嘘つき二人
ぽつぽつと街灯が並ぶ道を、真青と並んで言葉少なに歩く。いつの間にか雨は上がって、雲間から月が見えていた。
「巧がね、喜んでたよ」
不意に、真青が言った。
「何を?」
「駆君が『友達』って言ってくれたって」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。一瞬考えて、借り物競争の時のアレか、と思い当たる。場をしらけさせずにお題をクリアするために利用させてもらっただけなので、こちらが感謝こそすれ、喜ばれることではないと思うのだが。
「巧、ずっと気にしてたんだよ。無理に付き合わせてるんじゃないかって」
「無理にって……」
「だってほら、駆君、あんまり自分のこと話さないし」
「そうだっけ?」
話したところで面白い話もできないので、聞き手に回っているほうが楽なのだ。しかし、そんな風に思われていたとは。
「真青さんだって、あんまり話さないじゃん」
彼女に関して知っていることと言えば、名前と顔と家族構成、加えて母親の名前が由理子さんだということと、以前ストーカーに遭ったことがあるということくらい。しかも、後ろ二つは本人ではなく赤城から聞いた話だ。そう考えると、改めて何も知らないのだなと自覚する。無理もない、一年の頃から憧れてはいたが、こうして並んで話せる機会が来るとは、夢にも思っていなかったのだ。
「そうかな?」
彼女自身、話していないという自覚があまりないようで、首をかしげた。
「あと、何を話してないっけ……。あ、そうそう」
少し考え込んでから、思いついた顔で言った。
「両親が離婚してるのに、私の苗字が赤城じゃないのは、突然苗字が変わったら不便だろうからって、お母さんが変えなかったからなんだよ!」
「そうなんだ」
またヘヴィな話だった。
「それに、うちのお母さんとお父さん、仲が悪いわけじゃないんだよ?今でもたまに三人でご飯食べたりするし。離婚したのは、方向性の不一致って言ってた」
「はあ」
バンドの解散理由じゃあるまいに。反応に困り、曖昧に笑うに留める。いろんな家族の形があるものだ。
「……けど、そういうの見てたからかな。誰かと付き合うとかって、あんまりピンと来ないんだよねえ」
街灯の下で俯く真青の顔が陰る。
「巧と付き合ってるっていう噂も、いい加減どうにかしなくちゃいけないと思ってるんだ。海鳥ちゃんにも悪いし」
二人で行動していたところに俺と海鳥が加わったところで、未だ例の噂は根強い。何しろ学校一の美少女だ。その辺の妙な男と付き合うのは許せないが、赤城なら仕方がない、という、大衆からの願望や萌えのようなものもあるのだろう。
「あっ、そうだ!」
腕組みして唸っていた真青が、急に胸の前で手を叩いた。
「駆君と私が付き合ってることにすればいいんじゃないかな!」
「うぇっ?!」
女神の銃口は常に俺の心臓を狙っている。閑静な住宅街に大きめの声を響かせてしまい、俺は慌てて口を押えた。
「なんでそうなるんですか」
声の音量を落として、早口で訊ねる。
「だって、巧と一緒にいることが多いから、別れたって言うだけじゃ信じてもらえないだろうし……実際信じてもらえなかったし。でも、駆君と付き合ってるってことになったら、説得力あると思わない?」
大方、先日クッキーを真っ先に配りにいった彼女たち辺りにカミングアウトしたのだろうが、せいぜい痴話喧嘩でもしてちょっと距離を置きたいのだろう、くらいに思われたに違いない。しかし、具体的に新しい相手の名前を出されれば、信憑性はぐっと増す。
「それに、一緒にいる巧と海鳥ちゃんが付き合ってるかもってことになるかも」
俺と噂が立つことで真青と赤城の噂が消える上、赤城と海鳥に次のフラグが立つなら、まさに一石二鳥だ。しかし。
「なるかなァ?」
赤城の後釜が俺では、格好がつかないにも程がある。よしんば信じてもらえても、真青の趣味が悪いと思われたり、周囲からの心象が悪くなったりするのでは。
「無理だよ、すぐバレるって。そもそも、真青さんと俺じゃ、釣り合わないし……」
