成……ってことは、土がいるね」

マオマオが、ちらりと畑のほうを見た。

「そうだ……。なにがなんでもSランクの土を量産できるようにならなきゃいけなくなった……」

こんな美味しそうなネタ、放っておけるものか。俺は慌てて、家畜の育て方を調べ始めるのだった。


 「とりあえずこんなもんかな」

午前が終わる頃には、俺の島は倍の広さになり、柵で囲われた小さな牧場が出現していた。

「……くろす、所持金どれくらい?」

「銀行に預けてる分もあるからわかんない」

何のためらいもなく土地を広げ、柵で囲い牧舎を建てた俺に、マオマオが呆れていた。しかし、まだ家畜は飼えない。まずは牧草を植えて、ある程度育ってからだ。

「いやァ、木材貯めといてよかった」

柵や牧舎を建てるには、金の他に素材も必要だった。一番大量に必要だった木材は、ナルがランク上げに勤しんだ際の副産物で間に合った。どんなものでも取っておいてみるものだ。

「畑も広げなきゃいけないなァ。飼料だって、質のいいやつのほうが家畜の生産物の質も上がるだろうし。あと、枯れ葉も肥料になるんだっけ?森も作らなきゃいけないじゃん」

「芋づる式……」

マオマオがぼそりと言った。

 そう、いい作物を作るにはいい畑が必要で、いい畑を作るにはいい肥料が必要で、いい肥料を作るにはいい家畜が必要で、いい家畜を育てるにはいい作物が必要になる。アイランドを目いっぱい楽しもうとすると、あらゆる設備を連動しなければいけなくなるのだ。ある美さんの島のように、外観の美しさにもこだわり始めたら、本当に一生遊んでいられる。

 完全に踊らされている身として、なぜここだけ別のゲームとして売り出さないのかと、真剣に考えてしまう俺だった。

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