同じカケルでも月下翔だったら、まだ釣り合いが取れるだろうに。自分の不甲斐なさが悲しくなってきた。
「釣り合わないって、何それ。誰かに認めてもらわないと、付き合っちゃいけないの?」
「そういうことじゃないよ。……前に、とーすとで言われたことがあるんだ。ある美さんと喋ってたら、その後で全然知らない人から、『お前なんかが話しかけていい人じゃない』って」
あの時は威勢よく啖呵を切ったが、話すだけならまだしも彼氏役など、それこそ辻斬りに遭ってもおかしくない。くろすならまだ反撃する自信があるが、佐藤駆は何の戦闘スキルも持たないひ弱な現代っ子なのだ。お姫様の騎士にはなれない。
「……もしかして、駆君がずっと私たちに遠慮してるのって、そう思ってるから?」
「いや、えっと、その……」
真青が口を尖らせている。怒らせてしまったようだ。
「駆君、自分のこと何もできないみたいに言うけどさ。すごいじゃん。料理も作れるし、ゲーム上手いし、知り合いいっぱいいるし」
「料理もゲームも、教わったとおりにやればそんなに難しくないよ……。真青さんの煮物も、あんまり料理したことないって言ってたけど、美味しかったじゃん。それに、知り合いはゲームの中だけだし……」
怒られるかと思いきや不機嫌な顔で誉め倒され、トウガラシだと思ってかじったら苺だったような落差に、脳が混乱してしどろもどろになる。すると、真青は首を振った。
「そんな風に言われたら、私だって、大したことないんだよ?皆が買い被ってくれるだけで」
「実際すごいじゃん、頭いいし、真面目だし、何でも積極的だし」
何より可愛いし、とは、面と向かっては言えない。このヘタレ、と海鳥が罵る幻聴がした。
「違うって。巧みたいに運動できるわけでもないし、せめて勉強くらい頑張ろうって思ってるだけだもん」
その向上心こそ彼女の最大の武器なわけだが、隣の芝生は青いというか、自分の持っている長所にはなかなか気付かないものだ。すぐ近くに赤城巧というバランスクラッシャーがいるせいで、余計に大したことではないように思ってしまうのかもしれない。
「もう、何の話してるかわかんなくなっちゃった。こうなったら、さっきの罰ゲームの権限使っちゃおうかな」
「えっ」
嫌な予感がした。
「駆君は、嘘ついた罰として、噂がなくなるまでしばらく私と付き合ってることにする!どう?」
どうって、そんな勝ち誇ったように言われましても。というか、嘘をついた罰が別の嘘をつくこととはいかがなものか。そもそも、罰どころかそれではご褒美のような。言いたいことが多すぎて口をぱくぱくさせていると、
「あ、他に好きな子いるんだったら、無理しなくていいからね?!巧と同じようなことになったら嫌だし!それとも、やっぱりホントは……海鳥ちゃんが好きとか?」
何を邪推したのか、いらぬ気を遣われた。ホントは、の後、目を逸らして少し間があったのは、恐らくくろのすの名前を出しかけたのだろう。優しさが傷口に染みる。
そして、一瞬、脳裏によぎる。付き合っているふりではなく、本当に交際を申し込んだら、彼女は俺と付き合ってくれるのだろうか。少なくとも、噂が立っても不愉快ではない程度には、好意を持ってくれているということでは。思い上がりも甚だしいことはわかっているが、俺はちょろいのだ。ちょっと優しくされたら、思わせぶりだと思ってしまうのだ。しかし。
「それはないよ、好きな人なんかいない」
嘘つきはそう簡単に治らない。反省していないと言われたら、返す言葉もない。盆の窪をさすり、俺は小さく頷いた。
「……真青さんがそれでいいなら、引き受けるよ。何でもするって言ったから」
一度は提案を拒否していることもあって、選択肢は初めから、イエスかはいしかないようなものだ。どうせ、今まで通りにしているだけで、ちょっと口裏を合わせればいいのだろう。と思ったら、
「やった!じゃあ、これからは『真青さん』じゃなくて、『春果』って呼んでね!」
月光に照らされて、眩しい笑顔が花開いた。俺の信仰する女神は、思っていたよりずっと強かだ。まさかそれが目的だったわけではなかろうが、謀られた感は否めなかった。




